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第32話 カニと谷原

「まったく未知の怪人、おそらくは最後の怪人が、明後日正午にここを攻めてくる、ということか」


 団長・副団長と俺だけの会議。タキが俺の報告を簡潔にまとめる。


「なァ〜んで日程の交渉をしなかったんだい、カニくん」


 レイヴン副団長が文句を言う。


「まあ、その状況じゃあカニを責められねぇだろ。おそらく交渉しても向こうさんは譲らなかったと思うぜ」


 トニーが俺を庇う。


 しばしの沈黙。


「……第一、第二への協力要請は、無駄だろうな」


「リュウガ・ウェルナ・エルナのときも、一人も寄越しませんでしたからねぇ」


「情報源もカニくんだからね。誰も信じちゃくれないさ……僕ら以外ね」


 レイヴン副団長の言葉が、少し沁みた。

 彼らは当然に、俺を信じてくれるのだ。


「冒険者にも協力を募ろう。ビルケニアに、知り合いの冒険者に声をかけるよう、頼んでくれ」


「はいはい。僕が言うよりカニくんが言ったほうが聞くかもだけど」


「いやいや、これはさすがに副団長の仕事だぜ」


「わかってるよダントン氏」


 つつがなく会議は進んだ。

 最後に、タキが言う。


「………報告ご苦労、カニ。

 最後の怪人との戦いに向けて、ひとつ、意気込みを頼む」


 えっ、俺?


 タキがまっすぐな目で、トニーが暖かな目で、レイヴン副団長がいたずらな目で、それぞれに俺を見ている。

 俺は覚悟を決めた。


「俺《おで》は……この世界《しぇかい》に来て、みんなに、あって……よかったと、おもってる」


 たどたどしくなってしまうが、必死に言葉を紡ぐ。


「だから、今度は、俺《おで》が、守る(ぅ)。

 俺《おで》、戦う。第三騎士団として……いっしょに!」


 俺の拙い演説に、みんながささやかな拍手をしてくれた。


 ありがとう。俺と出会ってくれて。

 ありがとう。俺を拾ってくれて。

 ありがとう。一緒に戦ってくれて。

 ありがとう。心を尽くしてくれて。


 俺達は最後の怪人との戦いに向けて、できる限りの準備をした。


 大砲、武器、人員。

 2日という期間で、最大限のことをしたつもりだった。





 そして、その日はやってきた。


 谷原は、まるで近所のコンビニにでも行くかのように軽装で、時間ぴったりに歩いてきた。

 背中に何か、カバンを背負っている。


「カニくぅーん!最後にもう一度聞くけど、仲間になる気はないんだよねー!

 なんなら第三騎士団の皆さんも全員で、どうですかー!」


 答えのわかりきった問いを大声で投げかけてくる。

 俺達は言葉の代わりに、武器を構えた。


「ははははははは!

 まあ、そうだと思ったよ。じゃ、試合開始《プレイボール》!」


 言うと、カバンから何かを取り出す。

 剣……いや、金属バットだ。

 どこまでもふざけた野郎。


 スイング。だが、遠い。俺達から何十メートルも離れた場所でのスイング。

 金属質な音が二度響く。

 何が起きた?


 理解が追いつくより早く、騎士の一人が倒れた。


「……………は?」


 倒れた騎士の鎧には、胸と、背中側に、穴が開いていた。

 その背後の騎士の鎧に当たり、ようやく止まったそれは、血塗れの石。


 足元の石を蹴り上げ、バットで打った。

 それがライフルのような威力で鎧と人体を貫いたのだ。


「はは。こっちは野球がないから久々だったけど、ノックくらいならまだできるね。

 職人にバットを作ってもらった甲斐があるなぁ」


 しみじみとバットを眺めている。

 たった今、自分が人を殺したことなど、まるで気にしていない。


「うわぁぁぁああああああ!!」


「かっ、怪物……!悪魔だ!!」


 遅れて、悲鳴があがる。無理もない。

 これまでに対峙したどの敵とも、違いすぎる!


「大砲部隊、ってぇー!!」


 タキの号令に騎士団が我に返る。

 轟音。15門の大砲が、たった一人の個人に向けて放たれる。

 爆風が谷原を飲み込む。

 倒せなくても、ダメージを与えてくれれば。


「盗塁も結構得意なんだぜ、僕ってさ」


 爆風効果範囲外。すでに谷原は移動していた。なんという走力。砲弾よりも速いなんて。

 だが、その首元に三つの剣先と一つのハサミが迫る。

 第三騎士団の団長・副団長と、俺だ!


