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第6話 カニ、未知との遭遇

 あれから数日。俺は第三騎士団の一員として、任務に参加し続けている。

 銀色のポーチには、ちょっとした携帯食料や水袋、簡易な塗料なんかを入れている。

 そう、塗料だ。俺も勉強して、この世界の(というかルクシオン聖王国の)文字もいくつか書けるようになったんだ。

 といっても、「危険」とか「安全」、「要注意」なんかの実用的な文字を、ほんの少しだけど。


 変化はそれだけじゃない。

 むしろこっちが大きな変化かもしれない。


「カニキー!今日も朝食、ご一緒させてください!」


 俺を「カニキ」(「カニ」の「アニキ」らしい。どういうセンスだ)と慕う、弟分というか、なんというか。

 そんなやつができた。

 そいつは、坊主頭をぺちんと叩き、手を揉みながら近づいてくる。


 そう、坊主頭。

 こいつは……


「このビルケニア、カニキにお供いたしやす!気軽にビルって呼んでくださいね」


 呼べねぇよ。声出ないんだから。


 ……まあ、あのときの、元モヒカンだ。

 あの裁判のあと、こいつはこいつで第三騎士団に預けられて、矯正教育を受けていたらしい。

 その流れで、騎士団の見習いというか、下働きになったらしい。


「こちらの下働きで老後資金を貯めさせていただきやす~」


 ちゃっかりと堅実だ。案外、お給金はいいのだろうか。

 言いながら、コーヒーを淹れてくれる。ビルの淹れたコーヒーは、いつも美味い。


 ビルは月狼ルナハウンド戦のときにはすでに部隊の後方支援で働いていたらしく、俺と大月狼との戦いを見ていたそうだ。

 それで、俺のことを慕ってくれるようになった、らしい。


「今日はエビルドクトカゲの群れの討伐だ。対毒用の皮装備を忘れるな。万一のための解毒剤もな」


 朝食後、アルタキアが全体に指示を出す。

 俺はサイズの合う皮装備がないので、解毒剤だけポーチに入れておく。

 ビルは皮装備に加えて、いつぞやの防毒マスクを被っている。


 エビルドクトカゲは、激しく毒液を吹きかけてくる、大きなトカゲ型の魔物らしい。

 トニーが弱点や注意点を含めて、いろいろと丁寧に教えてくれた。


 隊列を組んで荒野を進んでいく。あちこちにある岩山。そのそこかしこに、大きな洞穴が空いている。そういった場所に、エビルドクトカゲは潜んでいる。

 団員たちは2名一組で捜索する。俺とビルも、二人でトカゲを探していた。


「俺の経験なんですけど、エビルドクトカゲは洞窟のわりと表層付近にいることが多いっす。毒があるから天敵が少ないのが原因だと思うんですけど、警戒心ってやつが薄いんすよね。

 そして、眼よりも耳で獲物を探してるっぽいんですよね。

 だもんで、洞窟の前でわざと小さめに音を出してやると……」


 言いながら、ビルは洞窟入口に小石を投げる。

 こつ、こつんと小さな音がして、しばらく……


 洞窟の奥から、突然黒っぽい粘液が噴き出してきた。


「お、出て来やしたね。そんじゃカニキ、お願いしまーす!」


 お前、その剣と防毒マスクは何のために……?


 呆れていると、穴の奥から大きな黒いトカゲが出てきた。顎の下から腹にかけてが橙色で、トカゲというよりもイモリみたいな姿だ。

 しかし、大きさは人間大。

 そいつが、エビルドクトカゲだった。


 エビルドクトカゲは舌を伸ばしてチロチロと揺らす。蛇のように、臭いを嗅いでいるようだ。

 縦に入った切れ込みのような瞳が俺を捉える。気づかれた。上等だ。


 俺は両のハサミを構え、トカゲの正面に立つ。

 前足の付け根、後ろ側すぐ。そこにエビルドクトカゲの骨の隙間がある。そこから剣(俺の場合はハサミ)を突っ込み、心臓を破壊するのが定石だ。

 じりじりと距離を詰めていく。


 突如、トカゲが口を開き、毒液を噴出した。俺は横歩きでそれを回避し――痛ッ!?


 避けたはずが、飛沫しぶきが少しかかったらしい。

 俺の右足の甲殻が、ぷすぷすと煙をあげている。

 こいつの毒液は甲殻を溶かすのか!聞いてないぞ!?


 この距離は相手の射程内。まずい。

 強引に距離を詰めていくが、トカゲは毒液で応戦してくる。毒液。回避。毒液。回避。

 飛沫を浴びるのもまずいので、大きめに回避せざるを得ない。距離が詰められない。


 内心で冷や汗をかいていると、突然カンカンカンカンカンカン!と金属音が響く。右方向だ。

 見れば、ビルが岩に剣を打ち付けて音を立てている。


「そら、こっちだ!来てみろ、トカゲ野郎!」


 トカゲがそちらを向き、毒液を吐きかける。チャンスだ!


