第30話 カニとコウモリとワイバーン
「俺が、お前たちの、仲間に、だと……?」
怒りで声が震える。
よりによって、この男が。
俺を殺したこの男が、いけしゃあしゃあと、何を言うのか。
「ほっほっほ!失敗作と思われたおヌシが、まさか今更新生ゴーゴンの一員になれるなんて、そんな夢のようなこと、にわかに信じられんよなぁ」
—―……は?
こいつ、何を言っているんだ?
「じゃがな、科学というのは往々にしてそういうものじゃ。
実験の失敗から、新たな発見があることもある。セレンディピティというてな。
ペニシリンの発見も培養実験の失敗から……——」
コウモリが楽しそうに話し続けている。
ああ、こいつは、本気で。
本気で、「ゴーゴンの一員になれること」が、名誉であり、喜びだと思っているんだ。
こいつは、この場で、なんとしても倒す。
その決意が、次の一言で揺らいだ。
「ああ、それに、見たところおヌシ、人間態に戻れないのじゃろぅ。
ワシならちょっとした再手術で、切替可能にしてやれるぞ」
え。
俺がこいつの仲間になるなんて、あり得ない。あり得ないことだけど。
もしも、その手術だけでも、受けられたら。
人間の姿で、タキの隣を歩けたら。
一瞬、そんな気持ちが過る。
「今のおヌシは常に怪人態。旧人類の社会に、居場所などない。
どうじゃ、ワシらの元に来れば、人間態と、永久の居場所を手に入れられるんじゃぞ」
……俺に、居場所が、ない?
皮肉にも、その言葉が再び俺を引き戻した。
俺は、一人じゃない。
「レイヴン副団長、お願いします」
「不細工の割にいい覚悟だよ。カニくん」
木々の隙間から剣が躍り出る。
コウモリが悲鳴をあげる。剣がコウモリの羽の先を切り裂いたのだ。
浅い。だが血が滴る。
俺の放った衝撃災禍は、拘束を脱出するため、だけではなかった。
聴覚に優れたレイヴン副団長が、あの轟音を聞き逃すはずがない。大きな音を立てれば、彼は必ず俺の位置を特定してくれる。
そろそろ来る頃だと、そう思っていたぜ。
「さて、うちの団員に好き勝手言ってくれたみたいだね」
「カニキに居場所がない、だぁ!?ふざけんじゃねぇぞブタ野郎!」
「……坊主頭、あれはコウモリだ。ブタじゃないよ。不細工な鼻は似ているけどね。
言っていることには同感さ。
カニくん!」
ビルを含めた騎士たちが、コウモリを包囲する。
レイヴン副団長が俺に向き直り、言った。
「君の居場所は、第三騎士団だ。だろ?」
この人、ほんと、顔がいいんだよな。
ズルいだろ。その顔でそのセリフは。
「貴様もバッタ怪人と同じか!!ゴーゴンに賛同しない愚か者めが!!
ワイバーンども、一斉にかかれ!!」
コウモリが叫ぶ。
ワイバーンたちが、羽音を揃えて騎士たちに襲い掛かる。
一糸乱れぬ連携。一体が前から攻めれば、一体は同時に後ろから攻める。
さしもの第三騎士団レイヴン隊も、この連携には手を焼いた。
レイヴン副団長は舌打ちすると、音の反響で全天を掌握する。
踊るように剣を振るい、ワイバーンの翼を切り裂いて落としていく。
そこにコウモリの爪が迫る。
レイヴン副団長の剣がこれを迎撃する。爪と剣が硬質の音を立てる。
その一手で、ワイバーンへの対処が遅れる。
三体のワイバーンがレイヴン副団長に、別々の方向から同時に襲い掛かる。
辛くも防御に成功すると、またすぐにコウモリの爪が迫る。
多すぎる。改造ワイバーンの数は100を超える。
それにコウモリ怪人が加わると、20名ちょっとのレイヴン隊では対応しきれない。
泡を吹きかけても、またすぐに次のワイバーンが襲ってくる。
俺はポーチに手を伸ばし、中から布の袋をつまみ出す。
袋の中身は、石。それも小石を大量に拾って詰めてある。ずっしりと重い。
――衝撃散弾銃――
俺は石袋を左手で放り上げ、そこに衝撃災禍を撃ち込んだ。
はじけ飛ぶ袋。飛び散る小石。消し飛ぶ、俺の右腕。
激痛。これで三日は腕無しの生活だ。
石が飛ぶ先には、コウモリ怪人と、それを守るように周回して飛ぶワイバーンの群れ。
ワイバーンたちの、悲痛な絶叫が響く。
小石に羽を、胴を、頭を貫かれたワイバーンたちは地に落ちる。
ワイバーンに守られたコウモリも、小石に貫かれて血を流す。
ワイバーンの数が減る。
その隙をついて、レイヴン副団長が駆ける。目指すは本丸、コウモリのもと。
「痛ぅう~~~~……しゃらくさいわッッッ!!」
コウモリが口を開く。
まずい。超音波攻撃だ。
レイヴン副団長がよろける。そこにワイバーンが殺到する。
俺は駆け寄り、泡を吹きだす。
ワイバーンの体を酸が焼き、勢いが弱まる。
副団長に覆いかぶさり、背中の甲殻で受け止める。
「……カニくん。あと一回、泡を吹きだせるかい。
その一回を、僕にくれ」
レイヴン副団長が俺に耳打ちする。
立ち上がり、再びコウモリへ向かう。
「僕はルクシオン聖王国第三騎士団 副団長。『残響』のレイヴン……!」
レイヴン副団長が名乗りを上げる。
「さあ、踊ろうか!」
「愚かな!」
コウモリが吼える。
「おおかた、耳でも塞いでワシの超音波を防ぐつもりか!
