第17話 カニ、泥棒を追う
「え、市街地の警備任務ですかい?」
ガルドが素っ頓狂な声を出す。
「そうなんだ。最近、近くの街で食い物の盗難が相次いでるらしいんだよ」
トニーの説明に、ガルドは納得がいかない様子だ。
「盗難って、人間の犯罪者や小動物なんかの対応は保安隊の仕事でしょ」
保安隊は、俺の元いた世界でいう警察のようなものらしかった。
「そうなんだけどなぁ」
トニーがため息混じりに言う。
「上がってきた報告が要領を得なくて、よくわかんないんだ俺も……
犯人は子どもだったけど逃げるときは大人だったとか、男だったけど女だったとかそんな……
とにかく、なんか変だから、騎士団から人をよこせって……こっちも暇じゃねぇんだけどなぁ……タキ団長は休みだから俺が割り振ってんだけどよ……」
半分トニーのボヤきだった。
「どうにか手が空けられそうで、不測の事態への対応もできて、バランスがよくて安定感があって……ってなるとお前ら3人だったわけよ
俺からの信頼と思って、この任務、受けてくんない?」
まあ、そう言われると悪い気しないよね。
ガルドもそうだったらしく、敬礼して了承の意を示す。
トニーからは、ついでに買い食いしてもいいからさ、とお小遣いまで貰ってしまった。いいのかな。
そういえば、タキ以外と街に行くの初めてかもしれない。
俺もちょっとテンションが上がってきた。ポーチにお小遣いを入れて、街の食べ物に思いを馳せる。
甘党のタキがあまり食べない、辛いものとか食べたいかも。
「甘い物食べに行きましょ!」
ミリアが目を輝かせている。
あー、辛いものは次回かな。
「……俺達って、鎧つけて警備として立って犯罪を抑止することを期待されてんのか?
それとも目立たない私服で行って犯人を捕まえたほうがいいのか?」
ガルドの疑問。そういえばトニーは何も言ってなかったが……
「前者だと思います」
ミリアが俺の方を見ながら言う。
……うん、俺もそう思うよ。ガルドも納得しているようだ。
俺みたいなスターは何着てても目立っちゃうからね。
ともかく、俺達は武装した状態で街へやってきたのだ。
まあ俺は武装とかないんだけど。
「わ!わ!カニさん!新作のおまんじゅうですって!色が紫!?どんな味なんでしょ〜!?
あっ、でもこっちのお店のマカロンも美味しそう〜!!」
ミリアは今日も元気だ。
お小遣いは計画的に使おうね。
しばらく歩いていく。
と、ガルドが急に立ち止まる。
何か見つけたのか。
「……………」
書店の店先にクロスワードパズルのコーナーができていた。
……コーナー作るほどのコンテンツなの!?クロスワードパズルが!?この世界では!?
無言で入っていくガルド。
おっさん、警備任務忘れんなよ?
一方のミリアはテキパキと、被害のありそうな食べ物屋を回っていく。
……いや、この子、お小遣いの使い道を吟味してるだけっぽいな。店ごとの滞在時間が全然違うもの。甘い物の店ばかりジロジロ見てるもの。
犯人じゃなくてケーキを見張っちゃってるもの。
美味しそうだけど1人じゃ食べれないなー、どうしようかなーってこっちをチラチラ見るのやめなさい。
せめて警備しながら食べれるものにしなさい!辛味チキンとかね。
仕方ない。俺がよく見張ろう。
甘い物の店はミリアに任せてもいいだろうから、俺は肉屋や魚屋なんかを巡回しよう。
え、俺が魚屋に出現したらパニックだろうって?水揚げされたカニの亡霊が復讐に来たと思われる?
失礼な。なんのために何度もタキと買い出しに来たと思ってるんだ。
街の人たちはだいたい顔見知りだから、今更俺に驚く人なんていないよ。
「うわぁぁああああ!!カニのバケモノだぁぁぁあ!!!」
こういう、外から来た人以外はね。出張とかかな。お疲れ様です。
魚屋のおっちゃんが誤解を解いてくれた。ありがとうございます。
「カニちゃんも大変だねェ。そうだ、釣りエサのゴカイ食べるかい」
誤解だけにってか。ガハハ。遠慮しときまーす。
あれ、子ども?女の子か。6〜7歳くらいか?
魚屋に1人で来て、どうしたんだろう。生け簀を見たいのか。
その子は生け簀をじーっと眺めて、
いきなり、手を突っ込んだ。
「なに、してるの!!」
俺の声にビクッとしたものの、魚を掴み取り走り出す!速い!
……というか、魚ってあんなふうに掴み取れるものか?!
