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第23話 ビルとハチ

 第三騎士団の業務は戦い。安全とは程遠い。

 通常の任務でも、当然ながら負傷者が出る。


 だが、それがあんな事件に発展するなんて。


 その日は、トニー、俺、ビル、一般団員7名の合計10名の分隊で、森の中でゴブリンを間引いていた。


「カニキさん、ですよね。自分、カイルっていいます!」


「カニキぃ!カイルはいいやつですぜ!可愛がってやってくださいよぉ~!」


 ビルがまた、俺に舎弟的な人を増やそうとしている。

 いや、そういうのは間に合ってるから……仲良くはしてほしいけど。


 第三騎士団の精鋭にとって、ほとんどの場合、ゴブリンは敵じゃない。

 ビルもカイルも、手際よくゴブリンを処理できていた。


 しかし……いや、だからこその油断だろうか。


「うわっ!」


 団員の一人、カイルがゴブリンに、膝の裏を斬られた。

 動脈を切られたのか、血がどんどん溢れ出す。


「おぉっカイル!大丈夫かァー!」


 ビルが駆け寄る。

 ビルもあれで案外きちんとしているので、俺とトニーはカイルの周りのゴブリンを捌くことに集中して、救護はビルに任せていた。

 だが、出血が多い。俺たちの間を焦りが走る。


 そのとき。


「うわっ!?なんだ、あんた!?」


 ビルの叫び声。

 振り向くと、白い服の女が立っている。黒い髪が垂れて、顔が半分隠れているが、優しそうな顔の美女だった。

 ……いやいや、なんでこんなところに一般人がいる?

 気づけば、俺の腹の底が熱を持つ。まさか!


「ちょ、待て!カイルぅー!!」


 俺が臨戦態勢に入る前に、女はカイルを抱きかかえて、猛獣のごとき素早さで森の中を走った。

 まずい、連れ去られる!


 俺とトニーは一も二もなく彼女を追った。


 ……トニーって速いんだな。俺はすぐに彼女も、トニーも見失った。

 だが、トニーが塗料で木に印をつけてくれている。本当に、頼りになる副団長だ。


 えっちらおっちら追いかけて追いかけて、なんとか辿り着いたのは、不思議な場所。

 草木を集めて、何かの樹脂で固めて作った、カマクラのような小屋だ。

 出入口なのか、人が通れる大きさの、六角形の穴が開いている。


 その中に、カイルと、女と、トニーは居た。


「この方は私が手当てしました」


 女が言う。


「そうか。それはかたじけない。彼は我々、ルクシオン聖王国第三騎士団の一員です。彼を返してくれませんか」


 トニーが丁寧に頼むが、女は拒む。


「可哀想です。戦わされて、傷ついて、治療したらまた戦わされて。誰を守れるわけでもないのに」


「我々は王国民を守っています。それが、彼の選んだ騎士道だ」


「そんな抽象的なもののために、彼を戦わせるの?

 彼は返せません。お引き取り下さい。

 彼が守るべきものは、きっと別にできるはずです」


「……カイル!出て来られるか」


「副団長……自分、自分は……さっきまで死にかけて……

 彼女に、命を救ってもらったんです」


「ああ、それは聞いたよ」


「副団長、自分は……もう少し彼女と話をしてみたいんです。

 治療にも何日かかかりそうですし……今日は、置いていってくれませんか」


「なんだと?」


 トニーが困惑と、少しの怒りを浮かべている。


 小屋に近づく。やはりだ。賢者の石が共鳴する。

 俺は小屋に踏み込み、叫んだ。


()の女は、怪人だ!」


 トニーが剣を抜く。

 女の顔に、黒いあざのような模様が浮かび上がる。

 しかし


「……たしかに私は、ゴーゴンの怪人です。

 でも信じて。私はあなたたちに、危害を加えるつもりがない。

 今なお、人間の姿のまま、あなたたちの前に立っているのがその証明です」


 武器を構えた俺たち相手にも、女は変身を完了しなかった。

 カイルが後ろから言う。


「副団長……彼女は、たとえ怪人だとしても彼女は……

 優しい人です。……自分にはわかります」


 ……ここで戦うとなれば、俺やトニーはともかく、負傷しているカイルが巻き込まれる可能性は否定できない。

 しかも、カイルが精神的に、向こう側についてしまっている。


「カイル、お前……怪人に惚れたのか?」


「この気持ちが、それなのかどうかはわかりません。でも、自分は……信じてみたいんです。

 団長や副団長が、ビルが、カニキさんを信じるみたいに!」


 トニーも俺も、それ以上、何も言えなかった。


「……場所は把握した。移動するなよ。……行くぞ、カニ」


 こうして俺たちは、怪人の巣を後にした。





「どうしてカイルを連れ帰ってこなかったんですか、カニキ!

