第21話 カニ、ただそばにいる
当たり前だが、第三騎士団の拠点には、団員宛の手紙が届く。
その手紙は事務員さんが各宛先の団員に配る。
「アルタキア団長、お手紙ですよ」
その朝も、タキに手紙が来ていた。
この世界に地縁のない俺とは違い、タキにはちょくちょく手紙が来る。
しかしこのときは、手紙を受け取ったタキの様子がずいぶん違ったのだ。
封筒を手にしたときから表情を強張らせ、いそいそと開けて読んで、青ざめた顔で、一言。
「…………おじいさまが…………」
どうしたのか尋ねてもはぐらかされてしまい、朝は詳しいことを聞けずじまいだった。
だが午後、トニーとタキの話を……申し訳ないが立ち聞きしてしまった。
「どうするんです、タキ団長。大事な人なんでしょ」
「アルタキア団長、だ。……それは、そうなんだが……でも、私は……飛び出した身だし……」
「………なあタキ」
「ちょっ、せめて団長をつけて……」
「俺が、一緒に行こうか?」
「っ……いや、馬鹿な。この歳で、『保護者同伴』か?この私が」
「別に俺でなくてもいい」
「……………」
「大切な人なんだろう。会っておくべきだ。そうしないと、きっと後悔するぞ」
誓って言うが、わざと立ち聞きしたわけじゃない。
たまたまドアの前を通りかかって、なんか真剣な話をしてるから通りづらくて、つい……
ドアの前でドギマギしていたら、タキが出てきて、俺を見て言った。
「………カニ」
いつもからは想像もつかないくらい、弱々しい声。
「明日……街に、行けるか……?」
これを断るのは男じゃないよね。一も二もなく承諾したのが昨日の話。
俺とタキはエルナタウンに来ていた。
「おいカニ。あの店はパンケーキが美味いんだ。知ってるか?」
知ってる。前に教えてくれただろ。
「なあカニ。コロッケ食べたくないか?」
……食べてもいいけど、今日来たのはそのためじゃないだろ。
「カニ。ここのパン屋が……」
「タキ」
俺の呼びかけを聞いただけで、タキはその意味を汲み取った。
少し悲しそうな顔をして、目を伏せるタキ。こんなタキは初めて見た。
「すまない。行こう……こっちだ」
タキの示す道を、俺達は歩く。
住宅街のほうだ。こっちのほうには用事がないので、ほとんど来たことがなかった。
……怖がられないかな。商店街で俺の顔は知られてるから、大丈夫か?
そんなことを考えつつ歩いていくと、街の外れの方にまで来ていた。
ぽつんと建つ、普通の家よりは大きな施設。これは……教会かな?
タキが入口の扉の前で立ち止まる。
ノッカーを鳴らすために伸ばした手が、空中で止まる。険しい顔をして、うつむいてしまう。
そんなに、苦しいことなのか。
俺はそっと、タキの肩にハサミを置く。
タキはハッとして、一瞬俺のことを見つめた後、大きく息を吸って、扉を叩いた。
しばらくして、扉が開く。
中から、50代くらいの、シスターと思しき女性が顔を見せる。
「あの、タキです――」
「タキちゃん!?帰ってきてくれたのね!」
言葉を遮って、シスターがタキに抱きつく。タキは背が高いので、シスターはタキの胸元くらいまでしか背丈がない。
タキの、お母さんだろうか?
「あの、私、その……すみませんでした……ご心配とご迷惑を……」
「いいのよ!……いいの……
でも、心配したのは本当。いつも寄付をくれるのに、顔を見せてくれないんだから。
手紙を読んでくれたんでしょう。会ってあげてくれる?」
「も、もちろん。あ、あと、こっちはカニで……」
「街の人たちから聞いてるわ。タキちゃんが最近、おっきなカニのペットを連れてるって。
カニさん。タキちゃんをよろしくね」
ワンワン!僕、タキのペットだカニ〜!
そんな小ボケは胸にしまっておいて、俺達は教会の中を歩く。
中庭では数名の子どもたちが遊んでいた。
案内された場所は、三階。誰かの寝室、だろうか。
シスターがノックをする。
「神父様。タキちゃんが来てくれましたよ」
「おお、本当か。入ってもらっておくれ」
「失礼します」
「失礼します」
ベッドに横たわる、白髪の男性。
80歳、いや70歳くらいだろうか。
タキを見て、ゆっくりと上体を起こす。
2、3回咳をして、話し始める。
「タキ……元気にしていたか」
「っ……はい、おじいさま。ご心配をおかけして、本当に……」
「謝らなくていい。謝らないでくれ」
おじいさんはタキを、そして俺を、少しの間じっと見て、話を続けた。
「タキ。お前は昔、ふさぎ込んで……誰とも親しくなろうとしなかった。
無理もない。幼い子どもが、あんなことを……
だが、今は違うようだ」
タキは黙って聞いている。その目に、涙が光る。
「お前が、居場所を、仲間を、見つけられたのなら、それでいい。
私は、安心して神様のところに行けるよ」
「おじいさま、そんな……」
「顔を見られてよかった。本当にありがとう
お前たちの幸福を、私はいつでも祈っているからね」
おじいさまとの話は、それで終わりだった。
おじいさまの咳が増えたからだ。
これ以上体力を使わせないほうがいい、とのことで、シスターに申し訳なさそうに促されて、俺達は寝室を後にした。
タキはしばらくシスターと話をしていて、俺はその間、中庭で子どもたちと遊んでいた。
カニのおばけは案外、子どもに大人気だった。
