下水道調査
朝のモノレールは、ギュウギュウ詰めの通勤時間を過ぎ、ようやく空気に余裕があった。だが車窓の外に広がる風景は、いつもの色彩豊かなマーケットや魔導看板の明滅とはまるで違っていた。
ニューメキ北区。
そこは、都市の心臓部とも呼ばれるインフラの地。高層の煙突から白煙を吐き続ける下水処理塔やゴミ処理施設。魔導力を誘導する半透明のパイプが幾重にも絡まり、おびただしい数の巨大な配管が地面と空中を走る。
地鳴りのような振動が絶え間なく伝わり、金属の唸る音が風のように吹いていた。
空は煙が雲になって鉄灰色。ここには、生活の香りはない。都市を裏で支える無機質な施設が集まる。
「うわぁ……なにこれ、でっかい湯沸かし器?」
モノレールを降りたウチャが、目を輝かせて言った。背中の大きなリュックを揺らしながら、構造物のひとつひとつに感嘆の声を上げる。
魔法と魔獣がいるファンタジーの世界に転生しているはずなのに、元々の世界と見間違うほど工業的な風景。
僕はこの依頼を受けるのが不服だった。ブーツの先で錆びた金属片をつつく。
「……経験を積むために引き受けることにしたとはいえ、安すぎるよね。これ、3人で分けてパン一個分だよ」
「仕方がないわ。他の依頼はもっと安いし、なんの経験にもならなそうなものばかりだったわ」
ヴィオラが冷めた声で応じる。小さなリスト端末で地図を確認し、目的地を指差す。
3人が目指すのは、行政区画と処理施設の境にある古い下水道の出入口。報告によれば、数日前から「奇妙な雑音」が続いているらしい。だれからも見向きもされなかった依頼。Fランクにはそういう依頼がたくさんある。
歩道は、グリッド状に走る魔導動力のチューブや点滅する指標灯があちこちで光っている。
足元の鉄板からはわずかに熱を感じる。都市機能を支えるこの区域は、常に稼働し、決して眠らない。
やがて辿り着いたのは、やや広めの広場の片隅。無数のバルブが咆哮をあげる脇、コンクリートに囲まれた地面に、厚い鉄の蓋が鎮座していた。大きな警告プレートが掲げられている。
*関係者以外立入禁止:旧下水第36管区*
「おねぇちゃん、ここであってるの?」
「そうね。間違いないわ」
ウチャだけがやる気満々だ。
「冒険!探検!早く行こう!」
ため息をつきながら、蓋のロックを外す。錆びついてはいたが、なんとか持ち上がる。
「じゃ、行きますか」
「ドラコニア団の調査開始!」
ウチャがぴょんと跳ねて、先に降りていった。背中の「ピカンポ」がぽっと柔らかい光を放ち、階段の奥へと広がっていく。
地下へ降りると、空気が一変した。湿気を帯びた冷たい風、耳に触れるような低いノイズ。だが、想像していたような腐敗臭はなかった。
「下水道の割には臭くないわね」
「この辺りは処理済みの水が流れてるみたいだよ。循環系の一部なんだ」
僕は天井の魔導管を指さす。そこには、微かに脈動する青白い光が走っていた。そのおかげでピカンポがなくても多少の明るさがある。
金属板でできた壁面。整然と並ぶ点検用バルブ。規則的に並ぶ照明水晶のくすんだ光。
下水というよりも、地下要塞。ここはまさしく、都市の血管だった。
「……なんか変な音、聞こえた?」
ヴィオラが立ち止まる。奥の方から、ごくかすかに……かちゃ、かちゃというリズムのような音が響いてくる。
「んー?よくわかんない!」
ウチャは明るく言ったが、その顔にはいつもの無邪気さとは違う、かすかな緊張が走っていた。
どこか、機械のうめきのような。
あるいは、眠っていた何かが目覚めようとする声のような。
静寂の中、僕たちは、その声の正体を確かめるため、鉄と魔導の迷路をさらに奥へと進んでいった。




