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第25話 カニと、蛻の衣

 俺達は馬車に揺られ、ハレルノ村へ向かう。

 半日がかりだが、みんなほとんど話さなかった。

 こういうとき、普段ならトニーがいろいろと話をしてくれるが、今日は押し黙ったままだ。


「………あの、カニ様」


 珍しくクレインさんが話しかけてくる。

 何でしょう?


「レイヴン様と相談したのですが……

 今回の任務、カニ様が鍵になるかもしれません」


 ……へ?レイヴン副団長がそんなことを?


「団長副団長間ではすでに共有済みですが……

 正負の判定できない魔力……便宜上、私たちは虚数魔力と名付けました。

 虚数魔力の性質はいまだ未知。

 通常の魔力による攻撃が通用しない可能性があります」


 騎士団メンバーは皆、正の魔力によって身体能力を強化し、さらにその攻撃に正の魔力を乗せることで威力を上げている。

 この世界の人間が魔物と戦うための必須技能。

 それが通じないとなれば、ほとんど戦いようがないに等しい。


「しかしカニ様は理外の存在……

 魔力がまったくの『ゼロ』であるとか。

 魔力なしで竜と戦える力。それのみが鬼に通用する唯一の武器になるやもしれません」


 心臓が強く脈を打つ。

 それでいい。

 それが俺の、この世界での役割。


「もちろん、まだ推測の域を出ません。

 しかし、覚悟をしておいてくださいませ」


 覚悟なら、とっくに決めている。

 鬼は俺が倒す。

 俺の全てを使ってでも。


 いつの間にか馬車は、ハレルノ村に到着する。

 俺達は御者に礼を言って、近くの村に待機してもらうこととした。


 ハレルノ村の状況は前回の訪問時と変わらない。

 ただ、遺体はすべて回収されて、隣のソルナ村で荼毘に付されていた。


「……………鬼に食い殺された人がいる、それは……わかる」


 タキが言う。


「だが、この衣類は……?鬼が、服を脱がせてから人を食った、とでもいうのか……?」


「この衣類、ボタンが止まったままですわ」


 クレインさんが答える。


「靴紐が結ばれたままの靴。ボタンが止まったままの服。上下一揃いが、下着まで含めてひとところに集まっている様子。

 これらから、私とレイヴン様はこう推測しました」


 一拍。


「……これを着ていた人は、鬼によって『消滅』させられた」


 消滅。鬼は、人を食うだけでなく、消してしまう。

 世界の歪みから生まれた存在の暴挙。

 一刻も早く倒す必要がある。俺のハサミに力がこもる。


「由々しき事態じゃな。

 だが、これ以上この村を調査してもらちが明かん。外も暗くなってきた。

 一度隣村に滞在させてもらって、明日から周辺の調査に入るのがよかろう」


 ヴェルグ副団長の提案により、俺達はソルナ村に滞在することとなった。

 寝泊まりする場所はクレインさんがあっという間に手配してくれた。

 前回調査時、すでに滞在場所に目星をつけていたらしい。


「明日は、ハレルノ村の隣にある小さな森、アマノ森といったか。あそこを徹底的に調査してみよう」


 タキの提案に、トニーが頷く。


 森。それは魔の領域。

 たしかに、それを調べるのは理にかなっている。


 だが俺は、言いようのない違和感を払拭できずにいた。


 食われて殺された遺体と、消滅した人と。

 なぜ、そんなことになる?

 食うのはわかる。腹が減るのだろう。

 だが、消す?

 行動に一貫性がない。なんのために、人を消す……?

 調べるのは本当に、森でいいのか……?