じゃが、耳を塞いだままでは戦えん!なら、超音波発生の瞬間を読み切らねばならん!」
コウモリが翼を広げ、迎撃の態勢をとる。
「ワシの超音波は、読み切れるものではない!!」
激突の寸前。レイヴン副団長が合図する。
瞬間、俺は泡を吹いた。レイヴン副団長とコウモリ怪人、その間に。
泡の幕をレイヴン副団長の剣が切り裂く。
血が迸る。コウモリの血。
「『耳を塞ぐ』っていうミスリードは悪くなかったよねェ~。
君の超音波は耳から入るというより、頭蓋骨を揺らして意識を刈り取るタイプだ。
耳を塞いでも防げない」
レイヴン副団長が、胸から腹にかけてを切り裂かれたコウモリを見下ろす。
「指向性が高いのは、君が超音波を使っても周りのワイバーンが落ちてないことや、さっきの超音波をカニくんが喰らってないことからわかる。
それなら、僕と君の間に液体の幕を張って、音を弱めちゃえばいいんだよね」
「だ、だが……音波の出る瞬間を、どうして……」
「本物のコウモリと違って、君の発声は『しゃくって』る。
攻撃的な超音波を出す前に、それより低い音から始めて、徐々にずり上がっているんだよ。聞き苦しいくらいに、ね」
「そ、そんなの……人間に聞こえるはずが……」
「僕は耳がいいんだ。話はこれくらいでいいか?
急いでいるんだ。
君の体内の『賢者の石』を取り出さないといけなくてね」
「く……くくぅ……」
コウモリが悔しそうに呻く。と。
「次回の教訓にするよ」
羽ばたき、飛び立った!
「チッ、まだ余力を残していたか!」
あ~~~もう、カッコつけて余裕ぶってるから!!
コウモリがみるみる高度を上げていく。弓矢ももはや届かないだろう。
に、逃げられた……?
「何をしてる、カニくん!追うんだ!!」
レイヴン副団長が叫ぶ。
あの怪我なら長くは飛べないかもしれない。落下してきたところを、今度こそ仕留めてやる!
と、遠くの空から、やけに黒い雲が見える。
雲はみるみるうちに近づいてくる。
……いや、あれは、雲じゃない。
「ワイバーンの群れ……!?まさか、まだ隠していたのか!」
ワイバーンたちがコウモリと接触する。
ワイバーンに運ばれて逃げるつもりなのか?
そのとき、ワイバーンの一体が、コウモリに噛みついたのが見えた。
「なんじゃ、なんじゃキサマら!!ワシに改造してもらえないのが、そんなに悔しいか!?
わかった、改造してやる!してやるから、放せ!まとわりつくな!!」
コウモリが叫ぶ。
ワイバーンたちは気にせず、コウモリを蹴り、噛みつき、少しずつ肉をちぎっていく。
野生のワイバーンにとって、負傷した大型の飛行動物はご馳走に他ならない。
血の雨が俺たちの頬を濡らす。
「やめ、やめろ!やめんか!!」
コウモリが口を開く。超音波がワイバーンを落とす。
ワイバーンの編隊に空いた穴から、コウモリが飛び出す。
「ふぅ、危なかった」
しかし群れは、すぐにうねり、旋回してコウモリを捉える。
「わ、わ、うわわわ、やめ、やめろ」
蹴られ、齧られ、減っていく。
血が流れる。
だんだんと、高度が落ちる。
一瞬、コウモリが俺のほうを、助けを求めるような目で見た、気がした。
コウモリは俺のことを、仲間だと、本気で思っているような、そんな視線。
思わず一歩踏み出す俺を、レイヴン副団長が呼び止める。
「カニくん!……君は、『どっち』だい?」
その言葉に俺は、我に返る。
コウモリはもう、ほとんど手が届きそうなくらいの高さまで降りてきていた。
手を伸ばせば、届く距離。
だが俺は、手を伸ばさなかった。伸ばさないことを、選んだ。
「……言っただろ。ワイバーンの群れ相手に、単独では危険だ、ってさ……」
レイヴン副団長が呟く。
コウモリが、一瞬だけ高度を上げる。
しかしその羽ばたきは徐々に弱くなり、やがて止まった。
コウモリは、地に落ちる前に絶命していた。
その体は泡となって消え、後には、賢者の石のみが残されたのだった。
怪人File.7 コウモリ怪人
ゴーゴンの改造人間にして、科学者。本名、小森士郎。55歳。
人間の可能性を広げるために、他生物との融合の研究を続けていたが、学会からは見向きもされなかった。
自分は優れているのに、正当な評価を受けていないという思いが募り、ゴーゴンの思想と共鳴し、ゴーゴンに所属することとなる。
改造モチーフはチチブコウモリ。ごく弱い音波での反響定位を得意とするコウモリの一種である。
格闘能力は高くなく、バッタ怪人との遭遇時は上空を逃げていたものの、バッタ怪人の協力者である人間がヘリコプターからこれを狙撃。羽に穴が空いたことで高度が下がり、バイクから跳びあがったバッタ怪人の必殺キック射程圏内に入ってしまった。




