第24話 カニ、深遠へ
その日、地図からある村が消えた。
俺達第三騎士団の4名が駆けつけたときには、その村の住民は残っていなかった。
村には血痕と破壊痕、そして死体ばかり。
「死体の数が合わないね。村民の数に対して少なすぎる。
魔物に食われたにしても、足りなさすぎる。だが」
レイヴン副団長が冷徹に言う。
「この、その場で脱ぎ捨てられたような衣類を含めると、別だ」
脱ぎ捨てられた、というよりも……
「あの時と……同じだ」
トニーの呟きの意味が、俺にはわからなかった。
ただ、嫌な汗が背を伝うのを感じていた。
「……魔物の仕業なのか、人間の仕業なのか確定する必要があります。
痕跡の魔力鑑定ができる鑑定人を呼んでございます。
鑑定を進めてもよろしいですか?」
クレインさんの問いに、レイヴン副団長が低く肯定する。
俺は、この事態が、俺の運命に関わることを直感していた。
「あ、あの……魔力反応がですね……」
「こちらも忙しい。単刀直入に答えてくれ。正なのか、負なのか?」
レイヴン副団長が鑑定人を問い詰める。
「いや、あの、正というか、負というか」
「なんだ、まさか……ゼロなのか?」
心臓がうるさく脈打つ。
ゼロだとすれば、怪人の仕業の可能性がある。
怪人である俺も、魔力ゼロと判定されているのだ。
しかし鑑定人の答えはそれとも違った。
「魔力反応はあるのですが……正負の判定ができません……こんな反応は初めてです……」
正にも、負にも属さない、第三の魔力。
気づけば俺は、ポーチを……いや正確には、ポーチにぶら下がる神器を撫でていた。
「…………鬼…………」
トニーの言葉に、俺の背筋が凍る。
その言葉が、俺の頭の中でゆっくりと反響する。
「……とにかく、拠点に戻って団長殿に報告――」
「ダメだ!」
レイヴン副団長の言葉をトニーが遮る。
「………はぁあ!?こんな異常事態を団長に報告もせず副団長だけで処理するっていうのか?!
犯人も、処理方法も、何もわかってないのに?!」
「……とにかく、タキは……ダメだ……!ヴェルグ団長……あ、いや副団長を……」
「ダントン氏!!」
レイヴン副団長が声を荒げる。
「………そもそも僕は反対したよね、あの平民の小娘を団長にすることに」
「……ああ、そうだったな」
「アンタたち2人が、相応しいって言ったんだ。ヴェルグ団長だけじゃない。アンタもそう言った。覚えてるよね?」
「ああ……覚えてる」
「大人が守ってやらなきゃいけないお姫様を、アンタは騎士団長に相応しいと、そう言ったってのか!?」
「ッッッ………」
「……なんとか言えよ……ッ」
レイヴン副団長が続ける。
「とにかく、この件は拠点に持ち帰り、団長副団長全員で協議、場合によっては王都に協力を要請すべき事案だ。
僕は報告に帰る!」
「……ダメだ、やめろっ……!」
トニーの手が、剣の柄にかかる。
「ッッざッッッけんなよ!?
闘るのか!?この僕と!?」
「トニー……だめ、だめだ」
俺はトニーの手をハサミで押さえる。
トニーが我に返る。
「……………すまなかった……。
………帰ろう………報告を、頼む………」
「最初からそう言え……ッ」
レイヴン副団長が舌打ちして、馬車に乗り込む。
トニーはうなだれたままだった。
「……――以上が、ハレルノ村全滅事件の調査結果だ。
現在は村全域に立入禁止の措置をとってる」
レイヴン副団長が淡々と報告する。
タキはそれを、青ざめた顔で、黙って聞いていた。
「で、次はどうしようか、団長殿。優秀な団長殿ならさぞかし良いアイデアがあるんだろ」
レイヴン副団長が嫌味を飛ばすが、タキは聞いていないようだった。
だらだらと汗をかいている。
「タキ……だいじょぶ……?」
「っ……ああ、カニ……心配ない……心配ないんだ……」
言葉と裏腹に、汗がひいていない。
指先が、震えている。
「チッ……なんだよ。なんなんだよアンタら揃いも揃って同じような反応しやがって!