夕方。俺とタキはゆっくりと帰路についた。
タキは気まずいのか、しばらくの間は俺の顔も見ずに黙っていた。
しかし、意を決して話してくれたんだ。
「カニ。ここまで付き合ってくれて、ありがとう。
……付き合わせておいて、何も言わないのも失礼だと思うから、言うが……
長い話になるんだが、聞いてくれるか?」
タキの話は、以下のようなものだった。
私の両親は、皮革製品の職人だった。
田舎の村で、獣の皮を加工して生計を立てていた。
革製品は一定の需要があるが、それを扱う職人の、世間での地位は高くない。
私たちの暮らしは、裕福とは言えなかった。
それでも、父と母と、3つ上の姉、そして私の4人での暮らしは幸せなものだった。
父は、革製品の作り方を、幼い私にもいろいろと教えてくれた。
母は料理の仕方や、「こんな家だからこそ」と礼儀作法も教えてくれた。
姉は冒険心が強く、図書館で魔物図鑑を読んでは、魔物の物語を私に語って聞かせてくれた。
そんな中、あの事件は起きた。
夜。寝ているはずの姉が起きて、同じ部屋で寝ていた私をゆさぶり起こす。
眠たい目を擦っていると、違和感に気づく。
騒がしい。
外が明るい。
朝なのかと思った。
違う。村が燃えているのだ。
姉はガタガタと震えている。
「鬼が来た」
姉ははっきりと、そう言った。
今となっては、姉が何を根拠にそう言っていたのか、たしかめる術はない。
私と姉は2人くっついて、部屋の隅で震えていた。
そんなとき、
ガチャリ。
部屋のドアが開いた。
悲鳴を上げそうな私の口を、姉の手が塞いだ。
だが、入ってきたのは母だった。
「タキ、だめ」
姉の言葉が私は理解できなかった。
「タキ、窓から逃げよう。逃げるの」
なぜ、母から逃げなくてはいけないのか。
私は母に近づいた。抱きしめて欲しかった。不安を取り去って欲しかった。
母はうわごとのように、姉と私の名前を繰り返し呼んでいた。
違和感。私は母に触れる寸前、立ち止まって、迷った。
何かおかしい。逃げたほうがいいのか。それとも、私が母を抱きしめてやるべきなのか。
……迷わず、逃げるべきだった。
「タキ、だめ!!」
姉が私を突き飛ばす。
母が手を伸ばす。
私の代わりに、姉がそれに触れる。
母の顔が、歪んでいく。
口が開く。考えられないほど、大きく。
……………。
この先のことは思い出したくない。
私は必死で、窓から逃げた。
10歳の娘が一晩中走って、あそこから逃げられたのは奇跡だったと思う。
気づけば山の中で、私は通りすがりの冒険者に保護された。
彼らは私の扱いに困り、結局、さっき訪れた教会に私を預けたのだった。
おじいさま……神父様やシスターと出会ったのは、このときだ。
教会には私と似た境遇の子どもも何人か居た。だが、鬼を見たという子どもは、私の他に1人もいなかった。
教会で私は、毎日神に祈った。
だが、失った故郷は、家族は、戻らない。
そのまま、2年の月日が流れた頃。
教会の庭に、魔物が入り込んだ。
今にして思えば、小さく、非力な、取るに足らない魔物。
ただの、小型のゴブリンだ。
だが、冒涜的な魔物が暴れる姿は、子どもたちや、清浄の世界しか知らない修道女にとっては、恐怖そのものだった。
パニックさ。
私も恐怖した。
だが、後悔が私を突き動かした。
私は教会に飾られていた儀式用の剣を手に取り、庭に出て振り回した。
皮革加工は、生き物の形を変える技術。子どもながらに、生き物の構造はおぼろげに理解していた。
どこを狙えばいいのかも。
気づけば、ゴブリンは血まみれで倒れていた。
私は最後に、しっかりと首の骨を断ってから、教会を振り向いた。
みんなが、私に怯えていた。
私の生きる場所はここじゃない。そう直感した。
夜中、私は剣といくつかの道具を持って、教会を抜け出した。
私が教会で暮らしていたのは、その2年間だったんだよ。
今思えば、馬鹿な子どもだ。1人で生きていけると、本気で思うなんて。
だが、私には少しばかり、その力があった。
森に入り、魔物を狩り、獣を狩って、草木の陰で眠る日々。
そんな生活が、なんと1年も続いた。
そんなある日、彼らが来たんだ。
「どうします?ヴェルグ団長。このガキ、手のつけようのない野生児ですよ。
捕まえるのに、団員が3人負傷しました」
「ガッハッハ!うちの団員に傷を負わせるとは、筋がいいじゃないか!」
「笑い事じゃありませんよ……」
「いやはや、ワシは結構本気でそう思っておるぞ。言葉は通じるようだし、全くの野生児ってワケでもあるまい。
鍛えてみたら案外モノになるかもしれんぞ」
「はあ!?何を言ってるんですか!」
「トニー副団長、お前、教育係やれ」
「ッッッはぁぁああああ!?」
私はこうして、第三騎士団に入隊したんだ。
トニー、あ、いやダントンが私を鍛えてくれて、当時のヴェルグ団長は私を認めてくれた。
私は15歳で副団長になり、18歳のとき、ヴェルグ団長と入れ替わる形で、団長になったんだ。
それが、私の原点。私の全てだ。
タキの話をすべて聞いて、俺は何も言えなかった。
ただ、隣にいることしか、できなかった。
夜、タキの布団から、すすり泣きが聞こえたような気がした。
俺は躊躇って、タキの背中に、そっとハサミを添えた。




