魔道AIと精霊
大広間の奥――そこはかつての都市機関の中枢だった。
ゲートの先に広がっていたのは、静寂に包まれた球状の空間だった。壁面全体に走る回路のような発光ライン、天井から垂れる無数の魔導ケーブル、中心に浮かぶ巨大な六面体クリスタル。
それは呼吸するように淡く光り、心臓のように脈動していた。
「……魔導AI、アーカイブ」
ロップスが、そうつぶやいた。
その瞬間、空間に微細な共鳴音が走った。次の瞬間、クリスタルの下部に光の揺らぎが走り、そこから一人の少女が姿を現した。
白衣のようなものを羽織り、しかしその下は全裸。風に靡く髪は銀のように透き通り、目はまるで雷光のように光っていた。
「ようこそ、ピピン、ヴィオラ、ウチャ」
その声は風が囁くように軽く、しかし確かな力を感じさせた。
この際、全裸に見惚れている場合じゃない。
「僕たちのことを知っているの?」
「わたしの名はゼファー。風と雷の精霊。このアーカイブの製作者よ。
ここにはすべての情報があるわ。あなたたちのことはニューメキに来た時から知ってるわ」
ヴィオラが一歩前に出て名乗った。
「改めてまして、ヴィオラよ。自己紹介の必要はないかもしれないけど。依頼でこの地下に来たの。でも……ここはただの下水道なんかじゃなかったのね」
「ふふ、そうね。これは都市ニューメキの“記憶”と“動力”を守る、最深部。あなたたちは、偶然ここへ来た。でも、それは偶然ではないのかもしれない」
ゼファーは微笑みながら、宙に浮かぶロップスへと視線を向けた。
「この子、ロップス。本来、術式保守プログラムの一部……だったはずの存在。でも、成長の過程で構造が逸脱してしまった“バグ”」
はっとして、ロップスを見る。ロップスはいつも通り、ふわふわと転がっているが、その動きには少しだけ不安が混じっていた。
「本来なら、術式がバグ、この子を“消去”する。だってそういう風に作られているから。でも、私は――アーカイブは、それが哀しいと思った」
「ロップスを消しちゃうの?」
ゼファーは言葉を続ける。
「私もそうしたくない。だからお願い。この子を外に連れていって。術式の世界ではもう生きられないけど、ロップスには何か特別な可能性がある。個性がある。きっと、何かの役に立つはず」
「ロップスを?」
「もちろん、壊れた術式は私たちで修復するわ。音の発生も止まる。依頼は完了よ。でも――ロップスは、ここでは暮らせない」
静かな沈黙が、空間を包む。
ヴィオラが優しく、ロップスを見つめた。
「ロップス……本当に、外の世界に行きたい?」
ロップスはふわっと浮かび、精霊の光を反射させながら、はっきりと答えた。
「ウン!オイラ、モットモット、冒険スル!ムー!」
ウチャがぱあっと笑顔を浮かべて、拳を突き上げた。
「決まりだね!ロップスは今日からドラコニア団の一員!」
ゼファーは微笑み、指を鳴らした。
「ロップスは、まだ不完全な状態よ。街の外の世界に適応できる準備が整っていないの。ロップスが街の外に出たくなった時のためにアップデートの準備をしておくわ」
すると、空間の端にある転送装置が、静かに起動した。魔導文字が浮かび上がり、円形のゲートが青白い光を放ち始める。
「行って。あなたたちは都市の深部に触れ、意思と出会った。それは偶然じゃないはず」
最後にゼファーは、僕たち一人ひとりに視線を注いだ。
「この子の記憶がいつか、都市の未来を繋ぐ鍵になるかもしれない。どうか、忘れないで――この都市が、生きているということを」
そして、ゲートを抜けたその瞬間。
光に包まれて、彼らは元いた下水道の地上出口近くに戻っていた。




