第10話 高き所より見下ろす者は、しばしば足元に潜む影に気付かない ~前編~
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帝国からの使者が、町の門前に現れた。
目的はただ一つ。
無血開城の勧告である。
「戦えば、双方に多くの犠牲が出る。だが、降れば……最小限で済む」
使者の男は、そう言って不敵に笑った。
犠牲を『最少に』。
降伏したとしても犠牲は出るということであり、なにと比較して最少なのかもわからない。
受け入れさせる意志があるのかと疑うレベルの交渉だった。
いや、脅迫だった。
なにせ・・・。
「なんて、ひどい」
顔を覆っているのは、町長の代理として応対した娘だ。
顔立ちや所作に品があり、貴族家の娘と言われても納得しそうな女だ。
町の外では、王国兵の捕虜たちが晒されていた。
呻き声と叫びが風に乗って町の中まで届く。
その光景を見た町の代表——若い女性は、顔を青ざめさせながらも、必死に言葉を選んだ。
「……犠牲とは、どの程度のことでしょうか」
「そうだな。年寄りと子供は……使い道がないからな」
男は、あえて曖昧な言葉で答えた。
だが、その意図は明白だった。
女性は唇を噛み、俯いた。
その肩が震えているのを見て、使者の顔が優越感で歪んだ。
その鼻がピクリと動く。
ミルクの匂いをかぎ取っていた。
この女には子供がいるのだと知り、口角を上げた。
男は『兵士』だった。
命令があれば、相手が誰でも殺せる男だ。
だからだろう。
自分で選んだ相手を殺すことに興奮する性質を持っている。
今回は、この女がよさそうだ。
そんな風に考えている。
そうとは知らず、女は決意の滲む顔を上げた。
「町を挙げて、歓迎の用意をいたします」
その言葉に、男は満足げに頷いた。
「ぜひ、最初の酌を私に」
もしかしたら、最後も、ね。
使者は、嗜虐的な視線を隠さなかった。
「・・・はい」
◇
「意外とあっけなかったな」
帝国軍の本陣で報告を受けたマルガリータは、鼻で笑った。
「もう少し粘るかと思っていたのだが」
「伏兵の可能性は?」
年長の参謀が進み出て問う。
「あるかもしれませんな。標的は……おそらく将軍、あなたでしょう」
「ならば、私は最後に入るとしよう。兵たちが『楽しみ終えた』頃にな」
「それがよろしいかと」
マルガリータは野営の支度を命じ、直属の部下たちと酒宴の続きを始めた。
その余興として、捕虜となった王国の将に『給仕役』を命じることも忘れなかった。
一方その頃、参謀たちは別の思惑で動いていた。
「うまくいったわい」
「さすがは年の功。お見事ですな」
「褒めるな。むず痒いわ! それより、今のうちじゃ。先入りしてめぼしいものを懐に入れさせてもらおうぞ」
「そうですな。あんな『神輿』を担がされているのですから、たまにはボーナスの一つでもないとやっていられませんからねぇ」
彼らは帝国軍の参謀ではあるが、マルガリータの部下ではない。
別の派閥から派遣された者たちであり、彼女を『神輿』として担いでいるのは、いざという時に責任を押し付けるためだった。
その神輿が、今まさに町へと向かおうとしている。
だが、彼らの目には、町の奥に潜む『影』は見えていなかった。
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