第7話 カニとエビ
「なんだ、見掛け倒しか」
エビが竜を見下ろして言う。
「もう少し強ければ、調教して尖兵にしてやってもよかったんだが……一撃で死ぬとはな」
熱い。腹が熱い。
「す、す、すげぇ……!あざっす!助かりやした!
えっと、カニキのお友達……っすか!?」
ビル、違う。こいつは。
エビが無機質な瞳でこちらを見つめる。
「……ぉぉ……おお!やはり!同胞か!」
無表情のまま、急にテンションが上がるエビ。俺のほうへツカツカと歩いてくる。
キモいから来ないで欲しい。
「賢者の石が共鳴する!紛れもなく、貴殿もゴーゴンの怪人!」
……ゴーゴン?
それはたしか、転移のときに聞いた言葉。
――あなたの死の原因は、暗黒結社ゴーゴンによる改造手術、その失敗のようですね――
「死によって転移したこの世界で、まさか再び同胞に会おうとは!貴殿もあの裏切り者のバッタ怪人の手にかかったのか?
――む、口がきけないのか。これは失礼した」
わけがわからない。しかし、どうやらコイツも俺と同じく、転移してきた怪人のようだ。
エビ怪人か。なんでそう甲殻類ばかり選ぶんだ。
ビルが不安そうに俺を見ている。
「とにかく、同胞がいれば心強い。さあ、我らでこの世界を制圧し、ゴーゴンの悲願、怪人による人類支配を成し遂げようではないか!」
エビが腕を開き、俺を誘う。
ビルがへへ、と小さく笑う。
「あ、あの……ちょっと、冗談キツいっていうか……人類支配とか、意味がわかんないっすよ……
初対面でカマすジョークじゃないですって……ねぇ、カニキ……?」
ビルが正しい。
しかし、エビは冷淡だった。
「……なんだ、そいつは貴殿の従者ではないのか」
エビが右のハサミを、ビルに向けた。
何か、まずい!
「衝撃災禍」
再び轟音。俺は咄嗟にビルを突き飛ばしていた。
衝撃。
一瞬遅れて、激痛。
左のハサミが……ない。
一撃で、消し飛んでいる。
それも――背後の岩山ごと、だ。
さっきの音の正体がわかった。
こいつはエビだが、ただのエビじゃない!
「――自己紹介が遅れた。私はテッポウエビ怪人。
私の右手はすべてを砕く」
テッポウエビ。5〜7センチほどのエビだが、その危険度は体格に見合わない。大型化したハサミを閉じる勢いでプラズマを発生させて衝撃波を放つ、小さな怪物。
それが、2メートルの体躯で眼の前に立っている。
「戦力差が明確になったところで、もう一度問おうか。
私とともに、怪人による人類支配を成し遂げよう。ともに来てくれるな?」
答える代わりに、俺は勢いよく泡を吐きかけた。
「むぐっ、ぐお?!あ、熱い!毒性の泡か!」
エビが苦しみ、喚いている。この隙にハサミを突き立てれば――そう思いかけて、やめる。
こいつは魔物じゃない。俺と同じ……ゴーゴンに改造されただけの、人間なんだ。
倒れ込んでいたビルを叩き起こし、一緒に走る。
あいつの存在は脅威だ。騎士団のみんなに伝えなきゃ。
「なんすか!なんなんすかアイツ!カニキと似てるけど全然違う!ヤバい奴じゃないっすか〜!」
叫んでないで走れ!
「逃がすと思うか?」
眼の前に、エビ怪人。いつの間にか向き合っている。
後ろ向きに跳んできたのか。なんてスピード。
「毒性の泡には驚いたが、どうやら大した毒ではないらしい。
だが私を驚かせた罪は重い」
エビ怪人の目が血走っている。俺の眼の前で、右のハサミが開いて――
「カニキ危ないっ!」
「衝撃災禍」
轟音。衝撃。
死んだ――そう思った。
しかし、俺は生きていた。
俺を突き飛ばした者がいた。
――ビルだ。
俺の代わりに衝撃波を受けて、吹き飛ぶ。紙くずみたいに。
ゴロゴロと地面を転がり、止まる。
慌てて駆け寄る。ヒュッ、ヒュッと、浅く荒い呼吸音。生きている。生きているが……
ひどい。背中が……皮装備は吹き飛び、皮膚が焼けただれている。
水袋から水をかけて冷やす。だがこんなものでは……。
「か、カニキ……俺、俺……」
喋るな。いいから。
「俺……老後は……喫茶店、やりたいんす……」
いいじゃないか。やればいい。今は喋るな。老後を迎えるためにも!
