ポニュラの絵
その日、ニューメキの空は、どこか灰色にくすんで見えた。
僕は、ロップスを肩に乗せて、高層迷路のような路地を抜けていく。
目指すのは、いつも通り――刃角の子どもたちが暮らす、あの小さな孤児院だ。
「ネェネェ、ピピン。孤児院ッテドンナトコロ?」
ロップスが耳をぴこぴこと揺らして尋ねる。
「親を無くした子供達が安心して暮らせる場所だよ。ちゃんとジャムも持ってきた。みんな、これが大好きなんだ」
僕は笑いながら、背負った布袋を軽くたたく。
「あれ?孤児院の前の木が切り株になってる」
穏やかな昼下がり。だが、孤児院の扉をくぐった瞬間、その空気は妙に重く、冷たく感じられた。
クラッピが出迎えた。
だがその表情には、どこか言いにくそうな影が差していた。
「……ごめんね、ピピン。今日、ポニュラがちょっと……変な絵を描いてしまって」
子どもたちが遊ぶ部屋の隅。小さなポニュラは、壁際で絵筆を握っていた。
床に広げられた紙には、見慣れた孤児院の建物。そして、そこに伸びる大きな人影。
黒い体。歪んだ仮面のような顔。
まるで、この孤児院を握りつぶすように広げられた大きな手。
僕は息を飲んだ。
「……これって」
ロップスが、僕の肩からすっと飛び降り、絵の前に立った。
くるりと一回転するように、周囲の空気を嗅ぎ、そしてピタリと動きを止める。
「……魔力ヲ感ジル!コノ絵カラ!ムー!」
子どもたちは無邪気に遊んでいたが、ポニュラは顔を伏せたまま、筆を止めていなかった。
「クラッピ、ポニュラって……魔力があるの?」
僕が尋ねると、クラッピは少し困ったように、けれど静かに頷いた。
「魔力のことは分からない。調べていないから。最近になって、時々……不思議な絵を描くようになったんだ。たとえば……孤児院の木が倒れる絵を描いたの。そしたら、数日後に木が倒れたのよ。中から朽ちていたみたい。」
心のどこかが冷たくなるのを感じた。
たしかに、もふもふの生き物が僕たちの仲間になっている絵を見せてもらったことを思い出す。あれも予知の一部だったのか。
「……未来予知?」
僕が呟くように問うと、ポニュラが静かに言った。
「完全じゃない。でも……“感じる”ってことはあるよ。波みたいなもの。それを絵に書いてて」
ポニュラは、ようやく筆を置いた。そして、ポツリと口を開いた。
「こわいのが来るの。たくさん、たくさん……かおが、ぐちゃぐちゃで、つよくて、ひかりをにがさない」
「それって……」
僕は言葉を詰まらせた。
それは孤児院に危機が迫っているってこと?
ポニュラは、絵の孤児院に指を伸ばした。
「きっとアイツらだ……僕の村を燃やしたアイツらがここにくる」
その言葉に、ロップスの尻尾がぴたりと止まる。
「ムー?」
悪い予感が強まっていく。
「それって、ゴチャ……アイツら?」
しまった。ここではゴチャリングスの名前は禁句だった。みなゴチャリングスによって家族を失った子供達。
「……わからない。でも、そっくり」
ピピンは目を細め、ポニュラの絵を見つめた。
じわじわと広がる、静かな不安――それは、絵の外にも染み出しているようだった。
「……コレタダノ絵ジャナイ」
ロップスが、そっと呟く。
ピピンは、クラッピと視線を交わし、ゆっくりと頷いた。
笑顔でパンとジャムを渡すその手に、今までになく強く力が入っていた。




