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第10話 カニ、出向

 竜が倒れ、森は静寂を取り戻した。

 動くものはない。俺を除いて。


 気づけば、俺はアルタキアに駆け寄っていた。

 右腕が割れるように痛むが、そんなことはどうでもよかった。


「あ……ぅ……たき……ぁ……!!」


 必死に呼びかける。


「アウ……タキ……アぁ……!!」


「む……」


 アルタキアが、薄く目を開く。よかった!


「カニ……お前、今の……お前の声か……?……そうか……」


 喋らなくていい。今に助けが来る。


「アウ……タキア……りゅ、りゅう……たおした……たつけが……()ぐ……」


 涙に濡れた俺の顔を見て、くすり、とアルタキアが笑う。


「……言いにくいなら……タキでいい……」


 戦場に似合わぬ、柔らかな笑顔。


「親しい者は……そう呼ぶ……」


 それだけ言って、タキは目を閉じた。

 穏やかな寝息が俺を安心させる。相変わらず、寝付きのいい人だ。





「……で、僕のところへ来たと」


 タキとトニーをはじめ、先の任務に参加した団員の大半が、当面医療班のお世話になることになってしまった。

 俺は例によって3日で回復したので、俺は当面、第三騎士団の中で、別の副団長に預けられることとなった。

 レイヴン副団長。

 月狼ルナハウンド討伐作戦でも、1人で何体もの月狼を討伐した凄腕だ。

 銀色の髪をさらりとかき上げる姿は、男性ながら、美しいと評せざるを得ない。


「……いいかい、カニくん。僕はアルタキア団長やダントン氏とは違う。君のことを騎士団員だとは思ってないんだよ。

 だいいち、君は判決保留中の、被告人の身だよねぇ?」


 なーんか、当たりが強い……。


「ぇいぶん……さん……」


「レイヴン副団長、だよ」


「………ぇいぶん……ふくだんちょー……おで……がんばぃ……まつ……」


「ふん、まあいいだろう……

 で、君もオマケで来たわけか」


「はいッ!今日から復帰ってことで、カニキのオマケでレイヴン分隊に配属になりやした!よろしゃーっす!!」


「チッ……」


 今、舌打ちした???

 まあ、お坊ちゃん育ちっぽいレイヴン副団長殿には、ビルのこのノリはややキツいか……。


「だいたい、なんで平民の女が騎士団長なんだよ……腕が立つのは認めるけど、騎士団の秩序をどう考えてるんだ……だいたい、単騎での戦闘力は指揮官としての適性とは無関係だっていつも僕は……」


 こいつ、嫌いだわ。


「うわぁ……なんかブツブツ言ってますよ……カニキ、俺コイツ嫌いですわ〜」


 ビルが耳打ちしてくる。俺も同感だ。


「聞こえているよォ???」


 うわ怖い。目が血走ってる。ごめんて。

 怯えていると、眼鏡をかけた長身の女性がツカツカと歩いてくる。レイヴン副団長の腹心、クレインさんだ。

 クレインさんは俺達に目もくれず、副団長にコーヒーを差し出す。無言で受け取る副団長。

 雰囲気に圧倒されていると、去り際にクレインさんが俺達を一目だけ、キッと睨んだ。


 もうやだこの分隊。こわいもん。

 ビルも震えてるよ。かわいそうだよ。


 ……そんなこんなで、俺達は数日、レイヴン隊で任務に参加した。


 その結果……


 いや、レイヴン副団長のことナメてたわ。

 冗談抜きで、指揮官としてはタキより凄いかもしれん。


 例えば、身長2メートル半ほどのオークという巨人みたいな魔物の群れの討伐に参加したときのことだ。


 レイヴン副団長は剣をほとんど抜いてないんだよ。

 ただ、分隊のメンバーに位置を指示してる。それだけでどんどんオークが減っていくんだ。

 明らかに見えてないはずの位置にも的確な指示をずっと飛ばしてた。


 しかも、「剣を抜いてない」っつってもよ?

 レイヴン副団長、常に2〜3体のオークに囲まれて狙われてたんだよ。

 俺、助けに入ろうとしたんだよ。でも一歩踏み出した瞬間、「必要ない」ってピシャリよ。

 剣も抜かずに、踊ってるみたいに立ち回りながら指示を飛ばし続けて、いつの間にかレイヴン副団長の周りではオークがオークを殴りつけて倒しちゃってたりする。

 攻撃を全部避けられてイラついてるところをうまく挑発して、同士討ちするように誘導してるみたいだった。

 さすがに最後の一体は自分の剣で倒してたけど、やっぱり剣を持っても踊るみたいに戦うんだね。流れるような剣先が輝いてて、俺とビルは思わず拍手しちゃったもん。


 ただ、その任務の最後、レイヴン副団長が言ってたことが気になった。


「妙だな……音がしない」


 この言葉の意味を俺が知るのは、その更に数日後だった。





 ある日の午後、珍しく第三騎士団はどの分隊も任務に出ずに詰め所に待機していた。

 そんな中、俺とビルが呼び出しを受ける。行き先は……タキとトニーの病室。


 ドアをノックすると、クレインさんが内側から開けてくれた。


「カニ、ビルケニア。来たな」


 タキが少しだけ口角を上げる。

 トニーがひらひらと手を振ってくれる。

 レイヴン副団長は目だけでこちらをジロリと睨む。

 もう1人の副団長、初老だが筋骨隆々の大男、ヴェルグさんは目を瞑ったまま無反応だ。……もしかして座ったまま寝てます?


