第12話 カニとキノコ
そこら中に菌糸が這う森の中。キノコを相手に戦う。
どうやって?
ヴェルグ副団長の答えはシンプルだった。
「どおりゃぁぁあああああ!!」
いつの間にか構えられた大剣が振り抜かれる。轟音と突風。
クレインさんが指さしていた巨大キノコが根こそぎ消し飛ぶ。
地面がえぐれ、木々が倒れて、風の通り道ができる。嫌な空気が少し和らいだ気がする。
……というか、凄いなこのおっさん。
「こんなもんは一時しのぎに過ぎん。撤退を急ぐぞ」
ヴェルグ副団長の言葉に従い、森の中を急ぐ。
「視覚に頼るな!僕の声を指針にしろ!」
レイヴン副団長が激を飛ばす。今のところ、俺とビルは幻覚を見ていないようだ。
ヴェルグ副団長は……目を瞑っている。行きのときとは、おそらく違う理由で。
走りながら、違和感に気づく。
腹が、熱い。この感覚には覚えがある。
……賢者の石が、熱い。
嫌な予感。
「ッ!止まれ!」
レイヴン副団長の指示のすぐ後に、それはやってきた。
「嫌だなぁ〜。これ以上逃げられると困っちゃう。
だからぁ、僕ちん直々に、『植え付けて』あげようねぇ〜」
木の陰からキノコ。
いや、よく見ればそいつは、身体中にキノコが生えているものの、シルエットは人間のそれだ。
キノコの生えたキノコが、人型をしている。そんなふうにしか形容できない、異様。
「お仲間がいると思ったら、旧人類と仲良しこよし……それなら、僕ちんのキノコの養分にしちゃっても、構わないよねぇ。
僕ちんの『畑』に入ってきちゃったわけだしさぁ〜」
キノコの、怪人。
俺は一歩前へ出る。怪人との戦いなら、俺が……!
「おやおやぁ、1人はすでに重症、厄介そうな2人は幻覚が見えちゃってるぅ〜。
無事なのはカニくんとマスクくんだけ。
それで僕ちんと戦えるつもりなのかなぁ?」
キノコがくすくす笑う。
彼我の距離は15メートルほどか。距離を詰めないと。
気づかれぬよう、にじり寄る……
突然、背後で轟音。
「大・切・断!!!」
すさまじい怒声とともに、天から何かが降ってくる。
え、隕石?
隕石はキノコ怪人を巻き込み、押しつぶしたように見えた。
え、勝った?第12話完?
土煙の奥から現れたのは、ヴェルグ副団長。
隕石の正体は、跳躍して落下とともに大剣を振り下ろした、ヴェルグ副団長だった。
地面にクレーターができている。恐ろしいジジイだ。
「ちぃ、仕留めきれなんだか」
「げぶっ、痛い、痛い痛い痛い!
なっ、なっ、なっ、なんなんだよォ〜!このおっさん、頭オカシイんじゃないのかッ!
目ぇ、マトモに目ぇ見えてないはずだろ!?仲間に当たったらどーすんだ!?」
クレーターの端でキノコが喚く。
いや、俺もそれは気になる。まさか仲間ごと殺るつもりでした?
「目なんぞ見えんでも、邪悪な気配は肌でわかるわい」
……そうなの???
「何言ってんのかわかんねぇよ!!」
俺こっちに同意してもいい?
