第8話 カニ、街へ行く
「――魔物、だったのか?」
アルタキアの問いに、俺は首を横に振る。
俺達を襲ったのは、魔物ではない。言ってしまえば……。
「まさか……人間、なのか」
アルタキアが俺をじっ、と見つめる。
俺は迷いながら、ゆっくりと、頷いた。
「そうか――お前がそう言うのなら、そうなのだろうな」
病室。俺は医療班による手当を受けた後、アルタキアから事情を聞かれていた。
と言っても、俺は喋れないので、アルタキアの問いに首を振るだけだったが……。
戦いの後、俺達は第三騎士団によって回収された。
左腕を失い、甲殻がバキバキに割れてひしゃげた俺を見て、トニーは言葉を失っていた。
一方のビルは……
「カニキぃ!病室ってやることなくてつまんなくないですか!?しりとりしましょうよ〜!」
このとおり、案外元気だった。
しりとりなんかできるかボケ、喋れないんじゃ。
「ダンチョさんダンチョさん!訓練の見学くらいさせてくれないっすか?!」
「団長、だ。ウまで言え。見学はダメだ。お前は内臓を損傷してる」
アルタキアがピシャリと言う。
「ぇえ〜!?でもこんなに元気ですよ!?ほら、腕立てだって……あらっ」
一回でぺしゃりと潰れた。医療班が慌てる。
「安ッッ静にしてくださいよォ〜!!!!病室ではお静かに!!!!
いい子にしてないと麻酔抜きで再手術ですよ!!!」
すげぇ声。アルタキアがしかめ面で耳を押さえている。トニーも呆れ顔だ。
「……とにかく、お前らは体を治すのが優先だ。しばらくはここでゆっくりするんだな」
「そうだぜ、二人とも生きてるのが不思議なくらいの怪我なんだからな」
まあ、テッポウエビ怪人の脅威はもうないし、しばらくは休ませてもらう……かな。
「コーヒーは禁止ですよォ!!!淹れないで淹れないで!!!淹れるなっつってんでしょうが!!!」
……別室になりませんかねぇ。
そこから数日は療養だった。
しかし、俺の回復力には医療班も驚いていた。
そもそも俺は体が体なので、医療班も傷薬を塗るくらいしか処置ができていなかったのだが……
なんと3日で、左腕が生えた。
「生える、んですねぇ、腕って……キッモ……」
医療班もドン引き。
最後の小声もばっちり聞こえている。
というわけで、今日から訓練に復帰なのだ。
久しぶりに体を動かせるのはありがたい。
「いいなぁいいなぁカニキぃ!!」
まあ、こいつのお陰で、療養生活も退屈ではなかったが。
俺が見てなくてもちゃんと安静にしてろよ?せっかく拾った命なんだから。
「でもさ、カニキがいなかったら俺、死んでたっすよね」
…………いや…………
「カニキのお陰で生き残ったんだから、さっさと回復してまたお役に立てるように頑張りやす!」
…………
助けてもらったのはむしろ……
まあ、いいか。
俺はハサミをひらひらと振って、病室を後にした。
久々の訓練はやっぱりキツかった。周回の最後らへんは、ちょっと己の回復力を恨んだ。
「おーいカニ。午後なんだけどよ」
トニーは凄いな。俺は息も絶え絶えなんだが、普通に話しかけてくる。同じ訓練をしてるはずなのに……。
うっ吐きそう。ちょっと待って欲しい。
「買出し行ってくんねぇか。タキ団長と一緒に」
えっ、なんて?
あの美女と……買い物???
お、お、俺、そういうの経験ないっすけど!!
「今日は本来、タキ団長とビルが当番なんだけどよ、ビルはあの状態だし、お前もそろそろ街の人に覚えてもらったほうがいいだろ」
は、は、はい!
不肖、蟹江甲斐、精一杯務めさせていただきます!
「……おい、大丈夫か?私も持つというのに……」
午後。第三騎士団の拠点、そのすぐ近くの街、エルナタウン。
俺とアルタキアは買い物に来ていた。否、「買い出し」である。
第三騎士団員総勢50名のための買い出し。
食料や水、替えの武器、メンテナンス道具、医薬品etc...