 こうしてる間に、その怪人女がカイルに何をしてるか、わからないのに!!」


 ビルが、珍しく俺を責める。

 カイルは、ビルが騎士団見習いになってすぐの頃から、孤立しかけていたビルを気にかけてくれていたらしい。

 俺にとっての、タキや、トニーのように。


 ……俺は、何も言い返せなかった。


「ビル。それは俺の責任だ。

 ……そして、カイル自身が選んだことでもあるんだ」


 トニーの言葉に、ビルは押し黙る。


「だが、このままにしておくつもりはない。

 タキ団長に報告して、もう一度あの場所へ行こう。

 ……怪人との戦闘も視野に入れる必要がある」


 俺たちは無言でうなずいた。




 翌日。

 怪人との戦闘を見据えて、タキ、トニー、俺、ヴェルグ副団長、そしてビルの5名が森へ入る。


「全員、気を引き締めてかかれ。怪人に遭遇したら、まず私が話してみよう」


 タキが激を飛ばす。


「ぜってーぶった斬ってやる……!」


 ビルが呟く。


 トニーの案内で、俺たちは最短ルートで奴の巣へとたどり着いた。

 勢いのまま突っ込もうとするビルを、ヴェルグ副団長が止めた。


「出入口に塗った特殊塗料もそのままだ。奴ら、ここから出てはいませんよ」


 さすがトニー。用意周到だ。


「私は、ルクシオン聖王国第三騎士団 団長、『不撓ふとう』のアルタキア!

 昨日貴殿が保護したという団員・カイルを迎えに参った!

 姿を見せられたい!!」


 タキの堂々たる名乗りを受けて、巣の中から女が顔を出す。


「ようこそお越しくださいました。カイルさまは中でお待ちです。」


「彼を返していただきたい」


「どうぞ。本人がそう言うのなら、ね……」


 小屋の中に、カイルは居た。

 毛布……絹だろうか。キラキラとした白い布に包まれて、横たわっている。

 身につけていた鎧は外され、小屋の隅に置かれていた。

 だが、カイルの顔色が悪い。血を失いすぎたのか?


「ああ……団長たち……自分……まだしばらく、治療を……」


「……トニー、カイルはそんなに重傷を負ったのか?」


「いや……たしかに膝の裏の動脈を切られたが、昨日の時点で止血されて、こんなに酷くは……

 感染症かもしれません」


「おい、大丈夫なのかよカイルぅ!!」


 タキとトニーが冷静に分析する。ビルはカイルに駆け寄る。


「おい……小僧から妙な気配がする。ビル坊!」


 ヴェルグ副団長が、ビルに命じた。


「その布、まくってみろ」


「ビル……やめろ!自分は大丈夫だ!!」


 カイルの抵抗。さきほどまでの弱々しさが嘘のような、必死の抵抗。


 それでも、ビルは彼を押さえて布を捲る。


「うっ!」


「げぇ!」


「なんだよ……なんなんだよこれぇ!」


「……むごい、のう……」


 カイルの腹に、繭に包まれた、人間の胎児くらいの大きさの、ウジのような虫が一匹、ついていた。

 カイルはそれを、大事そうに抱きかかえている。


 そして、カイルの脇腹には穴が空いて、そこから骨や、内臓が見えていた。

 まるで、そこから何かが出てきたように。


「うわぁぁああああ!!カイルぅ!俺が今、その虫をぶっ殺してやるからな!!」


「ダメだ、やめろビル!!」


 ビルが虫を殺そうとすると、カイルが虫に覆いかぶさって抵抗する。まるで、我が子を守るように。


「赤ちゃん……自分の……!自分が、守るんだ……!!自分の、生きた証……!!」


「カイルぅぅう……うぅ……」


 女はそれを見て、恍惚の表情を浮かべていた。


 剣とハサミが閃く。

 俺達4人は同時に女を攻撃していた。


 だが、女は一瞬のうちに変身を済ませ、宙に浮いてそれを避けていた。


 女の姿。

 複眼。触角。黄色と黒を基調とする昆虫型。

 ハチ怪人……それも、寄生蜂か!


