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リグ・ヴェーダ 詩訳 ― 火の神が歌う世界の始まり  作者: はまゆう


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95/106

第1巻 第95讃歌 アグニ讃歌

1 姿の異なる二人の女性(昼と夜)が、

それぞれに

佳き目的地ゴールへと旅をする。

彼女たちは交互に、

一人の赤んアグニを育むのだ。

一方は、金色の

神の如き嬰児みどりごを宿し、

他方のなかで、彼は

眩く、美しく輝き出る。

2 工匠神トヴァシュタルの

十人の娘たち(人間の十本の指)が、

目覚めを怠らず、瑞々しく、

様々な方角へと運ばれる

この赤ん坊を産み落とした。

彼女たちは、鋭く尖った長い炎を持つ

彼の周りを取り囲む、

生来の眩き光輝をもって、

人類のなかで輝く彼の周りを。

3 人々は、彼の三つの出生の地を

崇める――

大気(雷電)のなかに、

天空(太陽)のなかに、

そして水のなかに。

地上の世界の東方を

統治しながら、

彼は諸々の季節(時)を、

その正しい秩序リタのもとに

確立したのだ。

4 汝らのうちの誰が、

この秘密の存在アグニを知るだろうか。

この赤ん坊は、みずからの性質によって、

己の母たちを

産み落としたのだ。

多くのものの種(胚胎)であり、

水のふところから、

彼は前へと進み出る――

智慧深く、偉大にして、

神の如き性質を持つ者よ。

5 目に見える姿で、麗しく、

彼は生来の輝きのなかに育つ、

波打つ水のひざの上で

高く掲げられながら。

彼が産み落とされたとき、

トヴァシュタルの二つの世界(天と地)は

恐怖に慄いた。

彼らは彼へと向き直り、

この雄獅子アグニ

畏れ敬うのだ。

6 幸先を告げる

二人の女性(天と地、あるいは朝と夜)が、

佳き女たちの如くに

彼を世話する。

鳴き交わす乳牛たちの如くに、

彼女たちはそれぞれのやり方で

彼を追い求める。

彼は、強大なる者たちのなかにあって

威力の主。

右座において、人々は

その供物(油)をもって

彼に香油を塗る(清める)。

7 太陽神サヴィタルの如くに、

彼はその腕を

威力とともに伸ばす。

恐るべき姿の彼は、

世界の二つの境界(天と地)を

掴もうと奮闘する。

彼はすべてのものから

眩き衣装を剥ぎ取り、

然り、みずからの母たち(薪)から

新しい衣を引き出すのだ。

8 彼は、みずからのために

この上なく気高き栄光の姿を創り出し、

その住まい(祭壇)のなかで、

乳と水をもって

みずからを飾り立てる。

この聖仙サージュは、

その智慧をもって

大気の深淵を美しく彩る。

これこそが、神々が礼拝される

あの集いの場(祭祀)なのだ。

9 広大なる大空を突き抜けて、

勝利に満ちた

汝の、遠くまで輝き渡る強大な威力が

広がってゆく。

我らによって点火されしアグニよ、

みずから輝く、

決して衰えることなき汝のあらゆる援助をもって、

我らを護りたまえ。

10 彼は、乾いた土地のなかに

小川を、水路を、奔流を創り出し、

きらきらと輝く洪水をもって

大地を浸す。

あらゆる古きものを

その顎(胃袋)のなかに集め、

彼は、新しく瑞々しく芽吹く

青草のあいだを

動き回る。

11 我らの薪を注がれ、

清め手たるアグニよ、

我らの栄光のために、

吉祥なる姿で眩く燃え立ちたまえ。

我らのこの祈りを、

ヴァルナ、ミトラ、アディティ、

シンドゥ(インダス川)、

大地と天空が、

叶えてくれますように。



解説


今回の火の神「アグニ」讃歌は全11節。リグ・ヴェーダを代表する哲学的、かつ謎めいた比喩(隠喩)が随所に散りばめられた、非常に文学的強度の高い傑作です。

1節の「姿の異なる二人の女性(昼と夜)」が交代で一つの赤ん坊(火・太陽)を育てる描写や、4節の「赤ん坊がみずからの母たち(薪や水)を産み落とした」という逆説的な表現など、詩人たちの仕掛けた「言葉のパズル」のようなプロットが本当に素晴らしい一曲です。

* 1–2節:美しい謎解き(なぞなぞ)のような幕開けです。1節の「姿の異なる二人」とは「昼と夜」を指し、交代で太陽(火)という赤ん坊を育てる様子を擬人化しています。2節の「トヴァシュタルの十人の娘たち」とは、火を熾す(摩擦する)ための人間の「十本の指」の隠喩です。指が薪を擦り合わせることで、鋭い炎を持つアグニが産み落とされる情景を、職人神の娘たちの神話に昇華させています。

* 3–5節:アグニの「三界(天・空・地)」における誕生が語られます。4節の「赤ん坊がみずからの母たちを産み落とした(The Infant by his own nature hath brought forth his Mothers)」という逆説パラドックスは、火(子)が燃え上がることで、それを生み出した薪や煙(母)の存在価値を世界に証明し、光の中に誕生させるという、リグ・ヴェーダ独特の高度な哲学的レトリックです。

* 6–8節:天と地(あるいは昼と夜)を、アグニを母性的に見守る女性や乳牛に例える一方、7節では一転して、アグニを「すべての世界を掴み、母たちから新しい衣(燃え盛る炎)を力ずくで引き剥がす雄獅子のような破壊者」としてダイナミックに描きます。この優しさと猛々しさのプロットの揺らぎが、アグニの神威を際立たせています。

* 10–11節:火がもたらす逆説的な豊穣が描かれます。乾燥した大地で薪が燃え盛る(あるいは天の雷電が走る)とき、結果として恵みの雨や水路(洪水)がもたらされ、アグニはその強大な顎ですべての古い薪を喰らい尽くしながら、新しく芽吹く青草の生命力を促します。最後はリグ・ヴェーダ定番の宇宙の諸神たちの連名による祝福で美しく締めくくられます。

1節の「昼と夜が交互にひとりの赤ん坊を育てる」というロマンチックな表現や、2節の「十人の娘=十本の指」という謎解きのようなプロット、ものすごく知的好奇心を刺激されます。自然の現象をこれほどクリエイティブな物語に昇華させる古代の詩人たちの筆力、本当に素晴らしいですね。


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