第11話 カニ、森へ踏み込む
レイヴン特別選抜隊に選ばれたのは、レイヴン副団長、クレインさん、ヴェルグ副団長、俺、ビルの合計5名だった。
レイヴン副団長は指揮官として、クレインさんはその補佐、ヴェルグ副団長は単体での戦力を評価されて、俺とビルは怪人との遭遇経験から現場での状況判断の補強材料として、ということのようだ。
「君たちには期待してないから、僕の指示以外で動き回らないでね。邪魔だから」
とは、レイヴン副団長の談。
「ヴェルグ副団長クラスならともかく、君程度の単騎戦力は統率された部隊の力には及ばないからね。
……特にその右手のアレは使わないでね」
……そう。先日竜を倒した俺の新技「衝撃災禍」だが、致命的な欠点があった。
一度使うとハサミが大きくひび割れてしまい、再生に一日かかるのだ。めちゃくちゃ痛いし。
レイヴン副団長主導のもと何度か実験したが、使用は一日一発が限度、しかも射程距離もテッポウエビ怪人には遠く及ばず、せいぜい1メートル程度しか衝撃波を飛ばせないのだ。
……あいつみたいに、遠くから竜を倒せたら良かったのだが……。
実験結果を確認したときのレイヴン副団長の反応は、「チッ」だった。
……俺だってもっと強い能力がよかったです……なんでただのカニなんだよ。今更だけど。
とにかく、俺達レイヴン特別選抜隊は、森の深部へと歩を進めている。
数日がかりの行軍になるので、俺もかなりの量の荷物を持たされている。……経験が活きたな。
それは、いいのだが……
レイヴン副団長、ずっと機嫌悪くない?ちょこちょこ舌打ちしてるよね???
ヴェルグ副団長は何も言わない。目も瞑ったままだ。
……………え、寝てないよね?歩きながら寝てたりしないよね。
俺この選抜隊でうまくやってけるかなぁ〜???
「カニキぃ、それにしても魔物少なくないっすか?
素材とか取って小遣い稼ぎたかったんスけど……」
こいつはこいつで呑気すぎるし。
「お静かに。レイヴン様のお邪魔になります」
クレインさんに注意される。
えっとこの部隊、私語禁止の感じっすか……。
……空気が重い。
重たい足取りで歩いていると、突然レイヴン副団長が言った。
「…………ここだ」
?
相変わらず森は静かで、魔物一匹いない。
魔物の生息地に踏み込んだとき特有の異様な雰囲気もない。
レイヴン副団長は何を見つけたんだ?
「音が『消されている』。普通の森なら考えられないくらい反響がない。
木さえ音を返さないなんて……異常すぎる。
総員、フォーメーションDで警戒して。木を削ってみよう」
木?木がどうかしたのか?
普通の木にしか見えない。さっきまでの森と、どう違うというのか。
……いや、少し、臭いが……カビ臭い……?
質問する間もなく、レイヴン副団長が剣を振る。
そこにあった木の皮が斬られ、中からはごく普通の木目が……
現れなかった。
「うっ、ウゲェ〜ッッッなんじゃこりゃ!!」
ビルが叫ぶのも無理はない。
皮を剥がれた木の中には、蜘蛛の糸のようなものがびっしりと詰まっていた。
スポンジ状のそれが音を吸収してしまっていたのか。それが静かすぎる森の正体。
「生き物が全然いないのも異常だけどね……その原因もここにありそうだ。
見る限りこれは……『菌糸』かな」
「ああ、こりゃ根っこから食われとるな。
森の生命を支える木、それ自体がこんなふうに侵されてたんじゃあ、生き物も暮らせんわなぁ……」
いつの間にか起きていたヴェルグ副団長がヒゲを搔く。
「で、でも、外から見ても全然わかんないっすよ。レイヴン副団長はなんでわかったんだ……?」
ビルの疑問に、クレインさんが答える。
「レイヴン様は耳がいいのです。
舌を鳴らしたその音の反響で、周囲の状況を正確に把握できるほどに」
…………!
あれ、舌打ちじゃなかったのか!!
