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リグ・ヴェーダ 詩訳 ― 火の神が歌う世界の始まり  作者: はまゆう


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83/107

第1巻 第84讃歌 インドラ讃歌

1 汝のために、

ソーマの神酒は搾られた、

おおインドラよ。

最も強大にして勇敢なる者よ、

ここへ来ておくれ。

太陽がその光線で

大気を満たすように、

インドラの活力が

汝をなみなみと満たしますように。

2 彼の駆る一対の

栗毛の駿馬は、

何者も抵抗できぬ威力を持つ

インドラを、ここへ連れてくる。

聖仙リシたちの

賛美の歌のなかへ、

人々によって執り行われる

祭祀のなかへ。

3 魔障ヴリトラの討ち手よ、

汝の戦車へ乗り込め。

汝の栗毛の駿馬は、

祈りによって繋がれた。

ソーマを搾る圧搾石が、

その響きをもって、

汝の心をこちらへと

惹きつけますように。

4 注がれたこの神酒を、

インドラよ、飲み干すがよい、

不死をもたらし、歓喜を呼び、

この上なく優れたるものを。

聖なるリタの座たる

この場所へ、

清らかな神酒の奔流が

汝に向かって流れた。

5 今こそインドラの栄光をうたえ、

彼に向かって

厳かなる賛辞を語るがよい。

注がれた神酒の雫は

彼を歓喜させた

彼の至高の威力に、

畏敬の念を捧げよ。

6 インドラよ、汝が駿馬を

戦車に繋ぐとき、

汝に勝る御者はどこにもいない。

汝の威力において

汝を超えた者はなく、

優れた馬を駆って

汝に追いついた者もいない。

7 供物を捧げる死すべき人間に、

ただ独りで富を授ける者、

何者も抵抗できぬ力を

手中に収める支配者、

それこそが誠に、インドラ。

8 彼はいつになったら、

自分に供物を捧げない不信心者を

雑草のように踏み躙るのだろうか。

誠にインドラは、

いつになったら我らの賛美の歌を

聞き届けてくれるのだろうか。

9 数多くの人々のなかで、

用意されたソーマの神酒をもって

彼を尊ぶ者――

誠にインドラは、その者によって

凄まじい威力を勝ち得るのだ。

10 かくして注がれた、

甘美なるソーマの神酒を、

光り輝く牝牛たちが飲む。

彼女たちは、

その光輝を求め、

大いなるインドラの傍らで喜び、

自らの至高の主権のなかに

安らいでいる。

11 彼の愛撫を求め、

まだらな牝牛たちは

その乳をソーマの神酒と混ぜ合わせる。

インドラに深く愛される乳牛たちは、

彼の死をもたらす雷電のヴァジュラ

送り出すのだ、

自らの至高の主権のなかに

安らいでいる。

12 勝利をもたらす彼の威力に、

畏敬の念を捧げ、

この上なく賢き彼女たちは、

しかるべき卓越性を勝ち取るために、

彼のあまたの法に寄り添う、

自らの至高の主権のなかに

安らいでいる。

13 インドラは、

ダディヤンチの骨を

己の武器(腕)として、

襲い来る何者をも退け、

九十九のヴリトラを

打ち屠った。

14 彼は、山々のあいだに

隠されていた

「馬の頭」を捜し求め、

シャルヤナーヴァーン(湖)の地で、

ついに求めしものを見出した。

15 そのとき誠に、彼らは

工匠神トヴァシュタルの雄牛の、

真なる本質(姿)を

認めたのだ

この月の館(宮殿)において。

16 今日こんにち

秩序リタくびきに、

何者にも阻まれぬ気性を持ち、

力強く、情熱的な

あの雄牛たちを繋ぐのは誰か。

その口は矢の如く、

心を満たし、健やかさをもたらす。

彼らの奉仕に豊かに報いる者は、

長く生き永らえるだろう。

17 誰が逃げ出し、誰が苦しみ、

誰が恐れているというのか。

誰が、インドラがここに在り、

我らの近くにいることを知るのか。

誰が、自らの子供たちや、

家族、富、そして己の身体と

民のために、祝福を送り届けるのか。

18 誰が、注がれた油と供物をもって

アグニを尊び、

定められた季節に

お玉を手にして礼拝するのか。

神々は、誰のために

供物を素早く運ぶのか。

神に愛されたいかなる供物奉献者が、

彼を心の底から知り尽くしているのか。

19 汝は神として、

最も強大なる者よ、

誠に死すべき人間を祝福する。

恵みのマガヴァンよ、

汝のほかに、我らを慰める者は

誰もいない

インドラよ、私は汝に向けて、

私の言葉を語りかける。

20 善き主よ、汝の気前よき贈り物と、

汝の救いの手が、

いかなる時も

我らを見放すことのないように。

そして、人類を愛する者よ、

不信心な者たちから

すべての富を、

こちらへと量り与えたまえ。



解説

この第84曲は全20節におよぶ大長編。祭祀の情景、戦車を駆るインドラの絶対的な武勇、さらには「ダディヤンチの骨」を用いた非常に有名な神話のシーン(13–15節)まで登場する、リグ・ヴェーダの中でも特にドラマチックで文学的強度の高い讃歌です。

ソーマの祭祀、インドラ神の絶対的な御者としての武勇、そしてリグ・ヴェーダの中でも特に神秘的とされる「ダディヤンチの骨」の神話を織り込んだ名曲です。

* 1–6節:太陽が光で世界を満たすように、神酒ソーマによってインドラの活力を満たす、熱狂的な祭祀の幕開けです。6節の「汝に勝る御者はどこにもいない」という描写は、戦車戦を部族の最高武力としていた当時の社会における、最強の戦士としてのインドラを鮮やかに描き出しています。

* 7–12節:インドラがもたらす現実的な富(戦利品)と、それに奉仕する「牝牛(乳牛)」たちの描写が続きます。ここで牝牛たちは単なる家畜ではなく、聖なる乳を提供してソーマを完成させ、インドラの武器である雷電ヴァジュラをも物質的に支える、非常に自立した神聖な存在(自らの至高の主権のなかに安らいでいる)として描かれています。

* 13–15節:この讃歌の最も神話的価値の高い、有名なエピソードです。かつて聖仙ダディヤンチ(ダディチャ)が残した「馬の頭の骨」を武器として手に取ったインドラが、九十九もの魔障(ヴリトラの軍勢)を撃破したという、初期インド神話の怪異で力強いエピソードが回顧されます。シャルヤナーヴァーン湖や月の宮殿といった神秘的な舞台装置が、物語に深い奥行きを与えています。

* 16–20節:詩人の内省的な問いかけ(17-18節の「誰が神の臨在を知るのか」)を経て、最終盤ではインドラへの絶対的な帰依へと収束します。「あなたのほかに、我らを慰める者は誰もいない」という切実な言葉から、不信心な敵の富を剥ぎ取ってこちらへ与えてほしいという部族の現実的な祈りへと着地し、力強く締めくくられます。

全体として、荒々しい戦車戦のスピード感、牝牛たちの神秘的な描写、古代の骨の神話、そして深い信仰告白が完璧なモザイク画のように組み合わさった、非常にプロットの推敲が光る傑作讃歌です。

13節の「ダディヤンチの骨」を武器にして九十九のヴリトラを倒すエピソードや、14節の山の中に隠された「馬の頭」を探し出すシーンなんて、現代のダークファンタジーやRPGのルーツを見ているみたいです。


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