なんか知ってることがあるなら共有しろよ!!僕は副団長だぞ!?」
「すまんすまん。坊っちゃんは知らないんだったな」
レイヴン副団長の怒りを、ヴェルグ副団長が受け止める。
「ヴェルグ副団長、まさかアンタ」
「トニー。もう隠しておくことはできんて」
ヴェルグ副団長が語りだす。
「11年前、鬼によって滅ぼされたとされるヒナタ村……その唯一の生き残りが、そこの嬢ちゃんなんじゃよ。
そしてその村の様子が……ちょうど、今の報告にあったハレルノ村と一緒じゃった。
魔力の件は、聞いておらんかったがの」
「痕跡からの魔力の鑑定が実用化されたのは最近……6年ほど前からですわ。
11年前当時はわからなかったものかと」
クレインさんが補足する。
「とにかく、対策を立てねばならんのじゃが……
正直、情報が足りなさすぎる。
どうじゃ、副団長全員で調査をするというのは?」
「私も行く」
ヴェルグ副団長の言葉に、タキが答えた。
「……じゃが、嬢ちゃんまで拠点を空けたら、指揮がとれなくなるぞ」
「ならレイヴンが残ればいい。レイヴンならこの拠点の指揮は十二分にとれる。
レイヴン、やってくれるか?」
「……君が僕を頼るか。
フー……仕方ないね。やってあげるよ。
調査にはクレインを連れて行くといい。絶対に役に立つから」
「タキ、ダメだ……レイヴン、お前も……!」
トニーが半狂乱で止めにかかる。
それを、レイヴン副団長が一喝した。
「ダントン氏!!」
レイヴン副団長は続ける。
「あのさァ……いつまでお姫様扱いしてるワケ?
このいけ好かない小娘は、アンタが出会った頃の田舎臭い小娘じゃないよ。
冷や汗かいて無様に震えながらさぁ〜……
……それでも、自分の過去と向き合おうとしてるんだよね」
イヤミたっぷりに言ってから、一呼吸置いて、レイヴン副団長は言葉を締めくくった。
「その騎士団長を、どうしてアンタが止める?」
再調査には、タキ、俺、トニー、ヴェルグ副団長、クレインさんが向かうこととなった。
出発前夜、俺は、リュウガ森の前でひとり、頭の中を整理していた。
そのとき、ポーチにさげた神器が風にそよいだ。
いつの間にか俺は、いつか見たあの草原に、一人立っていたのだ。
その人は相変わらず、俺の母の姿をして、まるで最初から居たかのようにふっと現れた。
「リュウガ・ウェルナ・エルナ……まだ俺は怪人をすべて倒していません」
「知っています」
なら、どうして今。
まさか、時間切れだとでも言うのだろうか。
「刻限が迫っています。すでに歪みが生まれている」
歪みが、生まれている?
「それは、どういう……?」
「村の事件……それは歪みの因果」
鬼のことか。鬼は、歪み?
「それを止めてください。
ですが、それを止めただけでは終わらない。
歪みの根本を止めるには、やはり……」
すべての怪人を倒し、俺も消えること、か。
つまり、鬼とは……
「俺達怪人の存在が、鬼を生み出す……?」
リュウガ・ウェルナ・エルナは、答える代わりに微笑んだ。
そしてそよ風が渦を巻き、つむじ風となって、俺を現実に引き戻した。
いつの間にか俺は、寝室の藁の中に居た。
俺達怪人の存在が、鬼を生み出す……。
それなら、ハレルノ村の人々は……
「俺が殺したようなものじゃないか……!」
いや、違う。俺は怪人を何体も倒してきた。
世界の歪みを正してきた。
それでも、ああ、タキ。
タキの故郷のヒナタ村も、タキの家族も、鬼に……!!
いや違う。それは11年も前のこと。俺には関係ない。
時代が違うからなんだ。俺が世界の歪みを生んでいることには変わりがない。リュウガ・ウェルナ・エルナも言っていた。俺の存在自体が秩序への反逆。
ごめん。ごめんなさい。転移してきてごめんなさい。存在してごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
涙が止まらない。
ハサミがぶるぶると震える。
俺は、俺は……ここに居ちゃいけない……!
「ッ……かあさん……かあさん……!」
タキの寝言。
うなされている。
タキが。
「ああっ……お姉ちゃん……!かあさん……!ダメ……なんで……!いや……いや……!!」
タキ。タキが。ごめん。俺が。俺のせいで。
「助けて……カニ……!」
タキの言葉が、俺をこの世界に引き戻した。
タキ。タキは、俺に、助けを求めている。
俺はのっそりと起き上がり、ゆっくりと、可能な限り優しく、タキの背を撫でた。
しばらくそうしていると、タキはやがて落ち着き、いつもの静かな寝息を立て始めたのだった。
タキ。もう大丈夫。
俺はもう迷わない。
俺の居場所がどこかなんて、もう関係ない。
タキのところに、鬼など現れない。
俺が、現れさせない。
俺のやるべきことは変わらないのだ。
鬼を倒し、怪人をすべて倒して、俺も消える。
それだけだ。




