第15話 カニと鹿
矢が走る。
一瞬のうちに3連射。牡鹿の頭、牝鹿の頭、そして猛禽の翼の片方を狙ったもの。
三角鹿は、牡鹿の頭を振って角で矢の一本を叩き落とした。
二つ目の矢は牝鹿の頭が咥え取る。いや、極端に短い首をよじったから着弾が逸れただけで、矢は上顎を貫いていた。牝鹿の悲鳴。
三本目の矢は左の翼を射抜いていた。
「……一応射抜いたが、おそらくそもそもコイツは飛べん。
あの翼はスパイクコンドルのもんだ。子鹿なら抱えて飛べるかもしれんが、こんなデカい鹿を飛ばせるシロモノじゃない」
三角鹿は牝鹿の悲鳴を気にも留めない様子で、ガルドへ突進する。
「足を止めろッ!」
ガルドは剣を抜きながら指示を飛ばす。
俺は横向きに突進する。ハサミで脚を切ってやる。
しかし、三角鹿は走りながら急に身をかがめ、オオカミの前足で俺を弾き飛ばす。しまった!
「トォ!」
そこへミリアの、教本通りの槍での突撃が差し込まれる。今度は迷いのない、流れるような一撃。
鹿は角で迎撃を試みるが、ミリアの狙いは後ろ半身だ。胴体半ばに槍が突き刺さり、血が迸る。牡鹿、牝鹿両方の頭が悲鳴を上げる。
賢者の石の反応が強まる。
まさか、コイツが?
「よくやったッ!」
痛みに暴れる鹿に、ガルドの剣が迫る。首を狙う一撃。
鹿は背後に逃げようとする。しかしミリアの槍が今度は鹿の左後ろ脚を突く。後退は間に合わない……
はずだった。
鹿は翼で大きく羽ばたき、空気圧の補助を得てバックステップ。ガルドの剣は空を切ることとなった。
「……そう来るか、バケモンめ」
忌々しげなガルドの声。
鹿はバタバタと暴れている。
「……なんか、全身の動きに統一感がなくないですか……?」
ミリアの言葉に、ガルドが答える。
「2つの頭が、体の中で喧嘩してんのかもしれねぇ。
さっき、メスのほうの頭に矢が刺さったときも、オスの頭は平然としてた」
「両方の頭を斬るべき、ですか……?」
「ちと厄介だな……」
「……腹を、狙いましょう」
ミリアが腹を貫いたとき、賢者の石の反応が強まった。
あの部分に、賢者の石があるとすれば。
石を破壊、もしくは本体から引きちぎれば、なんとかなるかもしれない。
どうにか説明する。
「わかった。
どうもコイツは話に聞いてる『怪人』ってやつとは様子が違う。
大方、キノコ怪人の賢者の石を、三角鹿が食っちまった、ってとこか。
だとすれば、石は胃、あるいは腸の中だな」
作戦が決まった。
ガルドは弓で、ミリアは槍で、鹿の機動力を削いでいく。
そこに俺が組み付いて、ハサミで奴の腹を裂き、石を取り出すのだ。
「作戦開始!」
ガルドは号令とともに矢を連射する。頭を庇うために鹿は角を振り、矢を迎え撃つ。
そこにミリアが突撃し、槍で脚を削り取っていく。
「行け!カニ!!」
大木のふもとに追い詰められた鹿に、飛びつく。暴れる暴れる。何度も木に叩きつけられるが、自慢の甲殻はそれくらいでへこたれない。
腹にハサミを突っ込む!
ぐにゅり、どこか覚えのある、嫌な感触。肉のはずの場所に、繊維質の弾力。
体内に、キノコ!
驚く間もなく、胞子がばら撒かれる。まずい。マトモに吸った!
視界が歪む。構わず内臓を裂いていく。
一際輝く赤が、賢者の石だ。
だが、どれだ?もはやマトモに目が見えない……!賢者の石が5つに見える!?
傷口を菌糸が覆おうとしている。再生されたらまずい!
衝撃災禍は使えない。使えばまた、石がどこかへ飛んでいってしまう!
「カニさん!右のハサミ先、少し右!!なんか光ってます!!」
ミリアの声。
それに従ってハサミを動かす。肉とも骨とも違う、硬い感触。これだ!