「うおっ、危ない!いいね、いいチームプレイだ!」


 凄まじい速さで回避する。

 だが、タキとレイヴン副団長も速度で負けていない。踊るようにステップを踏んで追いかける。

 谷原は2人の剣を一本のバットで器用に防いでいく。


「速い速い!今まで見たどの投手の球より速いよ!その調子!」


 楽しそうなその顔面を叩き割らんと、トニーの剣が大上段から迫る。

 谷原はそれを半身で躱し、トニーの喉元めがけてバットで突きを繰り出す。


「おおっ、これを防ぐかい!」


 俺の左のハサミがそれを止めた。

 だが、突きをハサミでもろに食らってしまった。甲殻がひび割れる痛み。

 構うか。そのままバットを右のハサミで掴む。


「おっ、おっ、すごいすごい。いい握力だ」


 その間に3人の剣が迫る。

 谷原はバットをぱっと放し、後ろに下がる。

 やった。武器を奪った……!


「いやぁ、思ってたよりずっと強いね君たち!

 うーん、バットとられちゃったかぁ。参ったなあ」


 言う間にレイヴン副団長が迫る。

 踊るように剣を振るう。切っ先の軌跡が美しい弧を描く。


 だが、捉えられない。全ての技が紙一重でかわされてしまう。

 谷原の、踊るような動き。

 これは、普段ならレイヴン副団長がやるような……!


「チッ、僕の十八番《おはこ》を……生意気な!」


「ハハッ、これが十八番ね……」


 瞬間、谷原が不意に繰り出した拳が、レイヴン副団長の顎をかすめた。

 崩れ落ちるレイヴン副団長。


「この程度のことに、得意だの不得意だの言ってるんだ……」


 とどめの蹴りが放たれるより早く、トニーの剣が、奴の顔面を叩き割ろうと正面から迫る。

 その両側面を拳が挟み込む。


「真剣白刃取り……なんてね」


 挟まれた剣はもはや動かない。トニーの剛力をもってしても。

 しかしタキが横から首を狙う。


 谷原はトニーの腹を蹴り飛ばす。なすすべなく吹き飛ぶトニー。

 その勢いで谷原は半回転し、剣を躱しつつタキと向き合う。 

 タキはそれを拒否するかのように回転。剣は再び谷原を襲う。谷原が一歩下がり、剣をかわす。


 そこに左から俺の両ハサミが迫る。少しでも削りたい。

 だが谷原は俺の左ハサミに手を添えて押し、力の向きを変えてしまう。空振りをさせられる。


 だがタキがすでに突きを繰り出している。

 谷原の顔面を剣がかすめ、頬の傷跡を上書きする。

 新しく小さな傷から、少量の血が垂れた。

 谷原が目を見開く。


「凄いじゃないか!僕に傷を負わせるなんて……!

 やっぱりあれか。君たちカップルの愛の力ってやつなのかな!?

 それとも、騎士団長さんが強いのか!?」


 興奮気味に喋る谷原。その間も俺とタキの連撃は続く。谷原はそれを躱しながら喋り続ける。


「いいね。決めたよ。

 僕が勝ったら、騎士団長さんに僕の子どもを産んでもらおう。

 怪人と旧人類の子、たぶん旧人類だけど、強い子が産まれそうだ!」


 タキはただ顔をしかめる。


 俺の目の前は真っ白、いや、真っ赤になっていた。

 怒り。

 他人の尊厳をなんとも思っていない者への。


 いや、それだけではない。

 それがよりによって、タキに向けられたことへの怒り。


 ああ、俺は。

 なんてことだ。場違いにも、今やっと自覚してしまった。俺は……!


「さて、ご褒美も決まったし、そろそろ本気を出そうか」


 事もなげに言う谷原。

 わかっていた。奴が本気ではないこと。

 なぜなら奴は今も、人間の姿。


 谷原が両腕を広げる。奴の全身から蒸気が噴き出す。

 そして、言葉があった。


「……………『変身』」


 奴の体が青い甲殻に覆われる。

 シルエットは、人型。

 手は、ハサミ。

 顔には、複眼。食いしばられたような形の、口。

 甲殻類というより、鎧のように見える姿。

 まるでテレビの、スーパーヒーローのような……。


 モチーフがわからない。ハサミ……カニ?エビ?サソリ?

 能力がわからない。まずい。


「いいだろ。青色はユニフォームをイメージして指定させてもらったんだ。

 モチーフと無関係に色を入れるのはけっこう大変だったらしいぜ」


 モチーフに色は無関係ということか。

 俺は必死に推測する。しかしそれを嘲笑うように、谷原が言った。


「あ、改造モチーフがわからない?

 海老原くんと同じテッポウエビ……」


 テッポウエビか!前に戦った相手とはずいぶん様子が違う。

 腹に歩脚の跡さえない。完全に純正化された姿だ。


「と」


 …………と?


「沖縄の……ああ、ヤシガニだ」


 ヤシガニ。甲殻類最強ともいわれる甲殻と握力の持ち主。陸に住むヤドカリ。


「それに、……シャコだったかな。お寿司にたまにある。それともう一つ……なんかのカニだよ。忘れちゃったけど」


 背筋が凍る。


 コウモリ怪人の言葉が脳裏をよぎる。


 ――じゃから複合怪人については研究がストップして、そもそものモチーフを複合させた怪人が1例出来たのみで――


 4種の複合。


 複合甲殻類怪人が、俺達の目の前に立っていた。

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