ロップス登場
階段を下りた先には、ただの下水道ではない“何か”が広がっていた。
古びた石造りの床と壁には、浮かび上がるような幾何学模様が描かれていた。整然と並ぶ線と螺旋、幾重にも重なる円環――それはただの装飾ではなく、かつて誰かが意図を込めて残した魔法術式に他ならなかった。壁に染み込んだ魔素が、時折ゆらめくように光を放ち、まるで呼吸しているように見えた。
「これが雑音の原因みたいだね」
ヴィオラが術式の中心部に立ち、落ち着いた声で告げる。
「下水道内に発生した術式が音を出していた。……依頼としては、これで完了ね」
僕は頷きかけたが、隣でウチャがキラキラと目を輝かせていた。
「でもさ!これって、普通じゃないよね? 絶対もっと奥があるって!調査、続行しよ!」
誰よりも“未知”に目がないウチャの声に、僕は肩をすくめた。
「だろうと思ったよ……行こうか、ヴィオラ」
術式が反応するように光を強めた、その瞬間――
「ムー!」
弾けるような音とともに、術式の中心からオレンジ色のふさふさとした球体がふわふわと飛び出した。
もふもふだった。
毛玉のような丸っこい身体、小さい丸い尻尾がついた不思議な存在。
「もふもふ!」
もふもふ好きのヴィオラが反射的に口走った。
「ムー!ムー!誰?言葉ワカル?」
ふさふさは……しゃべった?!
「え、えっと……こんにちは?」
「コンニチワ!オイラ、ロップス!ムー!」
ロップス、と名乗った。ウチャが跳ねるように名乗り返す。
「私、ウチャだよ!よろしくね!」
僕たちは挨拶を交わした。
「ウチャ!ピピン!ヴィオラ!ナカマタチ!」
ロップスは術式の中にある“システム”の世界から来たらしい。そこは“封印”や“記録”に近い存在らしい。
ロップスが外に出たくて内側から何度もぶつかっていたら、数日前、術式が少し壊れてしまったことで行き来ができるようになったということだ。
そして、雑音はロップスが壊した術式が発生させていた。
さらにロップスは――術式の中を案内できるという。
「中に入れるのか……?」
僕が不安を口にしたとき、術式の中心に一瞬、空間が“めくれる”ような現象が起きた。風のない場所に吹き込む風、光のない空間に差し込む光。
僕は、決断した。
「行こう」
「そうね」
「やっほー!!」
奥へ進むと、かつての地下鉄施設を思わせる巨大空間に出た。崩れかけたプラットフォーム、無数のケーブルと鉄骨が走る天井、蒸気と魔導管が交差するネットワーク。重厚な工業建築の名残に、誰もが息を飲んだ。
そして、その中央に――
「……なに、あれ?」
もふもふ達だった。ポロルリというらしい。
低く空中を漂う、色とりどりの毛玉の群れ。青、桃、緑、銀。大小様々な“毛玉”たちが、ぴょこぴょこと浮かびながら音を発し、壁を擦り、床に触れ、古代機構に魔力を供給していた。
ロップスが彼らに声をかけると、もふもふ達は次々に振り向いた。
「ムー!」
「ムー!ムー!」
しゃべれるのはロップスだけみたいだ。
「ポロルリ、ミンナ、歓迎シテル!ムー!」
よかった。この数に敵対されたら大変だ。
「……ココヲ管理している保守精霊。都市ノ循環、維持シテル」
ポロルリたちは、この都市機能の一部らしい。魔導力の循環装置、通信の補助機構、記憶装置としての機能を持ち、それを維持するためにポロルリたちが代々働いてきたのだという。
「ポロルリが都市の……一部? じゃあこの迷宮、最初から“遺跡”じゃなくて、“現役のシステム”ってこと?」
ウチャの問いに、ロップスは丸い身体をくるくると回しながら頷いた。
そして、大広間の奥のゲートが、ゆっくりと開いた。
ロップスが僕らを呼ぶ。
「アナタタチ、必要ナ人間ナリ。マドウAIガ、話シタイ言ッルミタイ」
その先にあるのは、ただの迷宮ではなかった。都市を動かす意思――
魔導AIが眠る、地下中枢領域だった。
「え?そんなところ入っていいのかな」
「あたしたち呼ばれているみたいね」
「行くでしょ!」
僕たちは互いに顔を見合わせ、頷いた。
小さな依頼のはずだった。
でも、いま目の前にあるのは――都市の秘密、その扉だった。




