第18話 カニとシマリス(仮)
「惜しくも人間どもにより志半ばで倒れた俺が、異世界で復活!この世界でこそ怪人による支配を実現するのだ!!」
俺達第三騎士団はリュウガ森の生態系が落ち着いたことを確認するため、森の内部を軽く巡回していた。
それだけの任務だったはずが、怪人に出くわしてしまったのだ。
これまでの怪人とは違う、毛皮のある姿。哺乳類系?
なんだろう。リスとかか?白黒っぽくて尻尾が大きい。身の丈くらいある。
シマリスかな。シマリス怪人だろう。多分そうだ。
「させない、俺が、止める!」
「そこは、俺達が、だろう」
そう、今ここには俺とタキがいる。
二人なら、怪人にも勝てる!
「ちょっ、待って、なんだこいつ、強い、強いって!!」
……なんか、普通に一対一でも押せてる。
毛皮が厚くてハサミが通りにくいが、打撃のダメージは通ってる感じだ。シマリス(仮)怪人の打撃は俺には効かないし……
タキは後ろで、剣に手をかけたまま俺の戦いを眺めている。危なくなったら介入する、という雰囲気。
「あの、能力!俺の能力あるから、出すから、ちょっと離れてくれない!?」
聞くわけないだろ。このままインファイトで仕留めてやる。ノーマルタイプに効果抜群だ。
と、シマリス(仮)が俺の体を蹴り、無理矢理に距離を開けてきた。
まずい。何か能力を使うつもりだ。
シマリス(仮)が尾を振る。その先端が俺に向――かなかった。
尾が、地に落ちる。シマリス(仮)から離れて。
「――大方、その巨大な尾に仕掛けがあるのだろう」
いつの間にかタキが、シマリス(仮)の背後にいた。
「能力など、出させるわけないだろうが。やれ、カニ」
さすがです、団長。
俺は右のハサミを開き、必殺技の準備をする。
「くそぉぉおおお!!喰らえ!!」
シマリス(仮)が叫ぶ。するとその体の下のほうから、黄土色のガスが噴き出す。
これが能力、煙幕か!?く、臭い!!
だが、もう遅い。俺のハサミは奴を捉えている。喰らえ——
「衝撃災禍!!」
煙幕の中、俺は思い切りハサミを閉じる。
轟音————…………?
ハサミを閉じる。轟音……???
轟音は???
「衝撃災禍!!衝撃災禍!!」
え、出ない。
あと、臭い。すごい臭い。周りも見えない。
タキが咳き込んでいる音が聞こえる。
臭い煙幕が晴れた頃、怪人は切り落とされた尻尾だけを残して、姿を消していた。
……ていうかアレか。シマリスだと思ってたけど、この毒ガス、あいつスカンク怪人だな。
「ぶぇっ、おえっ……まだ鼻の奥がつーんとする……敵は逃げたか……不覚……!」
タキが涙目を薄く開けている。この煙、鼻にも目にもつーんと来るんだ。
尻尾には攻撃能力があるっぽかったから、尻尾が残った状態でガスを使われてたらヤバかったかもしれない。
「タキ、みんなに怪人のことを伝えよう」
俺が声をかけると、タキがきょとんとする。一瞬後、俺に剣を突き付けてきた!?
「な、なんだ貴様!どこから来た!?なぜ作戦区域に居る!まさか貴様が怪人か!?」
「えっちょっ、タキ!?どうした!?俺だよ、俺!!」
「貴様のように薄い顔の男は知らん!!」
「えぇぇええぇぇ~~~!?」
タキ、まさか、幻覚を見せられているのか!?
ゴーゴン怪人って幻覚ばっかだな!!
「タキ団長~!どうしました!?」
トニーが駆け付けてくれた。助かった!
「助けてくれトニー!タキが、タキが変なんだ!怪人の煙を浴びて、幻覚を見せられているらしい!」
「はっ!?誰だお前!?」
「トニーまで!?」
「ダントン!カニは、カニはどこだ!?さっきまで一緒だったんだ、怪人に攫われたかもしれん!探すんだ!!」
「タキ!?俺はここだよ!?」
トニーはしばらく考え込んで、口を開いた。
「……まさかお前、カニ……なのか……?」
「はぁ!?ふざけるなダントン!カニがこんな、印象の薄い姿のはずがあるか!」
タキが激昂する。いや、俺の印象が薄いィ!?
「ちょっと待ってくれ!俺をよく見てくれ!初見の人にはまず叫ばれるこのチャーミングなハサミを!」
俺は右のハサミを振り上げる。見てくれ、この堅そうな薄橙のお肌。チョキチョキとよく動く5本の指。
………肌????指?????
