第3話 カニ、キモがられる
「あの、そこのカニさんですか……本当に、本当にキモいんですけど。顔もキモいし、人間サイズの手足が生えてるのによく見ると脇腹にまたちっちゃい脚が生えてるのとかマジで無理なくらいキモいんですけど……」
証言の出だしからコレだ。何度も言うけど、カニ怪人にも言葉の暴力は有効なんですよ?
「でもあの、振る舞いだけ見れば……私のことを助けようとした、とも、ギリギリ見えなくもない、ような気もする、カモです」
おお、女神よ。あなたに感謝を捧げます。お望みなら今すぐ感謝のカニダンスをいたします。
「あとさっきのモヒカンは私を闇商人に売るって言ってました」
元モヒカンが連れていかれる。ざまあみろ。
「ええと……そうすると、被告人はキモい……ということに」
ふざけるなよ裁判長。それはお前の感想だろうが。
カッコいいと思ってくれる人だっているかもしれんだろうが。
「さきほどの女性からの聞き取りは馬車の中で済ませております」
アルタキアが涼しい顔で議事進行を引き取る。
「まとめると、さきほどのビルケニア氏を含めた4名の男性冒険者が女性を襲っていたところに被告人が出現、冒険者らの攻撃から女性を庇ったもののようです。
なお、ビルケニア氏のモヒカンは、自らの攻撃で剣が折れてしまい、その勢いで飛来した剣先により刈り落とされたとのこと」
騎士団らがざわつく。後半で特にざわつく。
何なの。モヒカンってそんなに重要なの。
「マジかよ……」
「モヒカンをあのカニが刈ったわけじゃないのか」
「モヒカンが違うなら、無罪……ってことでいいんじゃないか?」
そんなに重要なの?!モヒカン刈らなくてよかったぁ。
「よって、私アルタキアは、被告人の罪状について——」
俺の隣で辣腕弁護士が宣言する。
「――『保留』を主張いたします」
そうそう。俺は人間だし、悪いことはしていない。だから正しい判決は——
保留?
保留って言った?異世界語で「無罪」の意味だったりする?
「やむを得ませんね」
裁判長も、「納得」の雰囲気を出している。
え、そうなるの?
「被告人は、女性を襲ってはいなかった。しかし被告人が魔物であるのか、正常の生物、つまり単なる大きめのカニであるのかはいまだに判然としません。
そこで当裁判所は、本法廷を閉廷とし、次回期日を指定せず、判決を無期限に保留いたします」
こうして、俺が異世界で初めて受けた裁判は一旦の幕を閉じた。
「――あの場ではああ言ったが、実は私は、こいつは人間なんじゃないかと思うんだ」
馬車の中、アルタキアの言葉に、騎士たちが目を丸くする。
「正気ですか、タキ団長。だってこいつ、どう見てもカニのバケモノですよ」
「アルタキア団長と呼べ。根拠はある」
あの裁判の後、俺の身柄は騎士団に引き取られた。
判決保留のまま処刑するわけにもいかず、かといって生半可な施設で拘束するのも危険。ならばいっそのこと、アルタキア団長を擁する第三騎士団が面倒を見るのがいい。実際、捕縛したのもアルタキア団長だから。
そう、アルタキア自身が主張したのだ。あの昼行燈の裁判長は、諾々とそれを認めていた。
「というか、お前ら気づかなかったのか?こいつはどう見ても我々の言葉を理解しているだろう」
「え、こんなに不細工なのにですか?」
「脇腹にあるちっちゃい足を含めると手足が合計10本あるのに?」
「こんなにキモいのに……」
言葉の暴力ってすごいね。ほんと泣きそう。
「……いいか、こいつは森で、私の言葉を聞いて抵抗をやめ、大人しく捕縛されたんだぞ」
「それは、団長の気迫に委縮したんじゃ」
「法廷でも裁判長の指示に従って被告人席と証言台の間を行き来していただろう」
アルタキアは俺のことをよく見てくれているなぁ。実は俺のこの姿も、かっこいいと思ってくれてたりするのかなぁ。
「姿形はグロテスクでキモくて生理的に不快だが、こいつには言葉を理解する知性がある。訓練された動物よりもさらにだ。そして負の魔力がないということは、魔族でもない。
つまりこいつは、呪いか何かでこの姿に変えられた、人間なのではないかと思うのだよ」
騎士たちが息をのむ。
気づけば俺の眼からは、涙が零れていた。
……ああ、俺は、まだ人間でいられるのかもしれない。
「――今の話を聞いて涙した、というのも根拠に追加しておこうか」
アルタキアが横目で俺を見て、にやりと笑った。
夜。俺は石造りの部屋で寝ることとなった。牢獄というか、判決がまだ出ていない被告人を拘置する部屋、ということか。
仮の人間扱いが始まっていることが、心から嬉しい。それと同時に、それを喜ばなければいけない身の上が悲しい……。
俺の体は堅い甲殻でトゲトゲしており、布団で寝ると突き破ってしまうので、騎士たちが部屋に藁を敷いてくれた。なんだか昔見たアニメみたいで、少しだけテンションが上がる。
藁とは別に一つある布団は、俺を見張る騎士のものらしい。
藁と布団を敷いて出て行った騎士たちが、なぜか俺を憎々しげに見ていた。何か嫌われるようなことをしたっけか……?
藁の上に座って思案していると、ガチャリとドアが開き、「原因」が入ってきた。
「お前は危険だからな。騎士団で最強の者と寝食を共にしてもらうこととなった。言うまでもなく——私だ」
アルタキアだ。
しかも甲冑姿ではない。
ネグリジェっていうのか?薄手でひらひらした、あの、女子が寝るときに着るっていう噂の、あれだ。
いやほんと、俺詳しくないんだけど。
いわゆる丈の短くてエッチな「ベビードール」って言われる類のやつとかでは全然なくて、ゆったりめで丈が長くて上品な、だけどやっぱり多少は肌の露出があってセクシーさもある「ナイトドレス」って呼ばれるようなやつだと思う。
全然詳しくないから違うかもだけど多分そういうやつ。
アルタキアは控えめに言っても美人だし、スタイルがいい。
女性経験のない俺には、彼女のそんな姿は刺激が強すぎた。一瞬硬直した後、慌てて壁のほうを向く。
アルタキアはそんな俺を見て、くすりと笑う。
「女性の寝巻姿を見て、慌てて壁を向いた——それも、人間であるという根拠に加えてやろう」
ありがとう。それしか言う言葉がみつからない。いろんな意味で。
まあ、俺は喋れないのだが。
「まあ、とにかく。今日はもう寝ることだ。明日も早い。お前にはいろいろとやってもらうこともあるしな。おやすみ」
アルタキアはそう言うと、すぐに寝息を立て始めた。
職業柄、どんな状況でもすぐに眠れるのだろう。すごいな騎士団長って。
一方の俺は、ドキドキしてしまって全然寝付けないのであった。
—―そして翌日、俺はそのことをひどく後悔する羽目になる。
怪人File.1 カニ怪人
ゴーゴンの改造人間。本名、蟹江甲斐。21歳。
暗黒結社ゴーゴンの思想に共鳴したわけではなく、新怪人の試作用として一般から選出された。
改造モチーフはトラフカラッパ。
高い防御力に期待を寄せられていたが、攻撃能力の不足が懸念された。
そのため吐き出す泡に毒性を持たせるなどの試みがされている。しかし毒性は弱く、人間に対しても致命傷には至らない水準であった。
改造手術の最終工程に致命的な失敗があったため、起動前に絶命し、廃棄処分とされた。脳改造未了。