「それとは別に、イラつくと舌打ちもします」
…………舌打ちもあるのね。はい。
「みんな、ここからは特に慎重に探索をしよう。有害なガスがあるかもしれないから、布を口に当てて作業してくれ」
二人一組での作業だ。俺はクレインさんと、ビルはレイヴン副団長と組んで、対象エリアの汚染度合いを調査していく。
ヴェルグ副団長は単独行動。戦力への絶対の信頼があるようだった。
「これは……想定よりひどいですね」
俺が掘り返した土を見て、クレインさんが呟く。
土にもびっしりと菌糸が張っている。どういう菌なんだ?
クレインさんいわく、少なくとも強い魔力は感じないらしい。
「うっ、うわっ、うわぁっ!!カニキ!カニキぃ〜!!」
「うるさいよ君!静かに!……とにかくみんな集まってくれたまえ」
……ビルとレイヴン副団長の声。
呼ばれた先で、俺達はとんでもないものを見た。
体長8メートルにはなるだろうか。大きな角の生えた、トリケラトプス級ドラゴン。
それが横たわっている。
腹は膨れたまま動かず、呼吸をしている様子がない。
――死んでいる。
「……ヴェルグ副団長、腹を裂いてみてください。くれぐれも息を吸わないように」
「……うむ」
ヴェルグ副団長が大剣を抜く。
ゆっくりとあてがい、割っていく。ぶわっ!と、粉のようなものが舞う。
飛び退く副団長。
腹の中は、木の中と同じく、菌糸で満たされている。
「………竜の出現原因はだいたいわかったね。念のためもう少し……!……いや、撤退しよう」
レイヴン副団長がなにかに気づいた。
見れば、クレインさんが胸を押さえている。少し、苦しそうか?
「私は、平気です」
「これは指揮官の決定だ。撤退するよ」
皆、口に布を当てたまま、素早く撤退準備に入る。
ビルは私物の防毒マスクをつけていたため、レイヴン副団長の指示で竜の体内の菌糸を小瓶に採取させられていた。ウゲェーと喚く声が、少しだけ俺の緊張をほぐしてくれる。
「あ、あの……レイヴン様?どちらへ……」
へ?
クレインさんがふらっと隊列を外れる。
レイヴン副団長が稲妻のような速さで引き止める。
「……クレイン。僕はここだ」
「レイヴン様……そちらは崖です!行ってはダメ!坊ちゃま!!レイ坊ちゃま!!」
「クレイン!!」
崖など、どこにもない。
クレインさんに何かが起きている。目が虚ろだ。何かを見ているようだが、何にも焦点が合っていない!
「……こりゃあ幻覚症状じゃな。安静にさせたいところだが……今は撤退を急ぐべき場面じゃろうな」
ヴェルグ副団長が分析する。
「僕が担いでいく……フォーメーションはFで行こう」
先を急ぐ。
クレインさんは幸い、暴れるようなことはなかった。
しかし、うわ言のように「坊ちゃま……坊ちゃま……」と繰り返している。
レイヴン副団長は道中で、彼女に何か薬を飲ませていた。
もはや誰も、無駄口を叩けなかった。
クレインさんのうわ言、俺達の足音、そしてレイヴン副団長の舌打ちだけが、森の静寂に辛うじて抗っていた。
どれだけ歩いただろうか。強行軍に脚が棒になりかけた頃。
「………まずい」
レイヴン副団長が言った。
「……音の穴が増えてきている。……追ってきているみたいに……」
「……遠巻きに囲まれてる雰囲気じゃのう」
空気がピリつく。
と、そのとき。
「……レイヴン様、もう、大丈夫です」
クレインさんが、レイヴン副団長の背から降りた。
「ご迷惑をおかけしました……。
皆さんもお疲れでしょう。ちょうどあそこに山小屋がありますから、休ませてもらいましょう」
クレインさんが指さした先は……
「………感染症にきわめて有効な新薬、ってことで入手して持ってきたけど、無駄だったみたいだね……
カビから作られた、ってのも、今思えば胡散臭かったな」
レイヴン副団長がボヤく。
さっき飲ませていた薬のことか。おそらくはペニシリン……抗生物質だ。細菌には効くかもしれないが、真菌には効かない。
「僕の目にも、山小屋が見えている……君はどうだい、ビル君」
「ありゃ……ありゃあ……たしかに小屋みたいにでけぇ……」
「はっきり言いたまえ。防毒マスクをつけているのは君だけだ。……何が見えている?」
「バカでけぇ……キノコです……」
クレインさんが指さした先は、巨大なキノコだった。
敵は、真菌。




