第14話 カニ、鹿に出会う
「この辺りですね!……ですよね?」
ミリアが広げた地図が風でばたつく。
それをガルドが無言で押さえた。
俺はそれを横から覗き込む。
「あってる、と、おもうよ」
「んじゃ、焚き火の準備を頼むぞ新人ども」
いつの間にかガルドは自分の分だけ椅子を準備して座っている。
俺とミリアは顔を見合わせ、ひとまず焚き火の準備を始める。
今回の警備任務、警備対象の範囲が広い一方で、出現する脅威は最大で竜クラスが想定される。
そのため各エリアに配置された警備隊は常に焚き火をしながら野営し、異変があれば焚き火に塗料を投げ込むことで狼煙を上げる手筈となっている。
任務期間は、建設中の物見櫓が完成するまでの、概ね一週間程度とのことだった。
石を積んで竈を作り、薪を組んでいく。
学友たちとのキャンプでしたバーベキューを思い出す。
……あいつら、元気かな。元の世界を想うと、ちょっとだけ鼻の奥がツンとした。……鼻ないけど。
森の外縁部分はいつものように静かだった。
ただ、どこかかび臭さが漂っているような、そんな気がした。
……気のせいだろうな。あんなことがあったから。俺が気にしすぎているんだろう。
「あのあのっ!カニさんって、本当にカニなんですね!
任務や食堂でお見かけしたことはあったんですけど、近くで見るの初めてで……!お腹の脚も動くんですか?」
この子グイグイ来るな!?
ミリアは金色の巻き毛をふわふわさせて、くりくりの青い瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
ちょっと恥ずかしくなってしまう。まあ、彼女は遊園地の着ぐるみに話しかける気分なのかな?
「うごく、よ」
腹の脚をわしゃわしゃと動かしてやると、ミリアが目を白黒させてのけぞり、「ヒッ」と息を呑む。
え、ごめん。いや、怖いなら言わないでよ!
……賑やかすぎて気に障ったりしないだろうか。ちらりとガルドを見やる。
「……ん、ああ、賑やかなのは構わんぞ。
はぐれの魔物なら、人の声は避けるかもしれん。森の中に留まってくれるのが一番だからな」
視線に気づいたガルドがフォローを入れてくれる。悪いおっさんではなさそう、か。
でも、こっちを見もしないで、何やらペンを片手に書類を読んでいる。騎士団の何か事務仕事だろうか。
「……最初が『ピ』で、7文字、だと……?」
ぼそっと聞こえた声。
………クロスワードパズルやってます?
「あのあの、アルタキア団長って、食べ物の好みとかあるんでしょうか!?
騎士団の食堂ではみんな同じようなゴハンですけど、プライベートでお出かけされたりするときとか!
私の予想だと鶏のささ身とか、タンパク質中心でストイックに栄養を取ってらっしゃるのかなって……!」
ミリアが興奮気味に話す。
「……ぱへ」
「……へ?」
「……ぱ、パふ、フェ……パフェ、たべてた、よ」
「……パフェ?」
頷く。タキのイメージを壊してしまっただろうか。
いや、タキは気にしないだろうな。
さすがに、街でタキから聞いた「耳より情報」が食べ物のことばかりだったことは伏せておくか。
「アルタキア団長が……パフェ……!団長、可愛らしい面もおありなんて……!!」
感動したらしい。女の子ってよくわからない。
今にも「アルタキア団長♡こっち向いて」のうちわを作りそうな勢いのミリア。
と、その時。ガルドが立ち上がった。
「新人ども、構えとけ」
端的な指示。俺達は立ち上がり、森に向かってそれぞれの武器を構える。
ガルドは弓。ミリアは短槍。俺はハサミだ。
森の奥から気配が近づいてくる。
がさがさ。
草木が揺れる。
音を立てて飛び出してきたのは、額にも角の生えた牡のシカだった。
三角鹿。本来群れで行動する魔物だが、飛び出したのは一頭きり。
目を血走らせて向かってくる。妙な行動だ。群れからはぐれて混乱しているのだろうか。
「わっ、わっ」
三角鹿はミリアに向かっていく。ミリアは槍を構えたまま固まっている。まずい!
