第33話 カニと複合甲殻類怪人
複合甲殻類怪人・谷原将也は改造人間である。
彼を改造したゴーゴンは世界征服を企む悪の秘密結社である。
複合甲殻類怪人は、優れた怪人による支配のために、旧人類と戦うのだ。
俺達は動けなかった。
相手の戦力が未知数すぎた。うかつに動くことはできない。
ゆえに、谷原が先に動いた。
バットもないのに、足元の小石を蹴り上げる。
それに右のハサミを向けて――
「どーん」
戯れるように一言。
轟音。一瞬遅れて、悲鳴。
振り向くと、騎士が2人倒れている。恐慌が起きる。
先のノック戦術。それを衝撃災禍で再現したのか。
俺とタキは弾けるように飛び出す。
これ以上撃たせてはいけない。
「おっ、やる気が出てきたねぇ」
「一般団員は建物内に避難しろ!こいつと戦えるのは私たちだけだ!!」
タキが指示を飛ばす。
「はは。じゃあ僕が勝ったら、建物ごとすり潰してあげるよ」
タキの剣も、俺のハサミも。
谷原の両のハサミに阻まれてしまう。一本のバットで防げるものが、両手で防げないはずがない。
「俺もいるッ!」
トニー。俺とタキが斜め下から切り込むタイミングで、三度その剛剣を奴の脳天に見舞う。
奴の額に、唐竹割りが炸裂する。
「……………は?」
奴の額に、小さなヒビ。
トニーの剣がもたらしたのは、それだけだった。
「さっきの蹴りが効いちゃってるね。
強がって誤魔化してるけど、パワーが落ちてるよ。
……『避けるまでもない』ってヤツかな」
右下から攻撃していたタキが、蹴り飛ばされる。
奴の右腕が自由になる。
トニーはまだ打ち込んだ体勢のまま硬直している。
俺も左ハサミに押さえられて動けない。
奴の右腕が、トニーの顔面へ向く。
――やめろ。やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろ!!
「さようなら」
轟音。
鉗脚で発生したプラズマが視界を白く染め―――
だが、谷原の右腕に組み付き、衝撃災禍を逸らした者がいた。
「こんな美丈夫を忘れるなんて、目玉腐ってんじゃないのか君達ィ!あぁ゛!?」
目を血走らせて鼻血を垂らした、レイヴン副団長だ。
トニーは衝撃の余波を肩に受けてゴロゴロと転がる。
「駄目じゃないか。君は脳震盪で倒れてたんだぞ。安静にして、速やかに病院に行かないと」
「ンな常識は副団長には通じねンだよォ!!」
谷原の場違いな助言に、レイヴン副団長が吠える。
そのまま剣での流れるような連撃。ハサミと剣が硬質の音楽を奏でる。
「う〜ん、君も悪くないんだけど、スピード一辺倒だよね。
純粋にスピードで上回られたらどうするの?」
言いながら谷原はレイヴン副団長の剣を右のハサミで掴む。ハサミと剣の鍔迫り合いは、ハサミ側に分があった。
左のハサミがレイヴン副団長を襲う。
だがレイヴン副団長は笑う。
「決まってんだろ……『仲間に頼る』」
すでにタキと俺が迫っている。タキが左のハサミの根本を斬りつける。甲殻に細かいヒビが入る。
奴も無敵ではない。
俺はハサミで奴の顔面を狙う。
だが奴はボクシングのスウェーのように上半身を振って避ける。
次の瞬間、谷原はエビのように後ろ向きに跳び、距離を取る。
仕切り直しだ。
「カニ」
タキが言う。
「私たちの攻撃力では奴の甲殻を砕くことができない」
レイヴン副団長も頷く。
「情けない話だけど……君の右手の『アレ』が頼りだ。
至近距離で、ぶちかましてくれ。
その隙は僕ら2人が作る」
タキが、くすりと笑う。
「まったく……贅沢な男だ。
第三騎士団の団長・副団長全員がかりで、お前のための隙を作る、というのだからな。
いけるな?ダントン」
「ったく……人使いが荒い……」
弱々しく呟くトニー。限界を迎えた体を気力で動かしている状態だ。
「もういいか〜い?作戦会議は終わった?」
谷原が手を振る。
と、右のハサミをこちらに向けた。
「ッぶない!!」
咄嗟にタキにとびつく。
轟音。背中のすぐ後ろを衝撃波が駆け抜ける。
余波で地面に転がる俺とタキ。
「海老原くんのは射程10メートルくらいだったけど、僕のは15メートルくらい届くんだぜ。凄いだろ。
ヤシガニの握力が加わってるからかな」
無茶苦茶だコイツ!
