第29話 カニ、空を飛ぶ
眼下には森。俺は空を飛んでいる。
それも、両手両足をワイバーンに掴まれて。
どうしてこうなったか。
話は数時間前に遡る。
「ワイバーン、っすか」
「そう、ワイバーンだ。といっても、大型の種じゃなくて、せいぜい体長1メートルちょっとの小型種だから、そこまで怖がらなくていいよ」
「だっ、誰が怖がってなんか!」
ビルとレイヴン副団長が話している。
ヴェルグ副団長の死は、第三騎士団の人員編成にも影響を及ぼした。
後任の副団長が決まらないのだ。
そのため、分隊編成が変わり、少数精鋭だったレイヴン隊にも、ヴェルグ隊からメンバーが流入した。
ビルは正式にヴェルグ隊だったわけではないが、ヴェルグ副団長に気に入られて、よく任務に同行していた。
それに、レイヴン副団長の任務に同行するのも初めてではないので、レイヴン隊への配属となったわけだ。
……え、じゃあなんで俺が二人の会話を聞いているのかって?
「カニキぃ~、俺、レイヴン副団長って苦手なんですよ……あの人ちょっとエキセントリックっていうか、性格悪いっていうか……
レイヴン隊に一人でやっていける気がしないっすよ~!
お願いします!最初の何回かでいいんで、任務に同行してください!!」
とまあ、こういうわけだ。
もちろん、耳の良いレイヴン副団長には丸聞こえで、ビルは大いに叱られたのだが。
で、ワイバーンの話だ。
「……ただねぇ、一体一体は大したことないんだけど、厄介は厄介でね。
空を飛んでいると攻撃が届きづらいし、群れで来られると、こっちも集団じゃないとちょっと危険だ。集中攻撃を受けることになるからね。
だから、今回は君みたいな味噌っかすでも、いないよりマシってワケ。
範囲攻撃ができるカニくんの汚い泡も役に立ちそうだし、ちょうどよかったよ」
空か。
以前、ハチ女と戦ったときから、試してみたい新技もある。
今回の戦いは、その実践にちょうどいいかもしれない。
そういうわけで、俺たちワイバーン討伐部隊はリュウガの森へとやってきたのだ。
「いいかい、ワイバーン討伐において重要なのは、『すべてを倒す必要はない』ということだ。
全滅させようとして深追いすれば、孤立する危険がある。
増え過ぎた分を間引く、という意識でいこう。
……聞いてるのかい、そこのダサい坊主頭」
「へーい」
「平民女は上司に対する返事のしかたも教えていないのかなァ?」
ビルはとことん、レイヴン副団長と相性が悪いね……。
まあ、俺もレイヴン副団長のことは好きになりきれないのだが。
編隊を組んで歩いていると、突然、上空が騒がしくなる。
部隊中心付近の人たちが掲げている生肉に、ワイバーンが反応したか。
「……来ているね。そっちの木の間に30……35……42体」
レイヴン副団長がその異常な聴力で正確な方向と数を教えてくれる。
木々の隙間からこちらを見ているらしい。
「フォーメーションEでいこう。散開したフリをして茂みに隠れ、中央部隊を襲撃したところを一気に叩くよ。
全員、剣と弓の役割分担はわかっているよね……ん?」
レイヴン副団長が一瞬、言葉に詰まる。
「1、2、3、4……心音が……妙に揃っている……?いや、考えすぎか。
さあ、配置についてくれ」
心音が揃っている?よくわからないが、俺たちは茂みに隠れ、中央部隊はその場で腰を落とす。
肉の臭いにつられて、木の陰から数匹のワイバーンが姿を現す。
翼と牙のあるトカゲ。その姿は、翼竜ディモルフォドンによく似ていた。
コウモリのように木にぶらさがり、様子を窺っている。
一匹のワイバーンが甲高い声で鳴く。
それが合図だった。
ワイバーンが一斉に飛び出し、中央部隊に襲い掛かる。
爪が、牙が、目まぐるしく飛び回って騎士たちを打つ。
なるほど、これは孤立したらヤバそうだ。
周囲の茂みから矢が放たれる。ワイバーンの悲鳴。
一斉に姿を現した騎士たちが跳躍して、空を飛んでいる個体を斬る。着地しては、地面でもがく個体にとどめを刺す。
俺も逃げるワイバーンに泡を吹きかける。翼が焼けただれて地に落ちるワイバーン。
あっという間にワイバーンの数は半減していた。
逃走をはかるワイバーンたち。
「追うな!弓を射かけろ!!」
レイヴン副団長の号令。
しかし、逃げていくワイバーンの中に、こちらへ向かってくるものが、4体いた。
明らかに目が血走っている。そして、どの個体も同じように、頭部に特徴的な傷があった。
まるで、一度頭を開けられたかのように。
射かけられる矢をするすると回避して、そいつらは、一直線に俺のもとへやってきた。
「カニくん!?」
泡を吹きかけて応戦する。しかし、さっきの戦いで泡を使い過ぎた。泡の量が出ない。
泡をまき散らす都合上、俺だけは他の騎士から離れて行動していたのも悪かった。
気づいた時には俺は引き倒され、両手両足をワイバーンの足に掴まれて、うつ伏せで空を飛んでいた。
「チッ!矢を射かけろ!カニなら死にはしない!!」
むちゃくちゃ言っとんな。事実そうだけど。
しかし、ワイバーンは一糸乱れぬ連携で上下左右に矢を回避した。
しかし妙だ。軌道はもとより、羽ばたきも鳴き声も、4体同時。揃いすぎている……?