ともあれ、キノコ怪人はギリギリでヴェルグ副団長の攻撃を避けたものの、衝撃でダメージを受けた様子だ。口(?)から赤い血の混じった粘液を吐いている。
物理攻撃が通る。元は人間なんだから、当たり前か。
「もういっちょ行くぞ悪党!トォ!」
ヴェルグ副団長が再度跳躍、しようとするも、寸前に足場が崩れてしまい距離が出ない。
地面の下を這う菌糸のしわざ。
「やめろよぉ!ジャンプするな!クソ、嫌なこと思い出させやがって!ジャンプして攻撃してくる奴が一番嫌いなんだよぉ〜!」
何か理由がありそうね。今は関係ないか。
「ならこういうのはどうかな?『踊るように斬る』」
いつの間にかレイヴン副団長がキノコに肉薄していた。
一瞬のうちに三連撃。しかしそれも、地面から突如生えた巨大キノコが盾となり防ぐ。
「チッ、つれないね。踊ろうよ」
「なっ、なっ、なっ……お前、お前も幻覚見てるはずだろぉ!?なんでッ!?」
「生憎、僕は耳がいい。目なんか見えなくても、お喋りな敵の場所くらいわかるのさ」
「ッッッ……どいつもこいつもォ〜〜!!」
「トォ!!」
「あっコラ、跳ぶなぁ!!」
副団長クラスが2人揃うと、怪人でも防戦一方なのか。
俺とビルはしばし、その戦いをポカーンと眺めていた。
しかしすぐに、その時は訪れた。
「ガハッ」
ヴェルグ副団長が、血を吐いたのだ。
「ヴェルグ副団長!?何がッグブッ」
レイヴン副団長もだった。
「………くく………くくく……くはははははは!!」
キノコが嗤う。
「……胞子の幻覚を耳とか気配とかで対策して、僕ちんを攻略したつもりになって、いい気になってたねぇ〜?
幻覚は僕ちんの重要な能力のひとつだけどさぁ。胞子ってのは本来、そういうモンじゃないよねぇ」
血の混じった咳を繰り返しながら、うずくまる2人。
「恐竜の死骸を見たんだろォ〜?
あれがなんで死んでたと思うんだよ?」
勝ち誇るキノコ。
「――お前らの体内はすでに、『僕ちんで』満たされてる。菌床になりなよ」
俺とビルは、弾けるように飛び出した。
横走りで弧を描き最速でキノコに向かう俺。剣を構えてまっすぐに飛びかかるビル。
俺の攻撃は、たしかにキノコ怪人の腹を貫いたはずだった。そう見えた。
しかし手に伝わる感触は、明確な空振り。
そのまま俺は地面に転がった。
「……ようやく効いてきたみたいだねぇ、カニくん。同じ怪人だと効きが悪いのかなァ」
……まずい。俺の目も……!!
「で、マスクの君……君はなんか、ほんと大したことないね。ふんっ」
放り投げられるビル。剣を受け止められてしまったようだ。
それさえも今の俺には曖昧だ。
やばい。
「ま、まっで……」
このままでは殺される。
そういうわけには、いかない。
「おで……仲間、なる……助けて……」
必死で言葉を紡ぐ。
よろよろと立ち上がり、右手を伸ばす。
どうか、この手を取ってくれ。
「……カニキ……?」
ビル、許してくれ。もうこれしかないんだ。
「……ふうん?殊勝な心がけじゃない。
ん〜、どうしようかなぁ」
奴の声が近づいてくる。
頼む、この手を、この手を取ってくれ。
手に、触れた。
「撃つなッッッ!!」
レイヴン副団長の声は、一瞬遅かった。
俺はすでに、衝撃災禍を放っていた。
轟音。キノコを消し飛ばした感触。右腕の甲殻がバキバキに割れる痛み。
間違いない。命中した。
終わった。賭けだったが、なんとか成功したんだ。
「……な〜んか変だと思ったら、そんな奥の手を持ってたんだねぇ、怖い怖い」
背後から声。背筋が凍る。
「今消し飛んだのはただのキノコ。僕ちんじゃないよぉ〜」
「これで、万策尽きちゃった感じカナ?」
畜生。その通りだ。
「じゃあ、僕ちんは行くから、内側から菌糸に食われていってね。ごゆっくり〜」
終わり……か。
もともと死んだ命だ。惜しいわけではない。
ただ、ビルを、レイヴン副団長を、クレインさんを、ヴェルグ副団長を、皆を助けられないのが辛い。
それだけじゃない。こいつを放置すれば、タキたちにもきっと……。
「カニくん。君の泡だ」
いつの間にか、すぐそばにレイヴン副団長が這ってきていた。
「ビルくんがマスクを渡してくれてね……新しく胞子を吸い込まない分、症状が抑えられている。
それはともかく、さっき君が無様に命乞いをしているとき、口から汚らしい泡が飛んでいた。
その泡に触れた菌糸が溶ける音がしたんだ」
……「無様に」と「汚らしい」は余計じゃないですか?
