ウチャの個別レッスン
魔法アカデミーの一角、朝の陽射しが優しく差し込む小さな実習室。窓辺の古びた机の上には、色とりどりの魔法具が置かれている。
そして、いつものように私の課題として用意された果実ジャム入りの小鍋が置かれていた。ジャムを入れる瓶には「ウチャ」と名前を書いてある。
ここは、私のために用意された個別レッスンの教室。教壇には、長い白髭をたくわえた風魔法の達人、アポマワ老師が立っている。いつも穏やかな笑顔を浮かべている。100歳を超える人間で、シワシワだけど、その背筋はぴんと伸びていた。静かだけど、ただならぬ空気をまとっていた。
それもそのはず。アポマワ老師は、魔法アカデミーの校長だ。
なぜ校長自ら、わざわざ私を個別レッスンしてくれるのかは、よくわからない。
「ウチャ。火の魔法とは違い、光の魔法は素材を優しく包み込む。だがその分、微細な制御が求められる。――最近、お前はかなり上達したな」
私は思わず、小さな拳をぎゅっと握りしめた。うれしさ半分、不安半分。もっと強い攻撃魔法が使えたほうが、きっとみんなの役に立つ。けれど、私はどうしても攻撃魔法が好きになれなかった。その気持ちは、以前、アポマワ老師にも打ち明けたことがある。
「はい、先生!」
返事と同時に杖を手に取り、深く息を吸い込んでから、呪文を唱える。
「ユキピスタ」
杖の先から、淡く白い光がふわりと放たれた。それは柔らかな風に乗って、鍋の中のジャムへと降りていく。
思えば、はじめの頃は何度もジャムを焦がした。光の魔法は火と違って目に見えにくく、制御が難しい。けれど今では、焦げることは滅多になくなった。この半年の練習の成果だ。
完成したジャムは、孤児院の子供たちに届けている。みんなが笑顔で「おいしい!」って言ってくれるのが、私のささやかな誇りだった。
アポマワ老師は、私の様子をじっと見つめたあと、静かに口を開いた。
「ウチャ、魔法の基礎を忘れるでない。魔法は感情を映す鏡だ。焦りや不安は力の暴走を招く。お前が安定した火力を保てるようになったのは、心を落ち着けて魔法と向き合えるようになった証だ」
私は静かにうなずくと、もう一度、ゆっくりと詠唱を始めた。今度の光は、より穏やかでまろやかだった。ジャムは焦げることなく、表面に小さな泡をゆっくりと浮かべていく。
「……いい感じ……!」
思わず声が漏れた。今日のジャムも、うまくいきそうだった。
すると、老師がふと笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。
「ウチャよ。実は黙っておったことがある」
「え? なに?」
私は思わず、杖を持ったまま顔を上げた。
「ウチャの魔法の制御は、すでにニューメキにいる大半の魔法使いを凌ぐほどに正確じゃ。実はのう――火力そのものも、かなり上がっておるのだ」
「ええっ?」
「強い火力とは、ただ魔力をたくさん注ぐことではない。密度を持った魔力は、それだけで強い影響力を生む。お主の魔力は、今や以前の五分の一で、以前より早くジャムを煮詰められておる。これは立派な進歩じゃ」
「たしかに……早く煮えるし、疲れにくくなったかも」
「もともとお前の魔力は強い。その杖を使えばなお強い。
だが、何より大切なのは、それを制御できるようになったということじゃ。
半年、この修行をよく続けた」
私は顔を上げて、正直な気持ちを口にした。
「……ありがとう、老師。でも、やっぱり私は攻撃のために魔法を使いたくないの」
アポマワ老師は、少しだけ目を細め、深くうなずいた。
「それでよい。大切なのは“攻撃か否か”ではない。“何のために魔法を使うか”じゃ」
「何のために……?」
「いずれ、その答えは自分の中に見つかるだろう。ウチャ、今のお前にできることはただ一つ。――密度を上げ続けなさい。ジャムを煮詰める練習は、魔法の本質そのものを磨いておるのだ」
「はい、老師!」
私はまっすぐに答えた。今日のジャムも、きっと美味しくできる。焦げても、失敗しても、またやり直せばいい。魔法はきっと、誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを笑顔にするためにある。そう信じていた。
「励むがよい。ウチャもいつか風と雷の精霊ゼファーに加護をもらうかもしれぬな」
「ゼファー?」
「いや、ウチャは光の精霊カリムの加護の方が似合うか。あのミピシトの弟子ドラコニアの弟子じゃもんなぁ。ふぉふぉっふぉ」
「カリム!いつもカリムの杖が助けてくれる!」
「そうか、そうか」
アポマワ老師は、笑いながら細い目をさらに細めた。
「ねぇ!老師。ドラコニア様のお話聞かせて!」
「いいじゃろう。惜しい男を亡くした。まだ若かったのにのぅ....。ドラコニアとエキドナの馴れ初めの話をしてやろうか」
アポマワ老師は、若き日のドラコニアの仲間だった。
「聞きたーい!してして!」