まるで、一つのコントローラーで制御されたラジコンだ。
地面が遠く離れていく。風が俺の顔を殴りつける。騎士たちの声が遠くなる。
この体勢では新技も使えない。
……こうして今に至るわけだ。
仕方ない。こんなところで使いたくなかったが、このまま遠くまで連れ去られたら騎士団と合流できなくなる。
俺は右のハサミをなるべきワイバーンに向けて、開いた。
「衝撃災禍!」
右腕についていたワイバーンがはじけ飛ぶ。右腕の砕ける苦痛。それももう慣れたものだ。
衝撃の反動で体勢が崩れる。ワイバーン3体も姿勢の制御を失う。
爪が、俺の甲殻から離れる。
俺はきりもみ回転しながら、落下していく。
内臓がヒュンとする。固い甲殻に守られているといっても、落下の恐怖は消えない。
体を丸め、衝撃に備える……――
え、これ大丈夫、だよね?死なないよね?
木の枝。葉が顔を打つ。枝が折れる。またすぐに木の枝。
地面にたどり着く頃には、体中が痛かった。
これ、木の枝がクッションにならなかったら、死なないまでも動けないくらいのダメージを負っていたんじゃないか?
のんきなことを考えながら立ち上がる。
さっきのワイバーンがもう一度襲ってくることを想定し、新技の準備をしておこう。ポーチから、布でできた小さな袋を取り出す。
バサバサと、羽音。
来るか?
……いや、なんか……デカくないか?音も、体も……?
「――……ようやく会えたのぅ、カニ怪人よ」
聞いたことのあるような、ないような声。
羽音の主は、俺のことを、カニ「怪人」と呼んだ。
「怪人」のことを知っているのは、第三騎士団の一部のメンバー、王国の上層部、そして——
「ワシは小森士郎。コウモリ怪人じゃ」
怪人だけだ。
人間大のコウモリが白衣を着て喋っている。
賢者の石が、共鳴する。
「それにしても、あの高度からの落下でもほぼ無傷とはのぅ。
やはり装甲の強度については成功と言って差し支えない。
さすがはワシの作品じゃよ」
――ワシの、作品?
その瞬間、俺はこいつの声を、どこで聞いたのかを思い出す。
思い出す。
薬品の臭い。天井いっぱいに蜂の巣のように並ぶ光源。
かがされた麻酔ガス。
そして……あの言葉。
――あっやべっ——
俺の改造手術を失敗した、あの科学者。
……俺を殺した男だ。
「作品といえば、ワシが手を加えたこの翼竜たち、よくできとるじゃろぅ?
脳改造で複数体をシンクロさせるのは、なかなか繊細でのぅ」
高度な技術に腐った思想。
俺は少しだけ、ワイバーンに同情した。俺は、脳には手を入れられなかったから。
もっとも、その前に死んだだけのことだが。
「さて、アイスブレイクも済んだところで、お前の体を調べさせておくれ。
異種怪人の賢者の石を取り込んで強化された怪人!
なんども実験したが、一度も成功しなかった形でのハイブリッドが、今目の前におる!」
……もしかして俺、結構危ない橋を渡っていたのか?
「……?なんじゃ、自覚がなかったのか?
二種怪人の賢者の石同士の接続による強化実験はこれまで数百行ったが、術後3時間生存確率が5%、24時間生存確率はゼロ%じゃ。
3時間生存個体においても、異種の能力の発現例は2例のみ。
そいつらも暴走して大暴れじゃった。
じゃから複合怪人については研究がストップして、そもそものモチーフを複合させた怪人が1例出来たのみで――」
長々と講義するコウモリ。
腐った思想の悪の科学者の講義など聞くつもりはない。
俺は無言でハサミを構え、コウモリへ横走る。
「ほっほ!血気盛んな怪人は好きじゃが、まだ話は終わっとらん!」
コウモリの口が大きく開く。
瞬間、目眩。コウモリの姿が歪む。
脚がもつれ、派手に転倒する。
「心配ない。長時間は効かん。
じゃが話を聞く時間くらいは得られるじゃろうて」
コウモリが嗤う。
毒、なのか?
いや、コウモリというモチーフ。
――超音波か!音響兵器みたいなものだな。
「のぅ、カニ怪人よ。
お前はもう、失敗作などではない。新たなる怪人の可能性じゃ……――
ワシらのもとに来い。新生ゴーゴンこそ、お前の居場所じゃ」
コウモリが、俺を見下ろして、そう言った。
俺が泣いて喜ぶと、そう信じて疑わない声音。それが無性に鼻につく。
羽音が聞こえる。妙に揃いすぎた羽音が、こんどは4体どころではなく、数十体分重なり、異様なハーモニーを奏でていた。