「美しいィイ〜〜!!」


 空中で女が叫ぶ。


「命を掛けても守る!守るものがある!!

 国やら街やら、そんな抽象的なものじゃなく、目の前の一つの命を、大切に……!!」


「それさえできれば、人は幸せなの……!

 守るべき命を遺せれば、命は続いていく……!!」


「これこそ、永遠の命なのよォ〜〜ッッ!!」


 俺達は確信した。

 こいつだけは、許してはいけない。


 トニーが弾けるように飛び出す。

 その背を踏み台にタキが跳ぶ。


 高速の必殺剣はしかし、ハチ女の宙返りを捉えきれなかった。


「破ァ!!」


 ヴェルグ副団長の拳が唸る。

 剣を振るえば小屋を壊してしまう。戦場を上下に広げないために武器を捨てた副団長はしかし、拳を当てさえすればハチ女を倒せるかもしれなかった。


「あっ、危ない!!とんでもないおジイさんね……!」


 その拳もぎりぎりで空を切る。

 風圧でハチ女が一瞬、きりもみ回転しながらボヤく。


 その瞬間をタキは見逃さない。


 初撃を回避された後、小屋の壁面を蹴ってさらに上昇していたタキは、天井を蹴ってハチ女に迫る。


「ギィイ〜〜〜〜〜〜!!」


 ハチ女の悲鳴。

 タキの剣がハチ女の右ふくらはぎを貫いた。


「チッ」


 脚の肉を少々削ぎ落としただけ。

 生命はおろか、脚の切断も叶っていない。


 だが、確実に削っている。

 勝利が近づいている。はずだ。


「カイル!カイルぅう〜!!」


 ビルの叫び。カイルが血を吐いた。


 脚を押さえながら、ハチ女が口を開いた。


「……カイルさん、お腹の中をほとんど食べられてるのよ」


「ッッッお前がさせたんだろうがァ!!」


 トニーが激昂する。しかし


「違う違う!いや、そうだけど、そういうことじゃなくってェ〜」


 ハチ女がわらう。


「……なんでまだ生きてると思う?ってハ・ナ・シ」


「まさか……」


 タキが青ざめる。


「……わかった?あの幼虫ちゃんよ。幼虫ちゃんがカイルさんを延命してるの!

 美しいでしょう?守り、守られる関係!」  


「では、ここでもうひとつ問題です」


「私が死んだら、幼虫ちゃんはどうなるでしょ〜〜〜か?」


 ……俺は、キノコ怪人のことを思い出す。

 怪人が倒れたあと、森のキノコが一斉に死滅し、森が崩れた。

 もし、今回も同じだとすれば……


「……カイルさんを殺せるかしらァ?」


「うわぁぁぁあああ!!カイル!カイルぅぅううう!!

 やめろよお前、そんな虫、放せ、放せよぉ!!」


 ビルの悲痛な叫びがこだまする。


「自分の……生きた証……赤ちゃん……守るんだ……!」


 カイルは譲らない。抱きしめ続ける。


「カイル、それはお前を喰ってるだけ!バケモノだ!