石がなくとも、衝撃災禍そのものが飛び道具になる!
「距離を詰めろ!」
トニーとレイヴン副団長が飛び出す。至近距離での剣戟。
遅れて俺とタキ。
少しでも、隙を。
狙うは腹。賢者の石だ。
意図を察した三人が、上段を狙う。ガードを上げさせる。
今だ!
「なんか企んでるねぇ」
谷原の、パンチ。
コンパクトな、ジャブに見えたそれが、各一撃で団長・副団長らを吹き飛ばす。
「シャコ……そう、モンハナシャコ。
小さい体で弾丸みたいなパンチをするらしい。それの力だよ」
孤立。駄目だ。
俺は右のハサミを閉じようとする。しかし、谷原は笑った。
「ははは。いいよ。努力賞だ」
迎え入れるように、俺に向けて両手を広げる。
何のために?逡巡する時間はない。
右のハサミに万力の力を込める。
俺の全てをこの一撃に。
「衝撃災禍ォ!!!」
轟音。右腕の甲殻が砕け、破片が散る。衝撃と激痛。
谷原の腹部の甲殻に、大きくヒビが入る。
谷原がよろけて、三歩、下がった。
……………え。
「おぉ〜〜〜、やっぱり痛いね!
喰らったのは初めてだけど、想像以上かも」
――立っている。
俺の渾身の必殺技をまともに、腹に受けて、それでも立っている。
つかつかと寄ってきて、俺を蹴り転がす。
「さすがに、もう一発は喰らえないからね。よいしょ」
そうするのが当然かのように、谷原はうつ伏せた俺の背に馬乗りになり、俺の右腕を掴んだ。
バキバキ、ばきり。
痛みが俺の体を突き抜ける。
悲鳴が聞こえる。誰の。俺のだ。
谷原はそれに構うことなく、まるでゴミを投げ捨てるみたいに。
もぎ取った俺の右腕を、捨てた。
そこへタキとレイヴン副団長が迫る。トニーは倒れたままだ。
剣戟。
俺はなんとか起き上がり、左腕だけで、奴の右腕に組み付く。
せめて、衝撃災禍を封じなければ。
「なんだよ蟹江くん。悲しいなァ」
谷原が嘲るように言う。関係あるか。右腕は死んでも使わせない。
「僕のファンなんだろ?知らないのか?」
何をだ。
「僕は両手投げだよ」
谷原の左ハサミが、俺のほうを向いていた。
轟音。衝撃。三度、激痛。
俺の左腕が、消し飛んだ。
同時に、パンチがタキとレイヴン副団長を地面に叩きつける。
「……蟹江くん。あのね」
倒れ伏す俺に、谷原が囁く。
「君も、海老原くんも。それに耶舎さんも砂川くんも……
あ、その2人は知らないか。
とにかく、君たち甲殻類系怪人はね」
甲殻に包まれて動かないはずの口元が、愉悦に歪んだ——気がした。
「み~んな、僕の試作品なんだよ。
完成品の僕に、敵うわけないだろ?」
言いながら、両手のハサミを俺の両脚に向ける。
「く、くく、ははは……」
気づけば俺は、笑っていた。
「……何がおかしいのかな、蟹江くん」
谷原が不機嫌を滲ませる。
俺は答えた。
「……なにが、完成品……だ……」
谷原は黙って、俺の話を聞いていた。
死に瀕した俺の口は、驚くほど流暢に回っていた。
「……お前も、コウモリも。他の怪人たちも。
優れた、怪人?世界を支配するのにふさわしい?」
「……そうだ。僕は、優秀な、完成した怪人……」
「なら、どうして、この世界に来た?」
ぴくり。谷原が反応する。
「負けたんだろ。バッタ怪人とかいう奴に。
お前らは全員、ただの負け犬だ。バーカ」
しばしの沈黙。
谷原の全身がわなわなと、そして次第にぶるぶると震える。
「……は……ははは……ハハハ!ハハハハハハハ!!」
轟音と衝撃、そして激痛が二度、俺の体を突き抜ける。
俺の両脚が、衝撃災禍で消し飛ばされた。
両足を起点に、腹や背中の甲殻までもが吹き飛ぶ。
「そう、そこだよ!それなんだよ蟹江くぅん!!
僕は負けた!!あんな、一種類の、虫ケラ!その辺にいるバッタ!