 横走りで弧を描くように近づく。こちらを向き直ろうとしてももう遅い!

 すでに俺のハサミはトカゲの脇腹に深く、深く突き刺さり、心臓を切断していた。生きた肉を切り裂く、嫌な感触。

 エビルドクトカゲは何度か口をぱくぱくと動かした後、ぱたりと地面に倒れ伏し、それきり動かなくなった。


「やりましたね、カニキ!いい調子っすよ!」


 ……いや、ビルがいてくれなかったら危なかった。自分の未熟さを痛感するよ。

 結局、俺は甲殻の頑丈さに頼り切っていていけない。甲殻が通用しないと、何もできなくなってしまう。

 これじゃいけない。俺の武器を見つけないと……。


「俺、いつも4人がかりでこいつを倒してたんすよ。だから騎士団で、二人一組で倒すって言われたとき、正直不安で。

 ……でもカニキとなら余裕っすわ〜!」


 調子のいい奴め。俺はハサミで軽く、ビルの頭をこづく。


「あいてっ!ちょっとカニキ〜!……へへへ」


 ビルが照れくさそうに鼻をかく。俺もポリポリと頭をかいていた。


 その後もビルとの連携は順調だった。一体のトカゲの相手をしている間に別のトカゲが現れてビルにのしかかったときは肝を冷やしたが、なんとか俺の横走りが間に合い、二人とも大した負傷なく討伐を続けられた。

 慣れてきて、俺達は少し調子に乗っていた。


「いや、余裕っすわ〜!カニキと俺ならドラゴンだって倒せるんじゃないすか!?」


 乗りすぎだろ。

 ドラゴンって、小型のやつ相手でも第三騎士団総出でかかるらしいぞ。

 またビルの頭をこづく。


 そうこうしていると、岩山の奥から、なにか異様な雰囲気を感じた。腹の底が熱くなる。なんだ、これは。

 ビルはこの気配に気づかないのか?

 咄嗟にビルを伏せさせる。「なんすか、なんすか」じゃないんだよ!


 岩山の陰から、ズシリ、ズシリと重たい足音。ようやくビルが事態に気づく。


 岩陰から姿を現したのは、全長5メートルはあろうかという、竜だった。

 前傾姿勢ながら後ろ脚で立つ姿は、俺の世界でいえば、獣脚類恐竜……ケラトサウルスによく似ていた。

 そいつが、フンフンと鼻を鳴らしながら歩いている。


 ビルの顔色が青ざめた。

 2人で岩山に隠れる。しかし、まずいぞ。ケラトサウルスはたしか、ティラノサウルス程ではないが……嗅覚が鋭い。もしもそれと同じなら……。


 竜が、こちらを見た。


「カ、カ、カニキ、どうします、戦いますか」


 ビルが震える手で剣を構える。

 俺の甲殻なら奴に噛まれても少しは持ちこたえられるか?

 奴にハサミを突き立てられるか?

 戦って、勝てるのか?


 逡巡していると、竜が天を仰いだ。


 ――咆哮。


 それを聞いた瞬間、俺達は不可能を悟った。それだけの力がその声にはあった。


 反転し逃走する。このことを早く報告しなくては。

 走れ。走れ走れ走れ――!


 しかし竜は走るのも速かった。俺達はあっという間に追いつかれ、岩山に追い詰められてしまう。

 ビルが腰を抜かしている。

 その前で精一杯ハサミを開き、威嚇する。


 竜は俺達を観察するかのように見つめながら、ゆっくりと迫ってくる。

 距離はあと10メートル、9メートル、8メートル……


 そのとき、雷のような轟音が、閃光とともに戦場に響いた。

 竜の頭部から、血が噴き出す。頭の一部が消し飛んでいる。

 一拍おいて、崩れ落ちる。衝撃が地面を揺らす。


 ビルは目を白黒させている。


「なんすか、なんすか今の!?すげぇ音が……!」


 無理もない。今のは明らかに、この世界にはない概念の攻撃だった。


 ――誰かが、ライフルで竜を、撃った?


 この世界の銃はまだ火縄銃のレベルだ。竜を倒すとなれば、大砲を用意することになる。ここでそんなことができる者はいないはず。

 まさか、俺と同じ転生者が、銃を持ち込んだのか?


 戸惑っていると、横合いの岩山から、人影。

 いや、人影と言うには、それは異様すぎた。俺が言うのもなんだが。


 金属のような光沢を持つ肌……いや、()()

 両手には大きなハサミ。


 そいつは明らかに、人型の……エビだった。

 腹の底が、ひどく熱い。

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