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第31話 カニと約束

 その日の俺は、タキとともにエルナタウンへ出かけてきていた。

 いろんなことがあったので、タキにも息抜きが必要だと、トニーが提案してくれたのだ。


 いつもどおりのエルナタウン。

 右腕がまだ生え替わっていないので、その……また、タキに「あーん」してもらって、喫茶店で2人でパフェを食べていた。


 タキとは最初、他愛もないこと……カバスッカーのことや、パン屋の新作菓子パンのことなどを話していたが……


 少しずつ、騎士団の話になって。


 ヴェルグ副団長のことを、話した。


 タキは涙を滲ませて、ヴェルグ副団長との思い出を語っていた。


 タキが騎士団に拾われた当初は、反抗してばかりだったこと。

 それでもヴェルグ副団長は豪放磊落《ごうほうらいらく》に、暖かく接してくれたこと。

 いつしかタキは、ヴェルグ副団長を父親のように思っていたこと……。


 俺は、ただタキに寄り添って、彼女の話を聞いていた。


 そのときだった。


「やあ、蟹江くん。デート中に悪いね。少し時間いいかな?」


 そいつは、まるで旧知の友人に声をかけるように、俺に話しかけてきた。


「……どちら様かな。今日は貴重なオフなので、よければ後日にしてもらいたいが」


 タキが応じる。


「騎士団長さん。ご挨拶が遅れて失礼しました。

 私、谷原《たにはら》将也《しょうや》といいまして、蟹江くんとは病院で知り合って、けっこう親しい仲なんですよ。

 なっ、蟹江くん!」


 タキが訝しむ中、谷原が俺に耳打ちする。


「なあ蟹江くん。今日は戦うつもりはないんだ。

 君も万全じゃないようだし、彼女や喫茶店を巻き込みたくはないだろう?

 長くはとらせないから、頼むよ」


 その声は本当に、「お願い」の声音だった。

 それでも、背筋をムカデが這うような、不快感と危機感を覚える。

 断れば、この場で戦いになる。そう確信できる。

 俺の右腕はまだない。衝撃災禍《ソニックハザード》は使えない。その状況で、オフで武装していないタキとともに、未知数の怪人と、喫茶店で?


「……………タキ、ごめん」


 俺は、谷原についていくことにした。


 異様な雰囲気に身構えるタキを、ハサミを振って制する。

 谷原が嘘をついていないこともまた、なぜか確信できたのだ。


 3分程歩いただろうか。

 裏路地から裏路地へ。

 そして人気のない路地裏へ。

 そこで谷原は話し始めた。


「いやぁ、懐かしいね。

 僕が病院で君に、手術を受けてくれってお願いして以来かな?

 君が元気そうでよかったよ」


 冗談だろう。こっちはその手術のせいで死んだんだぞ。


「で、本題なんだけどさ。

 君、怪人をほとんど倒しちゃったんだろ?

 残ってるのは君と僕だけとか。困ってるんだよね〜

 この世界は怪人が支配すべきだと思うんだけど、僕だけで支配ってのも大変だろ?

 君も協力してくれないかと思ってね」


 それも、冗談だろう。俺はゴーゴンの思想に共鳴したことはないし、これからもすることはない。

 エビ怪人も、コウモリ怪人も誘ってきたが、断ったんだ。


「ま、君はそう言うよねぇ……

 僕もいろいろと手段は考えたんだよ?でもことごとく君に潰されちゃってさ」


 谷原が指折り数える。


「まず、怪人の増産を考えたんだ。

 ほら、怪人同士で子をなせば、子も怪人かもしれないだろ?

 だから八村《はちむら》さん……あ、ハチ怪人の女の子ね。

 彼女にいろんな怪人の子をたくさん産んでもらおうとしたんだよ」


 …………は?


「だけど断られてしまってね。笑えるだろ?この僕が、あんな地味な女に振られてしまったわけだ。

 捕まえて産ませようとしたけど、これがなかなか捕まらない。

 小森博士と追跡方法を考えている間に、君たちが八村さんを殺しちゃった」


 軽い調子で話していることが、理解できない。

 いや、理解したくない。

 ハチ女が……いや、まさか……あいつが森でひっそり暮らしていたのは……


「で、小森博士も死んじゃった。いよいよ新怪人の線はなくなったわけだ。

 僕は改造手術なんてできないからね。

 ……まあ、負けて死んだなら、それまでの人だった、ってことだし、いいけどさ」


 その言葉に、死者を悼む気持ちは微塵も感じられなかった。


「そこで君だ。

 数々の怪人を倒してきた怪人。体内に2つの賢者の石を持つイレギュラー!

 一緒に人類を支配しようよ。君の大事な……えーと、第三騎士団!そのメンバーは残してあげるからさ」


「いやだ」


 即答した。

 何があっても、たとえフリでも。

 こいつと仲間になることだけは、絶対にしたくない。


 それに俺は、スポーツ選手の誘いには二度と乗らないと、決めているのだ。


 しばしの、沈黙。


「……そっか。まあいいや」


 あっさりと、谷原は諦めた。


「じゃあ最後のルートだね。

 僕が一人で魔王になるよ。

 その腕、再生に3日だっけ。明日には生えてくるとして、明後日がいいかな?」


 何が、と、聞く必要はなかった。


「明後日の正午、第三騎士団の拠点前まで行くね。

 この世界の人類が準備できる、すべての戦力で来ることをお勧めするよ。

 じゃあ、今日はこれで」


 谷原は、悠々と歩いて立ち去った。

 俺はそれを追うこともできず、しばらく立ち尽くしていた。

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