冒険者ギルド
風と雷の魔法が駆動する都市、ニューメキ。その高層層を縫うように走る空中モノレールの車両の中で、ウチャはぴょんぴょんと跳ねていた。
「見て、あれ見て! 空飛ぶカフェだよ、ピピン!」
ウチャが指さす先、霧の合間に浮かぶのは、まるで宙に吊るされたようなガラス張りの建物だった。小さなプロペラと風精石の結晶が取り付けられたその構造体は、ゆるやかに回転しながら、客たちに眺望と食事を提供していた。
「……すごいな、あんなの、ブラジ島にはなかったよな」
転生前の都市よりも未来のような街かもしれないと、思わず目を見張る。
ヴィオラは背後の手すりにもたれながら腕を組み、「ここにきて半年だけど、本当に島を出てよかったわ。毎日夢みたいって思うの」と目を輝かせる。
ウチャがドヤ顔で語る。
「風と雷の精霊の加護が街を作ってるって、魔法アカデミーで聞いたよ!」
ニューメキ——魔法と技術が融合したこの都市は、古代ビル群の残骸の上に再建された立体都市であり、いまや冒険者たちの聖地でもある。
モノレールがギルド本部前の停留所に差しかかると、3人は車両を降りた。吹き抜けの広場には、冒険者志望の若者や、すでにランクを持つ猛者たちが行き交い、ギルドの塔の扉の奥へと吸い込まれていく。
ギルド本部——それは、都市の中央区にそびえる白亜の塔。風で常に回転する魔法仕掛けの看板が、くるくると「依頼受付中!」と明滅していた。
「よし……行こうか」ピピンが一歩を踏み出すと、ウチャとヴィオラもその背中を追った。
*
ギルドの内部は天井が高く、石と金属の装飾が重厚な雰囲気を醸していた。中央には大きな円形の受付カウンター。その奥には「クエストボード」と呼ばれる巨大な掲示板があり、色分けされた依頼書がびっしりと張り出されている。
「……やっぱりFランクじゃあ、まともな依頼はないなぁ。」
僕はそのボードを見上げながら、ぽつりとこぼした。
貼られた依頼の多くには、左上にランク指定の刻印がある。赤い「C」、青の「D」、緑の「E」、そして茶色の「F」。Bランク以上は、非公開だ。
街の外へ出るような魔獣討伐、ダンジョン調査といった高報酬の依頼は、どれもCランク以上。
都市内の重要任務——警備や魔導装置の監視などはD、もしくはE。
Fランクに割り当てられているのは、猫の捜索や迷子探し、荷物運びなど、どれも地味な仕事ばかりだった。
「これは……パン屋の配達補助。こっちは花壇の水やり……」
ウチャが依頼書を読み上げるたび、ヴィオラの眉間が寄っていく。
「労力のわりに報酬が……安すぎる」
そのとき、カウンターの向こうから軽やかな声が響いた。
「ものは経験だから、いろいろ挑戦してみてね!」
ギルドの女性職員、ミニマナが、にっこりと笑みを浮かべてこちらを見ていた。胸元には「案内担当」のバッジ。腰には小さな魔導端末がぶら下がっている。
「Fランクってことは、仮登録かな? 三人でチーム“ドラコニア団”だっけ?」
「はい。仮登録って……やっぱり不利なんですか?」僕が問うと、ミニマナはふふ、と笑った。
「そうね。仮登録チームは本登録されるまで、Fランク限定の依頼しか受けられないの。でも、それでも依頼をこなしていけば、評価が上がっていくわ。報酬も、名声も。なにより、経験値が違うから。」
「なるほど……」
ヴィオラは納得したように頷く。
「それに、正式登録チームには“4人以上”っていう条件もあるの。いずれ、もう一人仲間が必要になるわね」
「4人目か……」
ピピンがつぶやくと、その背後から太い声が響いた。
「はっ、ガキが騒いでんじゃねぇよ。ここは遊び場じゃねえぞ?
甘く見てると、死ぬぞ?」
振り返ると、肩幅の広い男が腕を組んで立っていた。重厚な鎧に、銀枠のギルドカードがぶら下がっている。Cランクだ。
「お前らみたいなヒヨッコは、まずは猫でも追っかけてな」
「うるさいわね。誰にでも最初があるでしょ」
ヴィオラが一歩前に出る。
「ダラガル、新人をいじめるのはやめてちょうだい」
ミニマナが男をとがめる。
「チッ……まあ、俺たちに迷惑かけるなよ。ガキの尻拭いはごめんだぜ。じゃあな」
男が立ち去ると、ミニマナが微笑んで言った。
「ダラガルって、口は悪いけど根は優しいのよ。君たちの初仕事、ちゃんと見てるかもね。」
僕はもう一度クエストボードを見上げた。
この都市には、強者も、弱者も、理不尽も、夢もある。
まだまだ何も知らない。でも、ここから始めよう。
「……よし。どんな依頼でも、やってやろう」
「うん、経験値稼ぎだね!」
ウチャが笑う。
「最初くらい、派手じゃなくてもいいわ」ヴィオラが頷いた。
こうして——
“ドラコニア団”の冒険者としての第一歩が、静かに踏み出された。




