第1巻 第25讃歌 ヴァルナ讃歌
1. おお神よ、
ヴァルナよ、
あなたの法を、
私たちが人間として、
日ごとにどれほど
違反していることか。
2. 私たちを
死の餌食にしないでください、
あなたの怒りによって
滅ぼされるために、
あなたが不快に思われたときの
激しい怒りによって。
3. あなたの慈悲を得るために、
ヴァルナよ、
私たちは
讃歌であなたの心を縛ります、
御者が繋がれた馬を縛るように。
4. 彼らは私から落ち込み、
富を得ることだけに集中して、
空の鳥が巣に戻るように
逃げていきます。
5. いつ私たちは、
宥められるために
英雄を連れてくるでしょうか、
戦士の力の主を、
遠くを見通すヴァルナを。
6. これを、これを
両者が喜びをもって
共に受け入れます
決して彼らは、
常に忠実な礼拝者を
裏切りません。
7. 彼は
天を飛ぶ鳥たちの道を知り、
海の主として、
そこにある船を知っています。
8. 彼の聖なる法に忠実に、
彼は十二の月とその子らを知り、
後から生まれた月を
知っています。
9. 彼は風の道を知り、
広がり、
高く力強い風を
上に住む神々を知っています。
10. ヴァルナは
聖なる法に忠実に、
彼の人々の間に座します
最も賢く、
彼はすべてを統治するために
そこに座します。
11. そこから見通して、
彼はすべての驚異的なものを見ます、
過去にあったものも、
これからなされるものも。
12. そのアーディティヤよ、
非常に賢い者よ、
私たちのすべての日に
美しい道を作ってください
彼が私たちの命を
延ばしてくれますように。
13. ヴァルナよ、
金の鎧を着て、
輝く衣をまとっています。
彼のスパイ(監視者)※たちは
周囲に座しています。
14. 敵が脅かさない神、
人々を圧制する者たちも、
悪意に傾いた心を持つ者たちも。
15. 人類に栄光を与える者、
不完全な栄光ではなく、
私たち自身の体に
それを与える者。
16. 広く見通す者への渇望で、
私の思いは
彼に向かって進みます、
牛が牧場に向かうように。
17. もう一度
共に語り合いましょう、
私の蜜が持ってこられたから
司祭のように、
あなたは
あなたに愛されるものを食べます。
18. 今私は
すべてが見える者を見ました、
私は彼の車を地上の上に見ました
彼はこれらの私の歌を受け入れました。
19. ヴァルナよ、
この私の呼びかけを聞いてください
今日私たちに恵み深くあってください、
助けを慕って私はあなたに叫びました。
20. おお賢き神よ、
あなたはすべての主であり、
地と天の王です
あなたの道を行くとき、
聞いてください。
21. 上の縄を解き、
中の縄を解き、
下の縄を解いてください、
私が生きられるように。
簡単な解説(全体の流れとポイント)
この第25讃歌は、前曲(24曲)に続いてヴァルナの神格をさらに深く掘り下げたもので、罪の自覚・赦し・宇宙の法(ṛta)の絶対性・人間の弱さに対するヴァルナの慈悲を切実に求める内容です。リグ・ヴェーダのヴァルナ讃歌群の中でも特に内省的で、倫理的・宗教的な高みを感じさせる一曲です。
• 1-3節:人間が日々ヴァルナの法を違反している自覚から始まり、怒りによる死を避け、讃歌で「心を縛る」=宥める祈り。人間の罪と神の慈悲の対比。
• 4-5節:人々が富に走り落ち込む描写、英雄を宥めて連れてくる願い。遠くを見通すヴァルナの全知性。
• 6節:ヴァルナとアディティヤ(太陽神系)の両者が忠実な礼拝者を裏切らないという確信。
• 7-11節:ヴァルナの宇宙的知識(鳥の道、船、月、風、神々)と統治を描く。座してすべてを見通す全知の王。
• 12節:アーディティヤ(ヴァルナを含む太陽神群)に美しい道と長寿を求める。
• 13-15節:黄金の鎧を着たヴァルナの威厳、スパイ(監視者)による完全な支配。敵も悪人も脅かせない神、完全な栄光を与える者。
• 16-18節:渇望する思いがヴァルナに向かい、蜜を捧げ、地上の上に彼の車を見た喜び。歌が受け入れられた確信。
• 19-21節:締めくくりは呼びかけと赦しの祈り。上・中・下の縄(罪の縛り)を解き、生かしてほしいという切実な懇願。
全体として、ヴァルナを「罪の審判者でありながら慈悲深い王」「宇宙の法の守護者」「全知の監視者」として描き、人間の罪の自覚から始まり、赦しと解放への祈りで終わる構造が美しいです。シュナフシェパ神話のエコー(縛りと解放)が残り、ヴェーダの倫理観・贖罪観の頂点の一つと言えます。
※ 25.13の「His spies are seated round about」は、
ヴァルナが全知全能の審判者であることを象徴的に表現したもので、
「彼の目(監視者)たちが常に周囲を囲んで、世界のあらゆる罪や行動を見張っている」という意味です。
サンスクリット原文では spáśaḥ(スパシャ)という言葉で、これは「見張り」「監視者」「目撃者」という意味です。
神の視線そのもの、または ヴァルナの命令で世界を監視する神聖な存在(太陽・月・星・風など自然現象がその役割を担っているとも解釈されています。
人間が隠れて犯した罪も、ヴァルナの「スパイ」には見逃されない――という、畏怖と同時に秩序への信頼を表しています。
このイメージは、後のヒンドゥー教やゾロアスター教の「神の監視と審判」の概念にもつながっていく重要な部分です。