横走りで鹿とミリアの間に体を挟む――より一瞬早く、矢が鹿の脳天、中央の角のすぐ横を射抜いた。
走りながら倒れる鹿。勢いのままミリアに突っ込むところを、体当たりで止める。なんとか間に合った。
「えと、あの、わたし、つい……ごめんなさい……」
ミリアがしょぼくれる。
まあ、急だったし仕方ない。こればかりは場数だから……。
そんなことを、たどたどしく伝えて慰めていると、ガルドが言った。
「こりゃ、なんだ……?」
三角鹿の死骸を剣でつつくガルド。
見てみると、ガルドの違和感の正体がわかった。
背筋を冷たいものが這う。
鹿の後頭部。突進してくるときには見えなかったその場所に、それはあった。
「こりゃあ……キノコ……か……?」
この警備任務、一筋縄ではいかなさそうだ。
「僕らが遭遇した怪人のキノコとは少し違うね」
俺とミリアは三角鹿の頭部を持ち、詰所に報告に来ていた。
医務室。団長副団長と医療班が揃うこの場所が、この会議には最適だ。
「そもそも例のキノコは菌糸も含めて死滅したはずです。となれば、別の原因か、あるいは」
「変異したか」
クレインさんの言葉をレイヴン副団長が引き継ぐ。
「医者の知り合いから聞いたけど、菌類みたいに繁殖サイクルの短い生物は変異も早いらしい。
もしあの怪人の菌が変異して魔物に影響を及ぼしているとすれば厄介だ」
「だが、森に踏み込むにはあまりにも人手が足らんな」
タキが悔しそうに言う。
「他に同様の魔物の出現報告はないのじゃろ。となれば、一旦は様子見でいいんじゃないか」
ヴェルグ副団長。
「森全体の異変なら、警備を偏らせるわけにもいかん。
三角鹿の出現ポイントは気になるが、幸いそこにはカニくんがおる」
ヴェルグ副団長がウインクをくれる。
え、俺?
「まあ……そうだな。頼んだぞ、カニ」
タキが俺をまっすぐに見て、言う。
俺は頷き、心のなかでふんどし(衣類のほう。カニの部位じゃないよ)を締め直した。
再び森の前。
「ああ……タキ団長……近くで見るとあんなに麗しく……」
ミリアがうっとりと語っている。
この話、医務室を出てから20回目くらい。
「それにしてもカニさん、タキ団長や副団長達から信頼されてるんですね……っ!
羨ましいッ!私も頑張ってタキ団長に認知してもらいたいッ!!」
この話も15回目くらい。
「………団長は団員の名前くらい全員覚えてるぞ」
ずっと黙っていたガルドが口を挟む。
「えっ、そうなんですか!?」
「というか、大まかなプロフィールは頭に入ってるはずだ。
今回の配置を考えたのも団長だしな」
「……――〜〜〜ッ!!」
何かを噛み締めているミリア。
疲れないのか?このテンションで生きてて。
「……あとカニ。あんまり調子には乗るなよ」
ガルドが急に釘を刺してくる。
「タキ団長のお気に入りなのはわかったが、任務とそれとは別だ。
今回、このポイントの指揮権は俺が預かってる。勝手なマネは許さんからな」
「ぁい。わかってまつ」
実際、指揮系統の重要さはこれまでの騎士団生活で理解しているつもりだ。
「ならいいんだけどよ……」
再び押し黙り、焚き火の灯りでクロスワードを続けるガルド。
もうすっかり、日が落ちている。
ミリアと俺はテントを張り、野営の準備を進めていた。
……ハサミで破らずにテントを張るのは、結構コツがいるんだぜ。これまで何回タキに怒られたことか。
夜は交代で見張りを続けながら野営を続けて、はや6日目の午後。
物見櫓も完成に近づいてきていた。この分なら明日には任務終了だろうか。
余談だが、物見櫓の建設に予算をつけてもらうために、タキとトニーはなかなか苦労したらしい……。
「明日にはお風呂に入れそうですね!カニさん!」
この子ずっと元気ですごい。
ガルドはクロスワードを解ききってしまったようで、剣の素振りをしていた。
この人も凄い。
俺は地面に座って、ミリアに適当に相槌を打ちつつ、ぼんやりと森を眺めていた。
俺達ののんきな様子からわかるとおり、初日に三角鹿が出て以来、森に異変はなかった。
取り越し苦労だったのだろうか。
危険なキノコはほんの少しだけ森に残っていたが、この一週間で死滅してしまったとか。そんな感じではなかろうか。
暇なので風に舞う木の葉を数えつつ、そんなことを考えていると、不意に、ほんのりとした熱さに気づく。
焚き火の熱ではない。
熱源は、俺の……腹だ。
飛び上がるように立ち、ハサミを構える。
ミリアが目を白黒させている。
「カニも気づいたか。嬢ちゃんも構えな」
ガルドが気だるげに、しかしはっきりと指示を飛ばす。
いつの間にか弓に持ち替え、矢をつがえていた。焚き火には既に塗料が焚べられている。赤い煙がもくもくと上がる。
森の奥から、何かがこちらへ向かっている。
賢者の石が、共鳴する……しかし、反応が……弱い?
「来るぞッ!」
森の奥から現れたのは、前回よりも大きな、牡の三角鹿だった。おそらく群れの長レベル。角を除いても高さが2メートルはある。
しかし、前回との違いは大きさだけではなかった。
「何、これ……なんで、こんな……ひどい……」
三角鹿の全身にはキノコが生えている。それ自体は想定内だ。
しかし、首元に牝鹿の顔が、背中に猛禽の翼が、右前足が途中で分岐してオオカミの前足が生えているのは、想定外もいいところだった。




