表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/27

第26話 カニと、ブレ

 朝。

 俺達調査隊は早くに準備を始めていた。

 森の地面を掘り返し、発見した遺体を回収することを前提とした準備。


 しかし、足取りは重い。

 森に敵はいないのではないか。そんな考えが鎌首をもたげる。


「では、森へ調査に行ってまいります。

 すみませんが、集会所は今夜も使わせていただきたい」


「ご苦労さまです。集会所は何日でもお使いいただいて構いません」


 村の長老だというおばあさんがタキの挨拶に応える。

 他にも数名、見送りの村人が来てくれていた。

 そこまでは、遠征時によく見る光景。


 しかし、俺達が森へ向かって一歩を踏み出したとき、それは起こった。


「……ぁ……うぁ……ああっ……!?がが、ががががががが……」


 先ほど挨拶をしてくれた老婆が、にわかに苦しみ始めたのだ。


「大丈夫かご老人!」


「誤嚥かもしれませんわ。診せてくださいまし」


 クレインさんが駆け寄る。


「が……ががが………ががが……だ、ダイン……ダイン……」


 人の名前だろうか。

 誤嚥にしてはおかしい。はっきりと言葉を発している。

 まさか心臓か。


 そう思ったとき、クレインさんが固まる。


「え………?」


 クレインさんの視線の先を、俺達も追う。


 ――その瞬間。


 俺達は見た。老婆の腕が、まるでテレビがチラつくみたいに、ゲームのバグみたいに、ブレるのを。


「どういうことだ!?さっきまで普通に話していた!擬態の精度がそこまで高いというのか!」


 タキの言葉は、的外れだった。


「…………レイヴン様なら、きっと、こう分析しますわ……」


「なんだクレイン、言ってみろ」


 よせ、クレインさん。言うな。言うな。


「そこまで高精度の擬態ができる魔物なら、高度の知性がある」


 普通に、会話していたのだ。さっきまで。


「そんな知性がありながら、今まさに森へ向かおうとする我々騎士団の前で……」


 一拍。


「わざわざ擬態を解くことはあり得ない――と」


「……何が言いたい」


「クレイン。それ以上はタキには」


 トニーが制止する。だが、クレインさんは構わず続けた。

 ヴェルグ副団長は押し黙ったままだ。


「――……そもそも、『擬態』という前提が間違っているのですわ」


 それは、全員が……おそらくタキも含めて、気づいていたこと。

 だけれど、口にできなかったこと。


「鬼は……人が、『なってしまう』もの、なのですわ」


 老婆の口が、大きく、大きく開く。


 タキの、声にならない悲鳴。


「まずい!ここは俺とカニで抑える!

 ヴェルグ副団長とクレインは他の人を逃がせ!

 そして村の様子を見てきてくれ!他にも異変があるかもしれん!!」


 トニーが飛び出し、俺がそれに続く。

 ヴェルグ副団長とクレインさんは村人たちを避難させ、村へ走る。


 タキは動けない。棒立ちのまま頭を抱え、「かあさん……かあさん……」と何度も呟いている。


 トニーの剣がおばあさんに迫る。

 第三騎士団でも指折りの剛剣が、おばあさんを袈裟懸けに真っ二つに……


 しなかった。


「何!?」


 左の肩口を裂き、胸のあたり。

 そこで剣が止まる。


 昨日の男は俺のハサミで紙のように切り裂けたのに。トニーの剣は俺のハサミよりはるかに破壊力が高いはずなのに。


「レイヴンが言ってたのはこれか……!魔力が通用しない!……いや」


 剣を抜き、鬼を蹴り飛ばす。


「……『吸われてる』。こいつは厄介だな……!

 俺の攻撃の前より、明らかに魔力が漲ってやがる!失敗した!」


 俺には見えない現象をトニーが叫ぶ。


 魔力を、吸う?

 それはつまり、騎士たちの攻撃は無効どころか、逆効果ということ。


 数メートル吹っ飛んで、再び立ち上がる鬼。


「カニ、すまねぇ。魔力なしでってみるが、どこまでやれるか……!」


 鬼がこちらへ走ってくる。

 両手が上がっている。肩口から割られたはずの左腕も。

 斬撃は、鬼の機能を破壊できていない?


「これなら、どうだあっ!!」


 トニーの剣が、今度こそ鬼の左腕を斬り落とす。血も出ないまま、あっけなく切断される。

 老婆の細腕だ。いつものトニーなら軽い一振りで落とせるだろうに、今日は渾身の一撃を必要とした。

 剣の感覚が狂っているのだ。魔力を用いない剣術を彼は訓練していない。


 老婆の左腕は、切断されてなお、鬼の左腕として機能した。

 切断面はくっついていない。ただ、切断面同士が触れ合うような形で、左腕が浮いていた。

 鬼の機能は、一切損なわれていなかった。


「………マジかよ。剣もダメなのか……」


 トニーが青ざめる。

 俺の背筋を冷たいものが走る。


 どうやって戦う……?!


