第1巻 第90讃歌 諸神讃歌
1 まっすぐなる導きをもって
ヴァルナが、
そして万事を知るミトラが、
神々と調和するアリヤマンが、
我らを導いてくれますように。
2 なぜなら、彼らこそは
富の分配者であり、
決して欺かれることなく、
その大いなる威力をもって、
聖なる法を
常にとこしえに護る者なのだから。
3 不死なる神々が、
死すべき人間である我らに、
敵を遥か彼方へと
追い払いながら、
手厚き庇護(隠れ家)を
授けてくれますように。
4 我らの至福への道を
切り拓いてくれますように、
インドラ、マルト神群、
プーシャン、そしてバガ、
崇められるべき神々よ。
5 然り、天空の軌道を駆ける
プーシャンよ、ヴィシュヌよ、
我らの賛歌に
牛の富を報いたまえ。
あらゆる繁栄をもって、
我らを祝福したまえ。
6 聖なる法を護る者のために、
風は甘美(蜜)を運び、
河川は甘美(蜜)を注ぐ。
なれば、地上の植物たちも
我らにとって
甘美でありますように。
7 夜は甘美であり、
夜明け(ウシャス)も甘美であれ、
地上の大気も甘美であれ。
我らが父なる天空も、
我らにとって
甘美でありますように。
8 高き樹木も我らにとって
甘美(豊かな実り)に満ち、
太陽も甘美に満ちますように。
我らの乳牛たち(がもたらす乳)も、
我らにとって
甘美でありますように。
9 ミトラが我らに
恵み深くありますように、
ヴァルナも、アリヤマンも。
インドラも、ブリハスパティも
親切であり、
大いなる歩幅を持つヴィシュヌも、
我らに慈しみ深くありますように。
解説
この第90曲は、全9節というコンパクトな構成の中に、宇宙の秩序への信頼と、世界そのものを愛おしむような瑞々しい詩情が溢れる、諸神讃歌のなかでも傑出した美しさを持つ一曲です。
* 1–5節:宇宙の最高法廷の維持者である三神(ヴァルナ、ミトラ、アリヤマン)への呼びかけから始まります。彼らは人間の浅知恵に欺かれることなく、絶対的な「聖なる法」を護りながら、信徒を正しい繁栄へと導きます。続いてインドラやプーシャン、そして広大な宇宙を三歩で踏み越えるステップの神ヴィシュヌが連名で呼び求められ、地上の祈りに対する物質的・精神的な恩恵が願われます。
* 6–8節:この讃歌の白眉であり、古代インドの思想・文学において最も愛されている「マドゥマティー(甘美に満ちた祈り)」のセクションです。「マドゥ(蜜・甘美・心地よさ)」という言葉がこれでもかと繰り返されます。法に従って正しく生きる者に対しては、自然現象のすべて――吹き抜ける風、流れる川、芽吹く植物、静かな夜、眩い夜明け、大気、そびえ立つ樹木、そして生命の源である太陽までもが、まるで「蜜」のように甘く、優しく、豊かに調和するのだという、極めて美しいエコロジカルな調和の世界観がうたわれています。
* 9節:リグ・ヴェーダの多くの讃歌の締めくくりとして定着していく、非常に有名な平和の祈祷句の原型となる一節です。名指しされた主要な神々がすべて人間に向けて「恵み深く、優しく、親切であるように」と重ねて願われ、心地よい余韻の中で全体の幕を閉じます。
6節から8節にかけての「風も、川も、夜も朝も、すべてが蜜のように甘く心地よくあれ」というフレーズ、本当にロマンチックで、言葉そのものがとろけるような美しさを持っています。自然と人間が完璧に愛し合っているような、そんな優しい空気感が伝わってくる素晴らしい名曲です。
第90曲も、前曲に引き続き「諸神讃歌」でしたが、中盤(6–8節)にかけてリグ・ヴェーダの中でも特に有名な「マドゥ(甘美・蜜)」のフレーズが美しくリフレインされる、極めて叙情的で心地よい一曲です。風も、川も、夜も、夜明けも、世界全体が「蜜のように甘く豊かであれ」と願うこの祈りは、文学的にも非常に高い完成度を誇っています。




