第2話 カニ、法廷に立つ
モヒカンたちが立ち去ってすぐ、俺は白い甲冑の集団に包囲された。
さっきまでの世紀末連中とは違う、統率のとれた、美しいとさえ言える動き。
「動くなバケモノ!」
「そこの女性、安心めされよ!我らはルクシオン聖王国第三騎士団!」
「おいバケモノ!キョロキョロするな!お前のことに決まっているだろう!」
……ワンチャン、俺以外のことを指しているのではないかと思って、周囲にバケモノを探していたのだが、きっちり叱られてしまった。
物理攻撃には無敵を誇るっぽい俺も、言葉の暴力には傷つくんだよ?
彼らは怪人の人権についてどう思っているのだろう。よければ怪人の人権について90分ほど講義を開かせてほしい。
だが、そんなことを伝えるすべも今の俺にはない。
取り急ぎ、敵意がないことを示すために、両手を広げて、頭上に上げる。それしか、俺にできることはなかった。
――これがマズかったらしい。
「手を上げているぞ!」
「カニの威嚇行動だ!」
「威嚇してきているぞ!総員、抜剣せよ!」
人間なら「降参」のジェスチャーも、俺のビジュアルだと「威嚇」になるらしい。新しい発見だ。今後注意しよう。
もうヤケクソだ。俺はハサミを開閉させながら、ゆっくりと3歩右に歩き、再びゆっくりと左へ3歩。無害なカニさんのポーズをとった。
「な、なんだあの動きは」
「魔法の予備動作かもしれん、油断するな!」
「邪神を讃える冒涜的な狂気の儀式ではないか!?」
もう全部ダメじゃないですか。人は第一印象が9割って本当なんだな。
ざわつく場に、低く透き通った女性の声が響いた。
「―――静まれ」
その一言で場の空気が変わった。
瞬間、騎士たちが一斉に、剣を胸の前で構えた直立の姿勢を取る。
騎士たちの後ろから現れた、もう一人の甲冑騎士。
騎士たちの白い甲冑よりさらに眩い白銀の甲冑は、ところどころに赤や金の装飾が施されている。
顔は見えないが、兜の隙間から背中に向けて、艶のある黒髪が垂れていた。
彼女はゆっくりと俺に視線を向ける。兜に隠れて見えないはずの眼が、はっきりと感じられる。
汗が噴き出る、気がした。
「畏れながら、団長!この怪物は女性を襲撃しようとしたものであり、お許しをいただければ自分どもが即座に斬り捨てます!」
「待て」
左手で部下を制止する。
「まずはそこの女性の救護だ。ダントン、頼む」
言葉を受けて、白甲冑の一人が素早く動く。女性を抱きかかえて、どこかへ去っていく。俺は動かないし、動けない。
「おい、お前」
団長の鎧が、陽光を受けて鋭く輝く。
「我は、ルクシオン聖王国第三騎士団 団長。『不撓』のアルタキア」
名乗り、少しの間俺を見据え、そして命じる。
「大人しく縛につけ。さもなくば斬る」
言葉が重い。
—―この人は、本当に斬る。斬れる。
否応なしに、それを理解してしまった。
そこから、馬車に揺られて数時間。それも、鎖で縛られたままだ。
体がすっかり固くなってしまった。
ようやく馬車を降りたと思えば、石造りの建物に通される。
俺のいた世界のものとはずいぶん構造が違うが、直感的にわかる。ここはおそらく——
「これより、リュウガ森で捕縛された赤色甲殻生物の異端審問を開始する」
――法廷だ。
俺は法廷の中央後方の椅子に座らされる。隣には、さきほどの騎士団長アルタキア。
甲冑は身に着けたままだが、兜を脱いでいる。肩の辺りまで伸びた癖のある黒髪。切れ長の涼し気な目元。女性ながら、精悍という言葉が似合う顔立ち。
その目はまっすぐに前を見ていた。
「被告人……被告人?被告カニ?」
中央前方、一段高いところに座る老人が、さっそく困惑している。
「――裁判長。仮に、被告人、でよいでしょう。呼び名など大した問題ではありません」
アルタキアが憮然としたまま助け舟を出す。
「失礼しました、タキ団長」
「アルタキアです」
「アルタキア団長。……ええと、被告人は証言台の前へ」
俺は促されるまま立ち上がり、中央の台の前に立つ。
「被告人には、魔物であるという疑い、そして、森で人間の女子を襲い、喰らおうとした、あるいは卵か何かを植え付けようとしたという疑いが持たれています。この疑いについて何か言い分はありますかな」
言いたいことが山ほどある!
