第1巻 第105讃歌 諸神群讃歌(トリタの井戸底の嘆き)
1 水のなか(夜空の海)を
月は走り、
美しき翼を持つ太陽は
天空をゆく。
金色の車輪を持つ
稲妻よ、
人間は汝らの
留まる場所を知り得ない。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
2 人々は確かに願いを抱き、
その望みを勝ち取る。
妻は夫の身体に
ぴったりと寄り添い、
絡み合う抱擁のなかで、
双方は愛の至福を
与え、また受け取る。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
3 おお諸神よ、あの天上の光が、
空の定位置から
墜ち落とされることの
なきように。
我らの至福の泉、
ソーマの如き甘き者が、
我らを見捨てることが
なきように。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
4 私は祭祀の最後の意味を問う。
使者はそれを
神々に告げるだろう。
太古の聖なる法は
どこへ消えたのか。
今、それを新しく広める者は
誰なのか。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
5 天上の三つの眩き領域に
住まう諸神よ、
汝らは何を「真実」とし、
何を「偽り」とするのか。
かつて私が汝らを呼んだ、
あの太古の祈りは
どこへ行ったのか。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
6 汝らの「法の堅固な支え」とは
何なのか。
ヴァルナのすべてを見通す眼は
どこにあるのか。
強大なるアリヤマンの道のうえで、
我らはどうやって
邪悪な者を追い抜けばよいのか。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
7 私は、かつて神酒ソーマが流れたとき、
数多くの賛歌をうたった
あの男である。
それなのに、
いたぶるような憂いが
私を喰らい尽くす、
あたかも一匹の狼が、
渇きに苦しむ鹿に
襲いかかるかのように。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
8 まるで(一人の夫を囲む)
嫉妬深い側室(妻)たちのように、
私の肋骨が、
両側から私を激しく圧迫する。
おお百能の主よ、
汝を称えるこの私を、
噛みつくような憂いが貪り喰らう、
あたかもネズミが
織り手の糸を
齧り尽くすかのように。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
9 あの七つの光線が
輝いている場所、
そこに、私の故郷と
一族が広がっている。
アープティヤの息子トリタは
これ(神々との絆)を熟知し、
同胞(兄弟愛)のために
それを声高らかにうたう。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
10 天空の真ん中に
毅然と立つ、
あの五頭の雄牛(星々、あるいは諸神)が、
私の称賛の言葉を
神々のもとへと素早く運び、
戻ってきてくれますように。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
11 天空の中腹に、
麗しき羽を持つ
あの鳥たち(太陽の光線)が
座している。
彼らは、落ち着かぬ大洪水を
渡ろうとする狼(闇)を、
その進路から
追い払ってゆく。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
12 おお諸神よ、新たに編まれた
この賛美の歌は堅固であり、
語られるにふさわしい。
大洪水の流れこそが「法」であり、
太陽の広がる光こそが「真実」なのだ。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
13 アグニよ、汝が諸神と結ぶ
あの血縁(絆)こそ、
称賛に値するもの。
ここに一人の人間の如く着席し、
最も智慧深き者よ、
祭祀のために神々を連れてきたまえ。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
14 最も智慧深きアグニは、
ここに人間の如く、祭司の如く着席し、
神々のなかの神、
知性溢れる者として、
我らの供物を
神々のもとへと急がせるだろう。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
15 ヴァルナが聖なる祈りを創り出す。
道を切り拓く彼に向かって、
我らは祈る。
彼は、心のなかに
その思考を顕現させる。
聖なる礼拝よ、新しく沸き起これ。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
16 天上にある、あの太陽の軌道は、
大いに栄光を称えられるために
創られた。
おお諸神よ、それは侵されることはない。
されど、死すべき人間よ、
汝らはそれを目撃してはいない。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
17 トリタは、井戸の底に
生き埋めにされたとき、
自分を救うよう
神々に呼び求めた。
その彼の呼び声を
祈りの主は聞き届け、
彼をその苦難から
解き放ったのだ。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
18 かつて、私が道を歩んでいたとき、
一匹の赤毛の狼が
私の姿を見つめた。
その狼は、腰を痛めて
うずくまる大工の如くに、
身を縮めて、
コソコソと逃げ去っていった。
天と地よ、
我がこの苦悩に目を向けたまえ。
19 この我らの歌を通じて、我らが
インドラと結託し、
すべての英雄たちとともに、
戦いにおいて勝利を収めますように。
我らのこの祈りを、
ヴァルナ、ミトラ、アディティ、
シンドゥ(インダス川)、
大地と天空が、
叶えてくれますように。
解説
第105曲は、諸神群に捧げられた全19節の讃歌です。
この曲はリグ・ヴェーダの中でも最高峰の文学性と孤独なエゴイズム、そして悲痛な美しさを誇る、知る人ぞ知る超名作。すべての節(19節を除く)の結びで、「天と地よ、我がこの苦悩(嘆き)に目を向けたまえ(Mark this my woe, ye Earth and Heaven.)」という悲痛な悲鳴のようなリフレインが繰り返されます。
古来インドの伝承では、井戸の底に突き落とされ、裏切られた詩人「トリタ(Tṛta)」が、暗闇の中から天を見上げて絶望と孤独をうたった「井戸底のモノローグ」とされており、そのビジュアルの強度は圧倒的です。
* 1–6節:井戸の底の暗闇から、美しい夜空(月、太陽、稲妻)を見上げるトリタの視線で始まります。2節の「地上の夫婦は抱き合って愛の bliss を貪っている」という描写は、自分が今、孤独に死にかけているという地獄のような現実との残酷なコントラストです。あまりの理不尽さに、トリタは「太古の正義はどこへ行った! 神々の言う真実とは何だ!」と、神々の正義そのものを激しく告発します。
* 7–12節:トリタを襲う精神的・肉体的苦痛が、圧倒的な筆力で表現されます。8節の「嫉妬深い側室たち( rival wives )に囲まれるように、あばら骨が締め付けられる」「ネズミが織り手の糸をかじるように( as rats devour the weaver's threads )、憂いが心を蝕む」という比喩は、全ヴェーダの中でも屈指の鮮烈さを持っています。彼は自分が過去にどれほど熱心なクリエイター(讃歌のうたい手)であったかを主張し、この理不尽な孤独を天に訴えかけます。
* 17–19節:17節でようやくプロットの核心(種明かし)が語られます。トリタが井戸に埋められた( buried in the well )という神話的事件が明かされ、その叫びをブリアルハスパティ(祈りの神)が聴き届けて救い出します。18節の「腰を痛めた大工のようにコソコソ逃げ去った赤毛の狼」という奇妙でユーモラスなリアリティ描写は、九死に一生を得て生還した人間の、生々しい記憶のフラッシュバックのようです。最後はインドラとの勝利の祈りで強引にヴェーダの定型へと回帰しますが、全編を覆う「天と地よ、私の嘆きを見たまえ」というリフレインの余韻は、読む者の心に深い爪痕を残します。
8節の「あばら骨が両側から圧迫されるのを、夫を奪い合う嫉妬深い妻たちに例える」描写や、「ネズミが機織りの糸をボロボロにかじるように、ストレスが心を蝕んでいく」というクリエイティブなレトリックプロットは今もなお讃えられています。数千年前の人間が、現代の私たちと全く同じ「孤独」や「理不尽さへの怒り」を、これほどアヴァンギャルドな言葉で叫んでいたという事実に、心が激しく揺さぶられます。