ちょっとした山みたいな荷物を、俺は見栄だけで抱えていた。
買い物中、街の人からの奇異の目はなかなかのものだった。
しかし、アルタキアが「こいつも第三騎士団だ。危険はない」と言うと、みんなおっかなびっくり気味ではあるものの、避けることなく対応してくれた。
街の人からの、信頼。
「まったく……おい、ちょっとそこ、寄るぞ」
アルタキアが親指で喫茶店を指す。
荷物が大きいので、テラス席に座らせてもらう。ふう、ひとごこち……
「なにか食べるか?」
じゃ、じゃあ……このトマトパスタを……
アルタキアの不思議そうな顔。俺、なんかしちゃいました……?
すぐに飲み物と料理が運ばれてくる。アルタキアは紅茶と、ちょっとしたパフェを頼んでいた。
あまりパフェを頼むイメージがなかったので、ちょっとおもしろい。
俺の目の前には、トマトパスタ。
あ、しまった。
「……だよな?食べられないよなパスタは。その手じゃ」
呆れられてしまった……。
「……ほら、あーん」
えっ
「早くしろ。私もパフェを食べたいんだから」
あっあっあっ ありがとうございます 恐縮です。
「だ、団長さんが魔物に餌付けしてる……?」
「バカ、魔物じゃない。騎士団員さんらしいぞ」
「第三騎士団の新兵器なのか……?」
「なんでも呪いでカニに変えられた異国の王子様だとか」
「なんにせよ万死に値しねぇか?」
周囲の視線が突き刺さるが、アルタキアは気にしない。
「……不便が多いな、その体は」
俺もそう思う。だから気にしないが、アルタキアはハッとした様子で言葉を継ぐ。
「その体だから助かった命もある。悪いことばかりではないな」
……それも、そうだと思う。
アルタキアはとっくにパフェを食べ終わり、俺は気恥ずかしいながらも、「あーん」でようやくパスタを八割くらい食べた頃。
アルタキアがぽろっと漏らした。
「……私は、平民の出でな」
「田舎者だし、貧しかったから、小さい頃はこういう店も、あまり来られなかった」
「故郷は……農業が盛んでな。
たまに食べる村のオレンジが、私のごちそうだった……」
アルタキアの視線が、机の上のオレンジの皮に向く。懐かしむような、悼むような……。
俺も食べてみたいな。アルタキアの故郷のオレンジ。
その後は、アルタキアに街のことをいろいろと教えてもらいつつ、帰路についた。
「武具屋のオヤジは酒に目がない」、「あの店はパンケーキがうまい」、「道具屋は第三騎士団にだけ少し割引してくれる」、「あの店はダンゴがうまい」、「あの店で挽き肉をたくさん買うとコロッケをオマケしてくれることがある」……半分以上食べ物のことなのは気になったが、ありがたい情報だった。
拠点に帰ると、トニーたちが暖かく出迎えてくれた。
「えっ、タキ団長!カニに荷物全部持たせたんですかぁ!?鬼!」
「アルタキア団長と呼べ!私は持つと言ったんだ!」
「カニお前、漢だなぁ〜……」
他愛ない会話が嬉しい。
俺のことを受け入れてくれる、ここが俺の居場所なんだ。
夜、身振り手振りでトニーに聞いてみた。
「なんだカニ、地図なんか出して……ん?ポーチ……作る……タキ団長?タキ団長の……腰の高さ……小さい……小さい頃?故郷!
タキ団長の故郷が気になってるのか」
トニーの物わかりのよさ、すごくない?
「あー……カニ……タキ団長から何か聞いたのかもしらんが……」
珍しく口ごもるトニー。
意を決したように口を開く。
「タキ団長の故郷はな、団長の幼い頃に……魔物に、滅ぼされたんだよ」
――言葉が、出なかった。
いや、もともと出ないのだが。
ブラッドエイプのときのことが脳裏に蘇る。アルタキアの怒り。その正体が、ようやく見えた気がした。
気がつけば俺は、腰につけたポーチに触れていた。
熱い。気がする。
それはきっと、込められた祈りの温度。
守るべきものを、しっかり見つめる。
その重さが、再び俺の背にのしかかった気がした。