女の子は、いや、男の子か?どんどん走る。横走りでも追い縋るのが精一杯だ。
6〜7歳くらいと言ったが、10歳くらいかもしれない。
いや、なんかデカいな。大人!?
「カニさん大丈夫ですか!?」
「あのひと!泥棒!」
「あの女の人ですね!わかりました!」
……ん?
たしかに、今見ると女の人だ。手にさっきの魚を掴んでいるから、その人に間違いないんだけど……
とにかく俺とミリアは走って追いかける。しかし、マジで速いな!
行く手に丁字路。右に曲がった!
「よっと」
人が地面に転がる音。
曲がり角の先で、ガルドが犯人に脚を引っ掛けて転ばせていた。
ナイス!
もがく犯人にガルドが近づく。
ガルドの技量なら、一度転ばせてしまえば、二度と立ちあがらせないだろう。
しかし犯人は、一瞬もがいた後、魚を口に咥えて、そのまま四つ足で駆け出した!
「ヒッ」
ミリアの短い悲鳴。ガルドも絶句している。
いや、驚いてる場合じゃない。
走る。追いかける。
大通りに入る。悲鳴があがる。
男は四つ足で駆けながら、ぶつかった女性を吹き飛ばした!
「大丈夫ですか!?」
ミリアが駆け寄る。女性のことは任せて追う。
だが、奴の行く手に子どもたちが居る!学校帰りか!?
奴の目が子どもを捉える。口元が歪む。子どもを狙っている!?
成り代わる気か!させるか!
俺はポーチから塗料の小瓶を出し、奴に投げつける。
「キャン!」
犬みたいな悲鳴。塗料がべったりと色をつける。
これで姿が変わっても識別できる!
奴は子どもを目標から外し、大通りをひた走る。
ふと、前方に見覚えのある人影。
紫色のまんじゅうを幸せそうに頬張って歩いているのは……まさか、タキ!?
「タキ!」
「団長!!」
ガルドと俺の声に、タキがこちらを向く。
四つ足男がタキに衝突する――!!
瞬間、落雷のような轟音がした。
石畳が割れて、小さめのクレーターができている。
クレーターの中心に悠然と立つ、タキ。その足元に倒れ伏す、動物。
……タヌキ、か?これ。元の世界のタヌキに比べて手足が妙に長くて、気色悪い。
「……魔物の分際で、人を騙るな」
タキが冷たく吐き捨てた。
確認すると、タヌキは頭蓋を砕かれて死んでいた。
踵落とし、だったようだ。
俺の目には、振り降ろすところはおろか、振り上げるのさえ捉えられない速度の。
「蜃気楼狸か。こりゃ珍しい……」
ガルドが感嘆する横で、俺はまだ呆気にとられていた。
任務の報告を聞いたトニーは、苦笑いしていた。
「とにかくお疲れさん。3人とも、もうあがっていいぞ。つっても、もう普通のあがり時間だけどな」
そうなのだ。
あの後、魔物事案だったことを街の人達に説明したり、各店舗の被害がタヌキの仕業と考えて矛盾がないのか聞き込みをしたり、まあまあ忙しかったのだ。
……あと、道路の破損についての報告の書類を作ったりね。それはミリアがやってくれたんだけど。
というわけで、俺達は普通に業務を終え、夕食をとり、今、普通に寝床に戻った。
珍しく休みだったタキも、もう既に寝室に来ていた。
「タキ」
「おお、カニか。おかえり」
「ただいま。おまんじゅう、おいしかた?」
「ああ、あれは……正直ちょっと微妙だったな。一口目はいいが、半分も食べると飽きる味だ」
「なんの、あじだたの」
「それがよくわからんのだ……イモのようでもあり、花のような香りもするし」
タキが首を捻る。
しばらく、そんな他愛もない会話をしていた。
ふと、タキが遠くを見て言った。
「……見苦しいところを、見せてしまったな」
何がだろう。
紫まんじゅうを頬張っている姿だろうか?
「……嫌いなんだ。人に化ける魔物は」
そう語るタキの横顔は、いつもより少しだけ、小さく見えた。まるで少女のように。
俺は少し躊躇って、左のハサミを、そっとタキの右手に重ねた。
タキは少し驚いた顔をしたが、俺の方を見て、くすりと笑った。
俺達は少しの間そうして過ごしてから、それぞれの寝床で眠りについたのだった。
……しかし俺は、少しだけ……ほんの少しだけ、あのタヌキを羨ましいと思ってしまったのだ。俺は、人間の姿にはなれないから。
そんなことを思ってしまった自分が、少しだけ、嫌になった。




