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商人の男と貴族の女ーー婚約破棄から始まる成り上がり――  作者: 葉月奈津・男
【女将軍】編~戦場に立つ資格~

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第10話 高き所より見下ろす者は、しばしば足元に潜む影に気付かない ~前編~

5/5

 


 帝国からの使者が、町の門前に現れた。

 目的はただ一つ。

 無血開城の勧告である。


「戦えば、双方に多くの犠牲が出る。だが、降れば……最小限で済む」

 使者の男は、そう言って不敵に笑った。


 犠牲を『最少に』。

 降伏したとしても犠牲は出るということであり、なにと比較して最少なのかもわからない。


 受け入れさせる意志があるのかと疑うレベルの交渉だった。

 いや、脅迫だった。

 なにせ・・・。


「なんて、ひどい」

 顔を覆っているのは、町長の代理として応対した娘だ。

 顔立ちや所作に品があり、貴族家の娘と言われても納得しそうな女だ。




 町の外では、王国兵の捕虜たちが晒されていた。

 呻き声と叫びが風に乗って町の中まで届く。

 その光景を見た町の代表——若い女性は、顔を青ざめさせながらも、必死に言葉を選んだ。


「……犠牲とは、どの程度のことでしょうか」

「そうだな。年寄りと子供は……使い道がないからな」

 男は、あえて曖昧な言葉で答えた。

 だが、その意図は明白だった。


 女性は唇を噛み、俯いた。

 その肩が震えているのを見て、使者の顔が優越感で歪んだ。


 その鼻がピクリと動く。

 ミルクの匂いをかぎ取っていた。

 この女には子供がいるのだと知り、口角を上げた。


 男は『兵士』だった。

 命令があれば、相手が誰でも殺せる男だ。


 だからだろう。

 自分で選んだ相手を殺すことに興奮する性質を持っている。


 今回は、この女がよさそうだ。

 そんな風に考えている。

 そうとは知らず、女は決意の滲む顔を上げた。


「町を挙げて、歓迎の用意をいたします」

 その言葉に、男は満足げに頷いた。


「ぜひ、最初の酌を私に」

 もしかしたら、最後も、ね。


 使者は、嗜虐的な視線を隠さなかった。


「・・・はい」


 ◇


「意外とあっけなかったな」

 帝国軍の本陣で報告を受けたマルガリータは、鼻で笑った。


「もう少し粘るかと思っていたのだが」

「伏兵の可能性は?」

 年長の参謀が進み出て問う。


「あるかもしれませんな。標的は……おそらく将軍、あなたでしょう」

「ならば、私は最後に入るとしよう。兵たちが『楽しみ終えた』頃にな」

「それがよろしいかと」


 マルガリータは野営の支度を命じ、直属の部下たちと酒宴の続きを始めた。

 その余興として、捕虜となった王国の将に『給仕役』を命じることも忘れなかった。


 一方その頃、参謀たちは別の思惑で動いていた。



「うまくいったわい」

「さすがは年の功。お見事ですな」

「褒めるな。むず痒いわ! それより、今のうちじゃ。先入りしてめぼしいものを懐に入れさせてもらおうぞ」

「そうですな。あんな『神輿』を担がされているのですから、たまにはボーナスの一つでもないとやっていられませんからねぇ」


 彼らは帝国軍の参謀ではあるが、マルガリータの部下ではない。

 別の派閥から派遣された者たちであり、彼女を『神輿』として担いでいるのは、いざという時に責任を押し付けるためだった。


 その神輿が、今まさに町へと向かおうとしている。

 だが、彼らの目には、町の奥に潜む『影』は見えていなかった。



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