そんな下等怪人に、負けて死んだんだ!!」
絶叫というにふさわしい声。
俺を蹴り転がして仰向けにして、谷原は続ける。
「だからこそ、この世界でやり直したいんだよ。
君はあいつと似てる。怪人でありながら、旧人類と馴れ合って、協力しながら怪人を倒していくその姿。
それを倒し、すべてを奪う。それでこそ、僕の正しさが証明されるんだ」
急に落ち着いたような声。気色が悪い。
「……大丈夫。まだ殺さないよ。
君の前で、っていうのも、楽しそうだしねぇ」
谷原の目が、倒れ伏すタキを見つめている。
下衆が。噛みついてでも殺してやる。
「……ッッカニキから、離れろやぁああああああ!!」
叫び声。金属バットが谷原の腹を打った。
ビルだ。
馬鹿野郎。避難してろって、タキが言ってただろうが。
「は?何?誰?」
すぐに蹴り飛ばされる。
だが、奴の腹の甲殻のヒビが、少しだけ大きくなった。
中から赤い肉が見える。
「「だぁああああああ!!」」
トニーとレイヴン副団長が突撃する。策も何もない、ただ必死の突撃。
谷原がそれを迎え討とうとしている。
俺は手も足も出ない。だが、これは出せる。
俺は谷原の顔面に思い切り、毒性の泡を吹きかける。
「うわっ、なんだこれ!!熱っ、痛い、目が痛い!!」
トニーとレイヴン副団長の剣が、谷原の腹を穿つ。
甲殻のヒビが大きくなる。
中から赤い光が漏れる。
賢者の石の、光!
轟音。谷原が地面に向けて衝撃災禍を撃った。
衝撃の余波で、トニーとレイヴン副団長が吹き飛ばされる。
両手足を消し飛ばされても、俺にはまだ脚がある。
腹の歩脚。
6本のそれを使い、体をひっくり返す。
動ける。
這っていく。いまだ目を押さえうつむく、谷原のもとへ。
「うわっ、なんだ、気持ち悪い!!やめろ!!」
俺は歩脚で谷原にまとわりつく。
さぞ気持ち悪いだろうな。
構うものか。
そのまま奴の体を登っていく。
奴は手を振って抵抗するが、人間からかけ離れた動きに対応できていない。
かさかさ、かたかた。俺は登る。
目的地に到着した。奴の腹だ。
奴の賢者の石。大きい。まだ半分以上肉に埋まっている。
とてもじゃないが、掘り出せない。
だが、この場にはまだ賢者の石がある。
俺の甲殻はボロボロだ。
俺は歩脚を器用に使い、自分の腹から、賢者の石を一つ、抜き出した。
ただでさえボロボロの体から、力が抜けていく。
自分の生命の半分を、無理矢理引き抜いた感覚が、確かにある。
—―二種怪人の賢者の石同士の接続による強化実験はこれまで数百行ったが、術後3時間生存確率が5%、24時間生存確率はゼロ%じゃ——
コウモリ怪人の講義が、こんなところで役に立つなんて。
俺は自嘲しながら、その石を、谷原の腹に、ぎゅっと押し込んだ。
怪人File.8 複合甲殻類怪人
ゴーゴンの改造人間。本名、谷原将也。30歳。
人間時代は野球選手。甲子園3連覇からすぐにプロ入りし、メジャーリーグに移籍してからも結果を出し続ける、多くの人の憧れの選手であった。
才能に溢れ、自分以外の人間がいくら努力しても追いつかないような成果を簡単に出せてしまう自分が疑問だった。チームメイトや他の選手からの嫌がらせもあったようだ。
やがて、「優れた人間とそうでない人間は明確に区別できる」、「優れた人間がそうでない人間を支配すべき」という選民思想に取りつかれ、ゴーゴンに心酔することとなる。
改造手術を受けた際に野球選手を引退している。野球において、ゴーゴンの力に頼ったことは一度もなかった。
改造モチーフはテッポウエビ、ヤシガニ、モンハナシャコ、スナガニ。
テッポウエビ怪人やカニ怪人を含めて、これまでに製造された甲殻類系の怪人はそのほとんどが、本怪人製造のための試作品である。
テッポウエビ怪人の右腕にあった衝撃災禍の能力が両手に装備されたほか、モンハナシャコの視力とパンチ力、ヤシガニの堅牢さと握力、スナガニの敏捷性を併せ持ち、隙のない怪人となっている。
一方で余計なパーツはオミットされる形で調整されており、腹部の歩脚はなく、その姿は「甲殻類風の強化服を身に纏った人間」のようにも、変身ヒーローのようにも見える。
元の世界でもバッタ怪人を苦戦させたが、本物のヒーローには敵わなかった。