 夜。俺達は村の集会所を寝床として借りることにした。

 騎士団は遠征時、よくこうして雑魚寝するらしい。

 なんだか修学旅行みたいだな、などと場違いなことを考えていた。


 すると、外から悲鳴。


 瞬時に全員が臨戦態勢に入る。


「何があった!」


 トニーが真っ先に飛び出す。

 俺達も後に続く。


 家々から人が出てくる。


 道の奥に、血塗れの人。

 倒れている女と、立っている男。


 再び悲鳴が上がる。


「うわぁあ!グラリオ!何をしているんだ!!」


「逃げろ!グラリオがおかしくなった!!」


 口々に叫ぶ村人たち。


「違う!あれは人ではない!鬼だ!鬼が人に化けている!

 村人は避難しろ!クレイン!避難誘導を!」


 タキが叫ぶ。

 クレインさんは既に避難誘導を始めていた。


「あ、あ、愛する……ソフィア……ソフィア……ああ……ソフィア……」


 血塗れの男が、うわ言のように繰り返す。


 タキから聞いたのと同じだ。

 そう思うや否や、俺は飛び出していた。


 鬼の顔が歪む。口が、大きく、大きく開く。


 俺は男の腹に、左のハサミを突き立てる。

 妙な感触。紙を裂くように簡単に切れてしまう。


 だが鬼は止まらない。暴れる。それどころか、自らの腹を裂いてハサミを逃れ、人々を追おうとする。

 俺は鬼に組み付く。両のハサミだけではなく、腹部の歩脚まで使って羽交い締めにする。

 これで動けない。鬼を捕まえた!


「あ、ああ……ソフィア……ソフィア……」


 トニーが倒れた女性に駆け寄り、少し触れて、首を横に振る。手遅れか。


「なん()、人をこぉす……!

 おまえ、なんなん()!」


 怒りに任せて叫ぶが、鬼には届かない。ただうわ言を繰り返す。


 タキとヴェルグ副団長は、臨戦態勢のまま、じっと俺達を見ていた。


 と、そのとき、不思議なことが起きる。


 鬼の体の輪郭がブレる。まるで画面がちらつくように、ゲームのバグのように、動きとは別に輪郭自体がブレ始めた。


「カニ、危険だ、放せ!」


 タキが叫ぶ。

 だが放すわけにはいかない。こいつを放せば他の人達のところに行く。そうはさせない。


 頑なに組み付いていると、急に鬼が軽くなった。


「なんだと……?!」


 鬼が「減って」いる。輪郭がブレて、ブレた場所から消えていっていた。

 服の中身が、消える。


 最後に頭が消えて、その場には俺達と、遺体と、鬼の着ていた服だけが残された。


 それが俺達と鬼との、最初の遭遇だった。




「……服を残して消滅した、ですか」


 再び集会所。俺達は会議していた。


「ああ。ダントンは見ていなかっただろうが、鬼は『消えた』。

 問題は、消えた鬼が再度出現するのかどうかだ」


 ………それは、大いに問題だ。

 だが、本当に問題は、それだろうか……。


「……ハレルノ村に落ちていた衣類も、鬼が着ていたもの、ということになるんじゃろうか」


「その可能性は高いと思われます。ただ……」


 遺体の数が合わない。

 遺体の数と、落ちた衣類の数。それを合わせると村人の数に近しくなる、とすれば……


 さっきの鬼。グラリオと呼ばれていた。

 なら、本物のグラリオはどこに居るのか。

 それとも……


 俺達の誰も、その答えを口にできなかった。


「鬼に成り代わられた人々の衣類。そう考えると辻褄つじつまが合う。……合うはずだ。

 成り代わられた人は鬼に食われたと考えれば……

 成り代わりに気づかれないよう、遺体は森に埋められている可能性もある。明日捜索してみよう」


 タキが淡々と言う。

 誰も異論を述べなかった。

 しかし、納得した者もまた、いなかった。


 ――違う。あれは、人に化けているんじゃない。あれは……

 だが、そんなことをタキに向かって言える人間は、この場にいなかった。


「タキ団長。もう……休んだほうがいい。明日もあるんだ」


 トニーが優しく促し、俺達調査隊は、床につくこととなった。

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