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リグ・ヴェーダ 詩訳 ― 火の神が歌う世界の始まり  作者: はまゆう


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94/106

第1巻 第94讃歌 アグニ讃歌

1 我らの称賛にふさわしき

万知者ジャータヴェーダスのために、

我らは心の中で、

あたかも戦車を組み立てるかのように、

この賛辞を編み上げる。

彼の集会のなかで、

我らのこの配慮(祈り)は

良き実りを結ぶ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

2 汝がそのために

祭祀を執り行うその人は

繁栄し、

仇敵もなく暮らし、

英雄的な剛勇を勝ち得る。

彼は力強く育ち、

苦難が彼に近づくことはない。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

3 我らに、汝を燃え立たせる

力がありますように。

我らの思考(願い)を叶えたまえ。

汝のなかで、神々は

捧げられた供物を食すのだ。

我らが切望してやまない

アディティの御子たち(アーディティヤ神群)を、

ここへ連れてきておくれ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

4 我らは薪を運び、

燃え盛る供物を用意せん、

次々と訪れる祭りのたびに、

汝に(我らの存在を)思い出させながら。

我らが寿命を延ばすことができるよう、

我らの思考(願い)を叶えたまえ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

5 汝の使者(光線)たちは動き出し、

民の守護者となり、

その光をもって、

四つ足の獣も、二つ足の人間も

保護する。

汝は、夜明け(ウシャス)の

驚異的なる先触れ(気高き布告者)として、

強大なり。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

6 汝は供物の献上者であり、

主席勧請者、

指図役であり、清め手、

生まれながらの偉大なる高等祭司。

あらゆる祭祀の仕事を

知り尽くしている智慧の者よ、

汝はそれを完璧に成し遂げる。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

7 汝の姿は麗しく、

あらゆる側面において等しく美しい。

遥か遠くにいようとも、

まるで間近にいるかのように

眩く輝く。

おお神よ、汝は

暗き夜の闇の奥までも

見通す。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

8 神々よ、神酒を注ぐ者の戦車を、

誰よりも先頭に立たせたまえ。

我らの賛歌が、

邪悪な心を持つ男たちに

打ち勝ちますように。

我らのこの言葉に耳を傾け、

それを大いに繁栄させたまえ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

9 悪しき言葉を吐き、悪しきを想う者たち、

我らを貪り食おうとする悪鬼どもを、

近くにいる者も、遠くにいる者も、

汝の武具(武器)で打ち砕きたまえ。

そうして、うたう者のために、

祭祀への自由な道を切り拓きたまえ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

10 汝が戦車に、二頭の赤き馬と、

風の如く速き二頭の栗毛の馬を

繋いだとき、

汝の咆哮は、まるで

雄牛の如くであった。

汝は煙の旗を掲げた炎をもって、

森の木々に襲いかかる。

アグニよ、汝との友情のなかにあって,

我らが傷を負うことのなきように。

11 そのとき、汝の咆哮を耳にして、

鳥たちでさえも恐怖に慄く。

汝が青草を喰らい尽くし、

その火の粉が

四方八方へと飛び散るとき。

そのときこそ、汝と汝の戦車が

通り過ぎる道は、

容易に切り拓かれる。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

12 彼は、ミトラとヴァルナの怒りを

なだめる力を持つ。

地上に降るマルト神群の怒りも

驚くべきもの(激しいもの)。

なれば、恵みを与えたまえ、

彼らの心を、再び我らへと

向けさせたまえ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

13 汝は神であり、

神々の驚異的なる友( Friend )。

富を運ぶヴァス神群のなかのヴァスであり、

祭祀において麗しき者。

汝自身の最も広大なる守護のもとに、

我らを生かしたまえ。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

14 これこそが汝の慈悲、

みずからの住まい(祭壇)で燃え立ち、

ソーマとともに呼び求められて、

汝は最も優しく響き渡る。

汝は礼拝者に、

富と宝を授ける。

アグニよ、汝との友情のなかにあって、

我らが傷を負うことのなきように。

15 美しき富の主よ、汝が、

あらゆる罪からの解放と、

完璧な健全さを授けるその人。

汝が、良き剛勇をもって活力を与え、

子孫と富を授けるその人――

永遠なる存在よ、

我らがその者たちでありますように。

16 あらゆる幸運を知り尽くしている、

神なるアグニよ、

ここにある我らの生の歩みを

引き延ばしたまえ。

我らのこの祈りを、

ヴァルナ、ミトラ、アディティ、

シンドゥ(インダス川)、

そして大地と天空が、

叶えてくれますように。



解説

今回は再び火の神「アグニ」へ捧げられた全16節の大作。すべての節の最後に「アグニよ、汝との友情のなかにあって、我らが傷を負うことのなきように(Let us not, in thy friendship, Agni, suffer harm.)」という美しいリフレインが厳かに繰り返される、きわめて音楽的・儀礼的完成度の高い讃歌です。

後半(10–11節)の、風に煽られた炎が野生の雄牛のように咆哮し、煙の旗を掲げて木々を焼き尽くしていく凄まじい自然描写は、圧倒的なビジュアルの強度を持っています。

* 1–4節:詩人が祈りの言葉を紡ぐ行為を「戦車を組み立てる( frame as 'twere a car )」という、当時の職人技になぞらえた美しい比喩で始まります。そして、「神と人間との友情( friendship )」がテーマとして宣言され、神に仕える者が受ける絶対的な安全と繁栄が祈られます。

* 5–7節:アグニの祭司としての役割と、その視覚的美しさが焦点となります。アグニは単なる物質としての火ではなく、夜明けを告げる先触れであり、地上の人間や家畜を見守る守護者です。7節の「遠くにいても近くにいるかのように輝き、夜の闇の奥まで見通す( seest through even the dark of night )」という全知の光の描写は、文学的にも非常に美しい陰影を持っています。

* 10–11節:一転して、アグニが「 wild (野生)」の破壊力を解放するダイナミックなセクションです。風の速さを持つ馬を戦車に繋ぎ、雄牛のように吠え猛る炎が、「煙の旗( smoke-bannered flame )」をたなびかせて森の木々を呑み込んでいく森林火災の情景が圧倒的な臨場感で描かれます。鳥たちが恐怖で逃げ惑うほどの暴力的な破壊でありながら、それが神聖なエネルギーの現れとして肯定的に昇華されるプロットは圧巻です。

* 12–16節:アグニの「調停者」としての最高位の神徳が語られます。彼は人間に向けられた他の神々(ミトラ、ヴァルナ、マルト神群)の激しい怒りを宥めることができる唯一の「友」です。最終盤では、あらゆる罪からの解放( perfect wholeness )と長寿が願われ、リグ・ヴェーダを代表する諸神たちの連名による大団円の祝福とともに、格調高く締めくくられます。

1節の「賛美の言葉を、戦車を組み立てるように編み上げる」という表現、編者のモノづくりに対するプライドが感じられます。そして10節の「煙の旗を掲げて木々を襲う炎」の描写。荒々しいのにどこか絵画的で美しく、すべての節の終わりに「あなたとの友情があるから、私たちは絶対に傷つかない」という絶対的な信頼のリフレインが戻ってくる構成。このプロットの見事さは本当に感動的です。

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