ぬめる。掴みにくい。構うものか、周囲の肉ごと!
ハサミで掴み、無理やり引きちぎる!
「うおぉぉおおおおおお!!」
気づけば雄叫びを上げていた。右手には、賢者の石。
鹿が俺の足元でもがいているのを感じる。
「あぶねぇ、離れろ!」
後ろから、グイッと引かれる。ガルドだ。
風切音。俺のいた場所を、鹿とオオカミの脚が引っ掻いたようだった。
程なく、人形の糸が切れたみたいにぴたりと、三角鹿の動きは止まった。体が泡になって溶けていく。だが、全ては溶け切らないようだ。
狼煙を見た他の団員が駆けつけた頃には、牡鹿の体、牝鹿の頭、オオカミの前足、猛禽の翼が、バラバラにほどけて、その場に残っていた。
「……つまり、怪人討伐の際はこの、『賢者の石』ってのを回収しないといけないわけか」
レイヴン副団長が興味深げに、小瓶に入れられた石を眺める。
「カニ様はエビの怪人の石を取り込まれたとか……それであれば、こちらの石も食べられては?」
と、クレインさん。
だが、冗談じゃない。体にどんな影響があるかわからないのだ。
「いえ、冗談です」
……この人、こんな人だったか?
「ともかく、ようやってくれた。ガルド、カニ、ミリア。
物見櫓もほぼ完成した。
今日は3人とも、もう休んでいいぞ」
タキの言葉に、俺達は安堵する。
いや、1人なんか、名前を呼ばれたことに興奮してる人もいるんだが。
報告を終え、医務室を後にする。
ミリアがマシンガンのようにタキについて話している。正直もうあんま集中して聞いてない。
と、ガルドが俺に耳打ちしてくる。
「なあカニ」
なんでしょうか。
「……団長って、好きな花とか、あるのか?」
………アンタもなのか!?
俺は第三騎士団の未来を憂いた。
夜。
久しぶりに自分の寝床に戻る。
このところ野営が続いたので、藁の寝床でもありがたい。体をゆっくり休めたかった。
竜の一件以来しばらくの間、タキが入院しているので、俺はこの牢を個室として使っていた。
本来は監視対象のはずだったが、まあ、そこは信頼と実績というやつだな。
寝る準備をしていると、ドアがガチャリと音を立てた。
「言い忘れたが、私も今日、退院だ」
不意打ち。
久々に見る、タキのネグリジェ姿。
やっぱりちょっと刺激が強い!
ドギマギする俺を見て、タキがくすりと笑う。
ニヤニヤしながら近づいてくる。
「そういえば、お前と一緒に任務に当たったミリアは、男爵家の令嬢だそうだ。
今年で16歳だとか。可愛かったか?」
薄ら笑いを浮かべながら聞いてくる。からかわれている!
……ミリア、ミリアか。たしかに、美少女と言って差し支えない子だった。うん。かわいい。
「……かぁいかった、でつ……」
正直に答える。
するとタキは、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうか」
それだけ言うと、自分の寝床に戻る。
……なんか、怒ってます?
問う間もなく、寝息が聞こえてくる。寝付きの良さはの◯太くん並みか。
かくいう俺も、今日は疲れた。あっという間に、俺の意識はまどろみの中へ落ちていった。
怪人File. EX1 キメラ鹿
倒されたキノコ怪人の体内から飛び出した賢者の石を、森に生息していた三角鹿が摂食したことで発生した変異体。
体内に取り込まれた賢者の石の影響により、キノコの菌糸を媒介として他生物の身体器官を自身に接続・融合させる性質を獲得。接触した生物に対しても、限定的ながら感染を引き起こす。
ただし、感染力および増殖力はキノコ怪人本体には及ばず、複数の生体構造を無理に統合しているため、全身の統制は著しく不安定。行動にも一貫性を欠く。
賢者の石は「ゴーゴンの秘宝」の一つであり、本来は異なる生物の器官を有機的に接続・統合する能力を持つ。しかし、その性能を完全に引き出すには高度な外科的処置および適合調整が必要とされる。
なお、バッタ怪人の必殺技には賢者の石を破壊する特異な波動が含まれているが、カニ怪人には同様の能力は確認されていない。