だが、俺の口からは泡しか出ない。ちょっと下を向いて試しに話そうとしてみたが、やっぱりダメだ。
「……うん、うんうん。『モガモガ』と」
あの裁判長殴ったらダメだよなぁ。
「では、被告人は席に戻ってください。続いて、鑑定人、証言台へ」
俺から見て左側の席に座っている数名のうちの1名が立ち上がり、中央の台へ向かう。
「皆さんご存じのとおり、この世界には人類と、正常の動植物に加えて、魔物という冒涜的な存在がおります」
裁判長が説明する。
「我々人類や正常の動植物が正の魔力を帯びているのに対し、魔物は負の魔力を帯びています。そのため、適切な魔術による鑑定を行えば、魔物か否かは100%正確に判定が可能です」
へえ、そうなんだ。
俺は人間なので、当然に正の魔力を帯びている。……はずだ。
――だよね?
異世界人だから負の魔力、とか、ないよね?
「では、鑑定をお願いします」
心臓がバクンバクンと大きな音を立てる。
「…………………?……………??…………???」
30秒ほど経っただろうか。
「……鑑定人、どうしましたか?」
鑑定には時間がかかるのかと思ったが、裁判長の口ぶりからして、そういうわけではなさそうだ。
「……あの、ゼロ、です」
「ゼロ?人間である可能性がゼロですか?」
あんまふざけんなよジジイ。
「いえ、魔力が……ゼロです。信じられない。アリやミジンコでも5はあるのに、人間サイズの生物ならどんなに小さくても、プラスにせよマイナスにせよ100はあるのに……全くのゼロなんです」
一瞬、シン……と静まり返る。しかしすぐに法廷全体がざわつきで満たされた。
「ゼロって、そりゃどっちなんだ?!正常の生物なのか、魔物なのか?!」
「いや、プラスなのが正常なら、ゼロは異常だろ」
「ってことは魔物か」
「静粛に」
「だが魔物ってのは負の魔力を持ってる生物で、だからこそ正常の世界に害をなすんだろ」
「じゃあ、ああいう動物?それか、まさかああいう人なのか?」
「みなさん、静粛に」
「いや人はないだろ」
「あの醜い顔が人間に見えるか?」
君たち、カニ怪人相手なら何言ってもいいと思ってるよね。ほんとに泣くぞ。
と、そこに
「――魔物ではない……」
アルタキアの声が喧騒を『斬った』。一瞬で静まる法廷。
さっきまで裁判長が何度も「静粛に」って言ってたのが馬鹿みたいだな。
「――だが、人でもない、か」
……もう一声お願いしたいなぁ。人ではあるんだよなぁ。
「……オホン、審理を続けます。ひとまず、魔物性については留保ということで」
人間じゃないことは決定なのか。せめて「人間性を」留保してくれよ。
「続いて、行動についてです。さきほど第三騎士団が森で保護したという証人がおりますね。証言台へどうぞ」
しめた。彼女なら、俺の無実を証明してくれるはずだ。
そう考えて見守っていると、証人が証言台に立つ。
「証人、お名前をどうぞ」
「ビルケニア・ロッソだ」
証人は、坊主頭の男だった。
……元モヒカン!お前かよ!
「俺は仲間といっしょにヒュドラ討伐の任務をこなした帰り、森でそいつと遭遇したんだ。そいつはお嬢ちゃんを襲っているように見えたぜ。だからとっ捕まえようとしたんだが、逆に剣を折られたうえ……自慢のモヒカンまで……刈り上げられてッ……」
後半は言葉に嗚咽が混じっていた。
「とにかくッ!そいつは俺のモヒカンの仇なんだ!頼む!そいつに……そいつにしかるべき罰を与えてくれ!!」
モヒカンの仇とか、そんなこと言われても騎士団の皆さんも困るだろうに……。
そう思って辺りを見回すと、騎士団連中はみんな、元モヒカンに同情の、俺に非難の眼差しを向けていた。マジでか。
この世界ってモヒカンがすごい価値を持っているの?ごめんね?俺が堅いせいで。
……元モヒカンが涙を流しながら退場した後、法廷はお通夜のようなムードになってしまった。
「……では、決まり……ですかね」
おい、裁判長?何を言っている?何も決まってないだろう。勘弁してくれ。
「待ってください裁判長。もう一人、証人がおります」
アルタキアが声を上げる。
「私どもが森で保護したのはさきほどの男だけではありません。もう一人、女性がおります」
今度こそ、例の女性の出番だった。