 そう。病室には、団長・副団長全員と、レイヴン副団長の補佐役であるクレインさん、そして俺とビルが集まっていたのだ。


「すまないな、こんな場所で。まだダントンが動けんのでな」


 タキが全員に向けて謝罪する。いや、あなたもまだ安静にしてなきゃいけないはずですよね。


「さっそくだが、例の竜について、皆の意見を聞かせて欲しい。

 我が第三騎士団はこの短期間に2回、意図せず竜に遭遇している」


 俺は、俺とビルが呼ばれた意味を理解した。

 一体目の竜に遭遇したのは俺とビルだけだ。


「あり得ないよね。本来、竜は縄張り意識が強い。

 滅多なことでは自分の縄張りを離れない。

 このかんに第三騎士団が派遣されたのはいずれも竜の発見情報のない場所だよ」


 レイヴン副団長の言うとおり、俺も違和感があった。

 竜など、10年に一度目にできるかどうか、という伝説の魔物だと聞いていたのだ。それがこう続々と。


「特に、一体目の竜については出現状況が不明すぎる。正直、死骸が見つかってなきゃ存在自体信じてないさ」


 レイヴン副団長は横目で俺とビルを見ながら言う。

 嫌味なやっちゃなぁ〜。


「俺とカニキは嘘なんかつかねぇよ!」


 レイヴン副団長が、フン、と鼻を鳴らした。


「まあまあ、とにかく、竜2体の出現は確定なんだから、それを前提に話をしようぜ」


「ダントンの言うとおりだ。それに、一体目の竜を倒したという、異世界の『怪人』の件も気にかかる」


 トニーとタキが場をとりなそうとするが……


「ハッ!それこそ眉唾ものだね。異世界から来て竜を一撃で倒したバケモノ?それをそこのカニが倒したぁ?」


 ビルが音を立てて立ち上がる。

 俺はそれを制止する。


「ビゥ……だめ、だ……」


「っ……でもカニキ!」


「喧嘩のために呼んだわけではないぞ」


 ピシャリ。タキの低い声が空気を切り裂いた。

 ……団長に選ばれたのは、こういうところかもしれないな。


「……ところで」


 タキが言葉を継ぐ。


「いつまで寝ている?起きてくださいヴェルグ副団長!!」


 えっ、マジで寝てたの。


「ンゴっ?ん、あー……すまんすまん!ガハハ!」


 マジで寝てたよヴェルグ副団長!

 今まであんまり絡みがなかったから知らなかったけど、この人スゲーな?!


「で、竜の話だったか?お嬢!」


「その呼び方はやめてください。竜と、『怪人』の話です」


「ガハハ!相変わらず堅いのう。そうさな……ウム、小僧もカニも嘘はついてないと思うぞ!」


「……ただな」


 ヴェルグ副団長が顎に手を当てる。


「竜が縄張りを離れるってのは、よっぽどのことだ。餌がねぇか、居場所がねぇか……あるいは」


 ――空気が引き締まる。


「『居られねぇ理由』ができたか、だ」


 その言葉に、レイヴン副団長がわずかに目を細めた。


「……同感だね」


 静かに、しかしはっきりと続ける。


「リュウガ森がおかしい。魔物や動物の息遣い、足音、風の通り方……何かに『書き換えられて』いる」


 ぞくり、と背筋が冷える。


「森の地図をまとめましたが、魔物の配置、動物の分布、いずれも正常値を逸脱しておりました」


 クレインさんが資料を配る。


「では、やはり……」


「『怪人』ってのは認めてないけどね」


 タキの言葉を遮って、レイヴン副団長が続けた。


「何か、いるよ。森の奥、竜の縄張りに」


 静寂。全員が眉にしわを寄せる。


 まだ、いるのか……俺の同類が、この世界に。


「……じゃあ、俺たちの回復を待ってから、他の騎士団にも協力要請を」


 トニーの言葉を、レイヴン副団長が遮る。


「冗ォ〜談でしょ。これだけの情報じゃあ第一はおろか、第二騎士団だって動かないよ。

 彼らは隣国との戦争に夢中なんだからね」


 両手をひらひらと動かし、口角を吊り上げる。


「……だが、危険すぎる」


 タキの言葉に、レイヴン副団長は急に真顔になる。


「だからこそ放置できないんだよ。

 『そいつ』のせいで、いつ竜が市街地に出てくるかわからない。

 もしくは、『そいつ』自体が市街地に現れたら?

 事前情報ナシで対応できる?」


 ……………正しい。


高貴なる義務ノブレス・オブリージュ。僕らが守るべきは自分たちじゃない。市民だろ」


 ……誰も、言い返せなかった。


「すでに調査任務の人員選抜は済んでおります。

 あくまで調査のため少人数で、隠密に行いたいと思います」


 クレインさんがテキパキと話を進めていく。


 かくして、俺達「レイヴン特別選抜隊」の森林深部調査任務が始まったのだ。

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