「……………」
「…………」
「……………」
「「「えぇえ~~~~~~ッ!?!?」」」
俺たちは一旦リュウガ森を出て、第三騎士団の拠点に戻っていた。
俺は、縛られた状態で。
あとさ、毛布かけてもらったんだけど、俺全裸なのよ。全裸で縛られてんの。成人男性が。
誰が得するの?
ちなみにポーチは、体型が変わってずり落ちたから、トニーが預かってくれてる。
「なるほど。そういう事情か。
まず、防毒マスクを着用した僕から見ても、こいつはどう見ても幸薄そうな地味顔の人間だね」
マスクをつけたレイヴン副団長が語る。一言二言余計なんだよなぁ。
「そのことから、ガスによる認識阻害の類ではないことが推測される。
まあ、防毒マスクを貫通する効果があったら別だけどね」
「防毒マスク非着用の皆様から見ても、地味顔であることが報告されています」
同じくマスクをつけたクレインさん。
……そう。俺も(鼻をつまんだ)ミリアに鏡を見せてもらったが、俺の目から見ても、俺は地味顔の成人男性……
つまり、元の蟹江甲斐だった。
「あの、だったらもう、マスクはいいんじゃないですかね」
幻覚毒じゃないことがわかったので、進言してみた。
「嫌だよ。臭いっていう報告も一致してるんだから」
ピシャリ。
ちなみにタキは拠点について真っ先に風呂に行った。俺も体を洗わせてくれぇ。
「カニをカニに変えていた呪いが、解けたってことなのか?」
トニーの真っ当な疑問。
「いや、呪いを解く攻撃、なんてのはありえない。状況的にはたしかに敵の有利に働いたみたいだけど、もっと別の効果なんじゃないかな。
呪いを保ったまま、上書きするような……」
ブツブツと考察するレイヴン副団長。
「あの~……」
「臭い口を開くな、地味顔の意見は聞いて……いや、少しは聞く価値があるかもしれないな」
厭味ったらしいけど、この人、状況判断には間違いがないんだよな。
これまでは口が不自由だったので、怪人の存在や賢者の石のことを説明するので精一杯だった。
だが今は違う。俺は、自由に動くようになった口で、これまでのことを説明した。
俺はもともと、こういう顔の人間だったこと。ある日、悪の組織に攫われて改造手術を受けたこと。手術失敗で死亡したこと。そうしたら謎の女に会って、この世界に転移したこと。だいたい、第1話の内容をかいつまんで説明した。
絶句する三人。
ちなみにヴェルグ副団長も聞き取りに参加しているが、例によって寝てるっぽい。
「……人間を改造する技術のある世界……?
遠く離れた人間と話ができる機械?文字も一瞬で送れる?
空飛ぶ大型の輸送船!?
その技術を僕たちに提供してくれるのか?!」
「あ、いや、その……」
「なんだ、出し惜しみか!?世界の発展が100年は早まるんだぞ!?」
「えっと、俺は文系の私大生で、その、機械の仕組みとか技術とか、わかんないッピ……」
眼を見開き、絶句。その後にうなだれるレイヴン副団長。
「………ま、まあ、カニはカニだ。俺たちの仲間のカニだってことはわかったし、いいんじゃないか。これまで通り自由にしてもらって」
トニー!ありがとう!
「あと、すごく臭いから……早めに風呂に入ってもらいたくてだな」
あ、うん。そうだよね。俺もそうしたい。
そういうわけで、俺は大浴場(男湯)で、これまでの戦いの汚れをキレイさっぱり流したのだった。
……人間の手って、体を洗うのに、本当に、本当に便利だな……。
その夜も、俺はいつもの牢屋みたいな部屋に戻ることになった。
人に戻ったのに藁の寝床じゃ可哀想だってことで、トニーが布団を用意してくれた。ありがたいことです。
久方ぶりの布団でリラックスしていると、ガチャリ、ドアが開く。
――そっか。この姿でも、相部屋なのか。なんだかいつもより緊張する。
タキが、無言で部屋に足を踏み入れる。
上気した肌。髪が少し、濡れている。
え、ちょっと待って。
「今までずっとお風呂入ってたの!?」
「なっ、悪いか!!臭いがなかなか落ちなかったんだ!!」
そ、そうですか……。
それ以上、タキは話さなかった。
俺のほうを見ないタキ。
話しかけちゃいけない気がして、俺も話しかけることができなかった。
自分の、ハサミではなくなった手と、トニーに返してもらったポーチを見つめる。
念願の人の姿に戻れたはずなのに、俺はなんだか、前の体が恋しかった。




