第9話 カニ、覚醒
その日の任務は簡単だった。
リュウガ森に出る小型魔物の討伐。アルタキア、トニー、俺を含む、12名の分隊で、戦力的にお釣りがくる。
走って、捕まえ、切る。ほとんど訓練の延長のような、それだけの仕事のはずだった。
「今日は楽だなぁ」
「毎日こうだといいんだけどなぁ」
「いやいや、毎日これじゃ退屈で仕方ねぇよ」
団員たちの談笑に、アルタキアが釘を差す。
「あまり油断するな。簡単な任務でも、相手は魔物なんだからな」
しかし、その声に張り詰めたものはない。
トニーも、団員たちの言葉に笑顔を漏らしている。
「タキ団長、今日は何匹討伐するんでしたっけ?」
「一応、100体くらい倒してほしいとの要請だが……アルタキア団長、だ」
……100体?
「100体も……見つかりますかね」
違和感。
魔物が……いない?
「……………妙だな」
「お前ら、警戒しとけ」
トニーの言葉に、身構える。
談笑が途絶え、あたりが静寂に包まれる。
だから気づけた。
――ズン。
重いものが地面を叩く音。
――ズン。
続く。さっきよりも近い。
「総員、戦闘配置……!」
アルタキアが低く命じる。
音が、近づく。
木々を割って現れたのは、全高10メートルにはなろうか。
ティラノサウルス級の、ドラゴンの顔だった。
トニーが剣を抜く。それより早く、アルタキアが叫んだ。
「総員、退避ィィィ―――!!!」
叫びながら、アルタキアはトニーとともに竜へ向かう。撤退の時間を稼ぐために。
だが、それを嘲笑うかのように、竜の尾が部隊を横薙ぎに襲う。
俺は咄嗟に飛び出し、部隊と尾の間に入る。少しでも衝撃を和らげねば。
尾は木々をなぎ倒し、俺を吹き飛ばしてなお、勢いを弱めなかった。
倒れる団員たち。木の下敷きになった者もいる。
立っているのはアルタキアと、トニーと、俺、そしてあと2名だけだ。残りの7名は負傷し立てない。
「お前らァッ!1人でもいいから逃げやがれェ!」
「し、しかし副団長」
「足手まといだッつッてんだ!早くしろォ!
団長と俺とカニに任せとけェ!」
トニーが激を飛ばす。
2名の団員は、手近な負傷者1名を抱えて、なんとか戦場を離脱した。
応援を呼んできます、とのことだが、果たして間に合うか……。
俺は戦いについていくので精一杯だった。
アルタキアの目にも止まらぬ高速剣技。トニーの、それこそ竜を思わせるような力強い剛剣。
俺も甲殻をボロボロにしながら、なんとか爪や牙を受け止めて、2人に致命的な傷を負わせないよう尽力した。
少しずつだが、竜も血を流していた。
だが、その時は来た。
「くっ、ディアナ、あぶねぇっ!!」
竜が倒れている団員を踏み潰そうとしていた。俺は間に合わなかった。
トニーがその脚を、剣で受けた。まともに、受けてしまった。
骨が折れる、嫌な音。
倒れたトニーの両足が、変な方に向いていた。
焦ってそちらへ向かう瞬間、視界が暗くなる。
――あ、やばい。
気づいたときには、俺の上半身は竜の口の中。
尋常ではない圧力。俺の甲殻がひしゃげ、腹に牙が食い込む。痛みという言葉では表せないほどの痛みが、全身を貫く。
やばい。死ぬ。
「その口を放せぇ――!!」
アルタキアの声の後、ものすごい音とともに光が戻る。
竜の叫び声と気づいたのは一瞬後だった。
光を取り戻した俺の目に飛び込んだのは、目から血を流す竜の顔。
――そして、竜の尾を受けて吹き飛ぶアルタキアの姿だった。
アルタキアは俺を助けるために、竜の目に渾身の一撃を加えたのだ。
竜はその隙を見逃さなかった。
吹き飛び、木に打ち付けられて動かなくなったアルタキア。
竜が、ゆっくりと、彼女に迫っていく。
させるか。
立ち上がろうとして、脚に力が入らないことに気づく。
胴体がちぎれかけている。甲殻が完全に割れて、腹部からは真っ赤な内臓が見えている。
銀色のポーチが血に染まっている。だが、それを気にする場合ではない。
竜はアルタキアに迫っている。何かないか、何か。
必死でポーチをまさぐる。
小瓶。塗料の入った小瓶だ。
震えるハサミでそれを掴み、なんとか投げる。
奇跡的に命中。塗料が竜の顔を汚す。
ちらり。こちらを見る。いいぞ。来い。来い。来いよ!
しかし竜はすぐに俺への興味を失い、彼女へ向き直る。クソ!
他にないか。ポーチの中。水袋、携帯食料。ろくなもんがない。
石。石?熱い……石。
熱い。これは、あのときの。エビ怪人の石。
自分の腹を見る。血まみれの内臓が見えている。赤い。その中でも一際赤いもの。赤くほんのり輝くもの。それも……石のように見えた。
石?
過去に聞いた言葉が脳裏で反響する。
――賢者の石、活性化済み――
――賢者の石が共鳴する!――
賢者の、石?
怪人の本能が、使い方を俺に教える。
俺は一瞬、躊躇った。果たして、「それ」をして、俺は俺のままでいられるのか?
……戻れないかもしれない。
……竜の顎がアルタキアに迫る。
――いいぜ、やってやるよ。
俺自身など、もはや問題ではなかった。
俺はその石を、自分の腹に突っ込んだ。
俺の石と、やつの石。2つの石がゼロ距離で共鳴し、全身が燃える。
熱い。熱い。特に腹が、そして右腕が熱い。
ボトリ、嫌な音がする。
落ちたのは、俺の右腕。
次の瞬間、右腕が「ある」ことに気づく。
前よりも大きなハサミ。
いつの間にか痛みは消えていた。
今なら、なんでもできそうだ。
竜の口が開く。
その前に俺は、自身の体をアルタキアと竜の間に滑り込ませた。
差し出した右腕を、竜が容赦なく噛む。再びの激痛。
だが、俺の勝ちだ。今ならできる。そう確信する。
――衝撃災禍――
竜の頭が、爆ぜた。
怪人File.3 新生カニ怪人
ゴーゴンの改造人間が、他のゴーゴン怪人の「賢者の石」を奪い、自身に移植することで変化した姿。
元のカニ怪人と比べると右のハサミが大型化しており、テッポウエビ怪人の能力の一部を行使可能となった。
ただし、テッポウエビ怪人と比較すると攻撃能力は大きく劣る。
「賢者の石」は異生物間の細胞融合に欠かせない物質だが、怪人化の後に再度別怪人から「石」を移植する行為は、危険性の割に能力強化の確度が低く、推奨されない。