「とにかく、まずはその小汚い体を泡で洗いたまえ。
そうすれば幻覚症状も和らぐ……
そのうえで、今度は泡を武器に奴に挑むんだ。
それしかこの場を切り抜ける手段はない」
酷い言い草だが、そのとおりだ。
俺は泡を噴き出し、顔を洗う。視界の歪みが少し収まってきた。
これなら、なんとかなるかもしれない。
「頼んだよ、カニくん……悔しいが、今の僕では………クレインを、助けられない」
想いを背負い、俺は駆け出した。
キノコの行く先は、レイヴン副団長が舌打ちで見つけてくれた!
「あっ?!なんで、なんでまた君が来るのさァ!?」
「……ラウンド、2だ……かびくさい、マッシュルーム、野郎」
「……はぁあ!?それ挑発してるつもりぃ!?」
地面が膨らむ。キノコが勢いよく槍になって出てくる。俺はそれを左のハサミで防ぐ。
「この程度、か?
おでは、こぇじゃ、殺せない」
「ふっざっけんっなぁ!!情けなく命乞いしてたカスがぁ〜!!」
キノコの右手が光り輝く。いや、胞子が溢れて木漏れ日を乱反射しているのか。
奴はそれを俺に直接ぶち込むべく、蛇行しながら走ってくる。
俺の視界はまだ歪んでいる。うねる奴の動きを捉えきれない。
捉えきる必要も、ない。
奴の手が俺の甲殻の隙間を捉える。
菌糸が侵入してくる痛み。それこそが道標。
俺は思いっきり、泡を噴き出した。
「うわっ、熱っ、熱い、痛い、ぎゃぁぁあああああ!!」
奴が、全身を酸に焼かれながら逃げる。
逃がすか。
だが、どっちだ?奴はどっちに逃げた?
視界が歪む。打ち込まれた菌糸は俺の体を蝕んでいる。
「九時の方向、4馬身!走れ!!」
レイヴン副団長の声!
俺は横走る!
「くそっ、奴が速い!急げカニくん!」
突然、奴がつんのめる。
「はぁ!?何……邪魔だよお前ぇぇぇえ!!」
ビルが、奴の脚に組み付いている。
走る脚に蹴飛ばされ、なお掴んだのか。
「へへ、なんか、踏んづけられたもんで……うげっ!?」
すぐに蹴り飛ばされ振り払われる。
だがその一瞬で、次の一手が間に合ったようだ。
「どおりゃぁぁああああああ!!」
ヴェルグ副団長の斬撃が大地を割る。
行く手の地面を失い、奴が立ち尽くす。
追いついた!
「今だ!左に撃てぇぇぇえええ!!」
喰らえ。本日2度目の……!
「衝撃災禍!!」
右腕が砕け散る激痛。
衝撃災禍は、1日1発が限度。それを超えて使用すると、俺の右腕は砕け散り、再生に3日を要するのだ。
また腕をなくしてしまった。しかも今度は利き手だ。
しかしその甲斐あって今度こそ、俺達はキノコ怪人を打倒したのだった。
怪人File.4 キノコ怪人
ゴーゴンの改造人間。本名、木野小次郎、28歳。
改造モチーフはワライタケを含む多数のキノコの複合。
キノコを愛し、キノコに愛され、ついにはキノコになった男。
人間時代も当然、マッシュルームカットだった。
全人類をキノコにしたいと考え、ゴーゴンの人類支配思想に共鳴。志願して怪人となった。
バッタ怪人の飛び蹴りにより絶命、異世界転移して今に至る。