 違うだろ!お前が守るのは……守るのは……!」


 ビルの訴えは届かない。


「……どうする、お嬢」


「ンなことタキに聞くなァ!」


 ヴェルグ副団長の問いにトニーが激怒する。

 こんな姿は見たことがなかった。


「……だが今の団長はお嬢だ」


「アンタが……アンタが押し付けたんだろうが……!」


 トニーとヴェルグ副団長の争いをよそに、タキは、カイルとビルにつかつかと歩み寄った。


「カイル」


 優しい声音。


「お前が守りたいのは、なんだ」


「……赤ちゃん……俺の、生きた証……」


「そうか。それはいい」


 一拍。


「……止めたいものは、なんだ」


 しばしの、沈黙。


「……何よその質問。なんか意味あるワケぇ?」


 ハチ女が嘲る。


 だが、カイルは、はっきりと言った。


「………ビル」


「なんだ、カイル………」


 涙でぐしゃぐしゃの顔で、ビルが応じる。


「………彼女は、可哀想な人なんだ………」


「………………」


「彼女を、止めてあげてくれ………」


「………ああ………わかった」


 ビルの答えを聞いて、カイルは眠るように、目を閉じた。

 弱々しい呼吸音。まだ生きている。だが……


「わかったよ……カイル……」


 ビルが、剣を強く、強く握る。


「ムシ女……てめぇは俺が……殺す」


 全員の殺意が一つになる。


「ひっ」


 ハチ女は地上の()()を見て、短い悲鳴をあげた。

 高度を上げ、天井に近づく。


 そう。地上にいるのは、4人だ。


 俺の腹部には、六本の歩脚がある。その先には鋭い爪がある。


 俺はその爪を食い込ませて、すでに小屋の天井に登っていた。


 有効射程距離には入っていない。

 だが、細かく振動するハネの動きを止めるには十分だ。


「カニキ、頼みます」


「――衝撃災禍ぉニックハぁード!」


 轟音。

 衝撃波がハチ女を捉え、そのまま地面へ叩き落とした。


「げぶぅ!」


 不細工な悲鳴。

 瞬時に4人の剣が閃き、ハチ女は全てのハネを失った。


「な、な、な……」


「あ、あなたたち!カイルさんを……カイルさんを殺すの!?

 助けたくないの!?

 私なら助けられる!治療できるのよ!!」


「……俺はカイルを間近で見た。腹の穴の中もな……」


 ビルが、幽鬼のようにゆらりと立って、ハチ女を見下ろす。


「……なくなってたよ。大事なもんが、ほとんど」


 冷たく、決意に満ちた、それでいて悲しい声。


「………ゴーゴンばんざ」


 それがハチ女の最期の言葉だった。

 ビルの剣が天と地を結び、すべてを終わらせたのだった。


 ハチ女の体が、泡になって消えていく。


 カイルの抱いていた幼虫も、消えていく。


「カイル……カイル」


 ビルの呼びかけに、カイルが薄く目を開く。


「ああ………ビル………お前か………」


「ああ、カイル。俺だ。……止めたぜ」


「ビル……お前は………これからも、ちゃんと、守るべきものを、守れよな……。

 約……束……だ……」


 それがカイルの、最期の言葉だった。


「……っ任せとけ……カイル……」


 ビルの咽び泣く声が、いつまでも響いた。





怪人File.6 ハチ怪人

 ゴーゴンの改造人間。本名、八村はちむら七星ななせ。24歳。

 人間時代は看護師をしていた。

 患者とともに怪我や病気と戦い、それでも死んでいく患者たちに心を痛めていた。

 かつて、「何も残せなかった」と泣きながら死んだ患者を看取ったことをきっかけに、人は死の間際であっても何かを守ることができれば、それこそが生きた証になると信じるようになる。

 以降、死に瀕した患者に寄り添い、「守りたいものはありませんか」と問いかけるようになった。

「守るものを持ったまま死ねば、その人は独りではない。

 たとえ命が尽きても、守る対象が残る限り、その人は役目を果たし続けている」

 そう考えることで、自らの無力感を埋めていた。

 その歪みをゴーゴンに見抜かれ、改造手術を受ける。

 改造モチーフはテントウハラボソコマユバチ。

 テントウムシに卵を植え付けるハチで、その幼虫はテントウムシの体内を食い荒らしたうえで、テントウムシの体外に出てもなお、テントウムシに幼虫自身を守らせる洗脳能力を持っている。

 彼女はこの能力で傷病人に卵を植え付け、寄生対象者に幼虫を守らせていた。

 幼虫は寄生対象者の体組織を食い荒らすため、寄生対象者の大半は幼虫の体外脱出後まもなく死亡する。

 それは、彼女にとって命の終わりではなく、「延命」であった。

 元の世界では、その所業に激昂したバッタ怪人によって、馬乗りで殴り殺されている。

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