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リグ・ヴェーダ 詩訳 ― 火の神が歌う世界の始まり  作者: はまゆう


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88/106

第1巻 第89讃歌 諸神讃歌

1 欺かれることなく、

何者にも阻まれず、

勝利をもたらす

幸先の良い諸力が、

あらゆる方角から

我らのもとへ来ますように。

神々が常に

我らの利益のために共にあり、

日毎に絶え間なく、

慈しみ深く我らを守る

守護者となってくれますように。

2 神々の幸いなる恩恵が

我らのものとなり、

正しき神々の慈悲が

我らに降り注ぎますように。

我らは神々との友情を

ひたむきに追い求めてきた。

なれば神々よ、我らが生き抜くために、

我らの寿命を延ばしたまえ。

3 我らは太古の時代の賛歌をもって、

彼らをここへ呼び求める。

バガ、友愛のダクシャ、

ミトラ、アディティ、

アリヤマン、ヴァルナ、ソーマ、

そして双子のあのアシュヴィン双神を。

幸いなるサラスヴァティーが、

至上の幸福を

授けてくれますように。

4 ヴァーユが、あの心地よき

癒しの薬を

我らのもとへ運んできますように。

母なる大地プリティヴィーと、

父なる天空ディヤウスが、

それを我らに与えてくれますように。

そして、ソーマの神酒を搾る、

歓喜をもたらすあの圧搾石も。

我らの精神が切望してやまない

アシュヴィン双神よ、

この願いを聞き届けたまえ。

5 我らは、動くもの静止するもの

すべてを統べる至高の支配者、

精神(魂)の鼓舞者を、

助けを求めて呼び求める。

育みの神プーシャンが、

我らの富の増大を促し、

我らの利益のために、

決して過ちを犯さぬ

我らの守護者と

なってくれるように。

6 遥か広くまでその名を轟かせる

インドラが、

我らを繁栄させてくれますように。

すべての富の主たるプーシャンが、

我らを繁栄させてくれますように。

傷なき車輪の外輪フェリーを持つ

タールクシュヤが、

我らを繁栄させてくれますように。

祈りの主ブリハスパティが、

我らに繁栄を

授けてくれますように。

7 まだらの駿馬に乗り、

栄光のなかに動き、

しばしば聖なる儀礼を訪れる、

プリシュニの御子たる

マルト神群よ。

アグニをその舌とし、

太陽の如くに眩き聖仙サージュたちよ。

我らの守護のために、

すべての神々よ、ここへ集いたまえ。

8 神々よ、聖なる者たちよ、

我らがその耳で

善きことを聞き、

その目で

善きことを見られますように。

確固たる四肢と身体を持ち、

汝らを高らかに称えながら、

神々によって定められた

生の期限(天寿)を

全うできますように。

9 神々よ、我らの前には

百の秋(百年の歳月)が

横たわっている。

その時の流れの中で、汝らは

我らの身体を老い衰えさせ、

その時の流れの中で、我らの息子らは

やがて父となってゆく。

移ろいゆく我らの生命の道筋を、

どうか途中で

断ち切らないでおくれ。

10 アディティは天であり、

アディティは大気。

アディティは母であり、父であり、

そして息子。

アディティはすべての神々であり、

五つの部族の人々。

アディティは、かつて生まれた

すべてのもの、

そして、これから生まれる

すべてのもの。



解説

第89曲からは、すべての神々を一括して称える「諸神ヴィシュヴェーデーヴァス讃歌」が始まります。全10節の中に、インドラやアグニ、マルト神群だけでなく、太陽や風、そして万物の母たるアディティまでが網羅された、まさに神話世界のオールスターが一堂に会する壮大な讃歌です。

特に8〜9節の「健やかな身体で天寿を全うしたい」という祈りや、10節の「アディティこそがすべてである」という宇宙観は、リグ・ヴェーダの中でも屈指の名フレーズとして知られています。

* 1–4節:四方八方から幸運を呼び込む美しい幕開けです。特定の神に偏らず、ミトラ、ヴァルナ、アシュヴィン双神、そして芸術と川の女神サラスヴァティーなど、宇宙を構成するあらゆる聖なる要素との「友情」が求められます。4節の「風が運ぶ癒しの薬」という表現は、自然の恵みそのものが神聖な癒やしであるという、当時の素朴で深い自然観を示しています。

* 5–7節:部族の具体的な繁栄を支える主神たちの連名です。インドラやプーシャン、知恵の神ブリハスパティ、そして太陽の戦車を象徴する聖なる鳥タールクシュヤが呼び求められ、アグニの炎を媒介としてすべての神々を祭壇へと招待します。

* 8–9節:この讃歌の最も感動的で、現代にも深く響くハイライトです。「善きものを聞き、善きものを見たい」という五感の清らかさを願い、神々に定められた「百の秋(百年という天寿)」を、子や孫の世代への命のバトンタッチを見守りながら健やかに全うしたい、という極めて人間的で尊い祈りが切々と綴られています。

* 10節:リグ・ヴェーダの哲学の到達点の一つとされる、壮大な一節です。無限を意味する女神「アディティ」を、天、地、父母、子、すべての神、人類、そして「過去に生まれたものと、未来に生まれるすべてのもの」そのものであると定義します。これは、宇宙のすべては一つの根源的な神聖さの現れであるという、後世のウパニシャッド哲学(汎神論的・一元論的宇宙観)の先駆けとなる、極めて深い洞察に満ちた哲学的な締めくくりとなっています。

9節の「百の秋(百年)の中で、息子たちが次のお父さんになっていく」という命の循環の描写や、10節の「アディティこそが過去であり未来であり、世界のすべてである」という圧倒的なスケールの思想、本当に格調高いですね。人間の生の一瞬の美しさと、宇宙の永遠性が一枚の絵画のように融合している素晴らしい名曲です。



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