 トニーの答えはシンプルだった。

 剣を捨て、身軽になる。拳を胸の前で構え、トットッと連続で軽く跳ねる。

 拳闘ボクシングの構えだ。


 俺もハサミを閉じ、構える。

 硬い甲殻は伊達じゃない。殴りつけたって強い。


 そこからは、泥仕合。

 向かってくる鬼に組み付かれないよう、殴り飛ばす。

 感触が軽い。簡単に吹き飛ぶ。吹き飛んでしまう。

 殴る。来る。殴る。来る。殴る。


 おばあさんの姿をした相手を殴り続ける。大の男が二人がかりで。

 体よりも、心が削れていく。


 限界が来る寸前。

 鬼の姿が大きくブレて、足元から消えていった。

 あとに残ったのは、おばあさんの着ていた服。


 俺達の戦いが、終わった。


「……嫌な、相手だった……

 タキ、大丈夫か!?タキ!!」


 俺達はタキに駆け寄り、呼びかける。

 だが、タキは目が虚ろで、ずっと同じことを呟いている。


「かあさん……お姉ちゃん……嫌だ、嫌だよ……」


 一瞬、最悪の可能性が脳裏をよぎるが、タキの姿はブレない。ただ精神的なショックで塞ぎ込んでいるのだ。


 ぞわり。

 背後に気配。


 振り向くと、若い男。

 口元から上半身にかけてが、血でべっとりと汚れている。


「くっそ……もう……体力が……だが……やるしかないか……」


 トニーが息切れしている。

 俺には全くわからないが、魔力を使わず闘うというのは相当キツいみたいだ。


 ただ、俺も俺で、慣れない闘い方にかなり体力が削れている。

 どうする……!?


 再び背後に、気配。

 さきほどのような冷たい気配ではない。

 闘志が立ち昇る、熱い気配。


「……すまなかった。二人とも」


 振り返ると、タキがゆっくりと歩いてくる。


「……もう大丈夫。私はもともと……考えないようにしていた、だけだったんだ」


 震える声。


「……母は、優しい人だった。その母が……私の目の前で、ああなったのは……

 何かが母に化けていたんだ。そう思いたかった」


 だが、力強い足取り。


「だが、今見ていてわかった。鬼に……生前の自我は、ない。

 母は、私や姉を害するつもりなど、なかったんだ。

 あれはもう、母ではなかった。

 母の体を奪った、鬼にすぎない」


 タキが宣言する。


「……私はルクシオン聖王国第三騎士団 団長、『不撓』のアルタキア!」


 踏み出す足音が、戦場の空気を変える。


「私はもう、折れない!!

 さあ、ダントン!カニ!構えろ!!来るぞ!!」


 これが、指揮官。

 俺とトニーにも力が漲る。


「……遅いですよ。『アルタキア団長』!」


 トニーが軽口を叩く。

 タキが、ふ、と笑う。


 ここからが、第三騎士団の戦いだ!


 鬼が来る。タキがアクロバットで回避する。そこをトニーが殴りつける。

 俺が組み付き、拘束する。


「カニ!抑えていろ!」


 逃げ出そうともがく手足を二人が打つ。打つ。打つ。打つ。


 だんだんと抵抗が弱まり、鬼の体のブレが激しくなる。

 ブレが最高潮に達した瞬間、鬼は足元から薄くなり、そして消えていった。

 服だけがその場に残る。


「……村が気になる。ヴェルグ副団長たちを援護に向かうぞ!」


「「応!」」


 意気込んだ瞬間、路地から人影。

 3人。全員の体がブレている。特有のうわごと。


 3体の、鬼!


 戦慄が走る。3対3で、どこまでやれる?!


 しかし、様子がおかしい。何かを追っている……?

 あれは!


「クレインさん……?」


 クレインさん。クレインさんが3体の鬼の間を踊るように駆け、跳ね回る。

 鬼たちはクレインさんを掴もうと手を伸ばし続ける。あと2センチ。あと1センチ。

 ぎりぎりのところで、掴めない。


「レイヴン様ほどではありませんが、空間把握には自信がありますわ」


 細かいステップとターン。かと思えば、大胆な跳躍からの宙返り。

 一度も鬼を攻撃しないまま、汗一つかかずに踊り続ける。


「踊る私には、触れられませんことよ」


 クレインさんに触れられぬまま、鬼の体のブレが徐々に大きくなる。そしていつしか、3体の鬼は消えていた。


 完、封……?


 後で聞いたところによれば、レイヴン隊のあの踊るような戦い方は、そもそもがクレインさんの考案らしかった。

 それをレイヴン副団長が、聴覚を活かして昇華したというのだ。


「……久しぶりに見たが、やはり……真似できる気がせん……」


 タキが呟く。俺もトニーも、同感だった。


「発見できた鬼は今ので最後。魔力に惹かれる性質も確認できました。

 魔力を強く出しながら踊りましたので、少々疲れましたが……

 お陰で他の村人に被害も出ていませんわ」


 た、頼もしい。「役に立つ」どころじゃないぞ。


 安堵の息を吐く。

 鬼の騒動は、これにて一時収束を見たかに思えた。


 と、路地の向こうから、見知った大柄な影。


「……遅いですよ、ヴェルグ副団長」


 タキが微笑む。


「鬼はクレインがあらかた倒しちまいましたよ。俺達も2匹ほどやりましたが」


 トニーが笑う。

 クレインさんがうなずく。

 俺も、ハサミを振って出迎える。


「ダントン……嬢ちゃん……」


 ヴェルグ副団長の声。


 …………なんだ?何か、元気が、ない?


 皆が駆け寄ろうとした、その瞬間。


 ヴェルグ副団長の姿が、テレビがちらつくみたいに……ゲームのバグみたいに……


 ブレた。






魔物File.1+ オニ

 変質してしまった人間。

 魔力が虚数化しており、自ら魔力を生産できない。

 魔力を持つ生物を襲って魔力を奪い、それを虚数魔力に変換することで自身を維持する。

 魔力の補給が行えない場合、虚数魔力を使い果たした時点で消滅する。


 「怪人」のような異物が世界に存在することで、世界は歪んでいく。その歪みが、鬼を生み出すのである。


 鬼となった人間をもとに戻す手段は、存在しない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