ビルが俺の顔に向けて手を伸ばす。
それをハサミで受け止めようとして、やめる。俺のこの手では、手を握ってやることもできない。
「小さくても、いいから……海辺で、みんなが、たむろせるような……
カニキも、遊びに来て、ください……約……束……」
ビルの手が空をかき、そのまま、落ちた。
それきり、ビルは喋らない。
「はあ……旧人類が。所詮は弱者。
怪人による支配を受け入れないなら、死ぬのが正しい姿だ」
エビの声が遠い。
血が、沸騰するように熱い。
腹の中で何かがひときわ熱を発する。
エビが再び、ハサミを開く。
俺は、俺は……俺はこいつを……
殺す。
俺はエビに向き直り、再び泡を噴射する。
「何度も同じ手を食らうと思うかっ!」
エビはそれをひょいと避けた。その顔面に、棒状のものが激突する。
俺の脇腹には3対6本の小さな脚が生えている。そのうち一本を、俺は引き千切り投げつけていた。激痛。それでも構わない。
視界を塞がれ面食らうエビの腹に、俺は容赦なくハサミを突き立てた。甲殻を砕き、肉を裂く。血が噴き出す。
「あああああああ!!クソっ!クソが!よくも!よくもこの私に!」
エビが悪態をつく。知ったことか。
容赦なくハサミで抉る。甲殻の強度はどうやら、俺のほうが上だ。やつが暴れても、俺を振りほどくことができない。
やつの右ハサミが俺の頭を狙う。まずい。
「衝撃災禍!」
左半身が消し飛んだかと思う衝撃。痛み。ひび割れる甲殻。
だが、やつも痛みのせいか狙いが少し逸れたな。俺はまだ生きている。
エビと組み合ったままゴロゴロと転がる。俺のハサミはまだエビの体内だ。エビが痛みに呻く。
再び開くやつのハサミ。今度こそ俺の頭を狙い――
「衝撃災禍ォ゙!!」
それがやつの最期の言葉だった。
俺はやつの腹から手を抜くと、やつのハサミに添え、少しだけズラしたのだ。ハサミの先が、やつの頭を向くように。
轟音の後、やつの頭は消し飛んでいた。
――ばたり、と音を立てて、エビの体が崩れ落ちる。
荒い息。俺の息だ。なんとか生きている。ビルのお陰だ。
呼吸を整えていると、エビの体が泡になって溶けた。怪人の最期は、こんなに儚いのか。
溶けた泡もやがて消え、後には赤く輝く小さな石が残った。
俺はなぜか、それを拾ってポーチにしまっていた。拾う瞬間、俺の腹がまた熱を持った気がした。
衝撃音を聞いたアルタキアたちが駆けつけたときには、すべてが終わっていた。
怪人File.2 テッポウエビ怪人
ゴーゴンの改造人間。本名、海老原鉄兵。35歳。
生来の傲慢な気質を持ち、学生時代から他者を見下す言動で孤立。やがて選民思想に傾倒し、「強者こそが支配すべき」という価値観を絶対視するようになる。
その思想を肯定する存在として暗黒結社ゴーゴンに心酔し、自ら志願して怪人化手術を受けた。
改造モチーフはテッポウエビ。
右の鉗脚から放つ衝撃波「衝撃災禍」は有効射程10メートルに及ぶ。
“反撃を許さぬ一撃で敵を消し飛ばす”という能力は、彼の思想をそのまま体現している。
元の世界ではゴーゴンを裏切ったバッタ怪人と交戦。一時は圧倒するも、特訓によって編み出された回転加速キックの前に敗北。




