孤児ポニュラ
僕が刃角の孤児院の門を叩く前に、扉はすでに開いていた。
「おや、今日もありがとう。ピピン」
現れたのは、クラッピだった。刃角の大人の女性で、肩にかかる黒髪を布で束ねた姿。刃は手首から肘にかけて湾曲しており、控えめに光っていた。
母性を形にして歩くかのような豊かなフォルムは、見るだけで癒されて、自然と心が安らぐ。
彼女の声は、深く、落ち着きがあった。耳を澄ますような優しさが、そこにはあった。
「こないだ持ってきたジャム、子どもたち、喜んでたわ。おかげで朝が騒がしいの。『パンちょうだい!ウチャの苺ジャムつけて!』って」
「……それは、ウチャも喜ぶよ。ウチャも子供達のために頑張って煮詰めたって言ってたよ」
僕はクラッピの美しさに照れ笑いを浮かべながら、包みを差し出した。
クラッピはその包みを丁寧に受け取り、ちらりと紙芝居を見て小さく笑った。
「紙芝居もね。みんなが待ってるわ」
僕は、十数人いる子供たちに紙芝居を読み聞かせたり、ポルシェッタを使って手品を見せたりした。
追いかけっこやおんぶにだっこなど、ひとしきり子供達と遊んだ後、ふと気になったことをクラッピに聞いた。
「そういえば、今日はポニュラの顔が見えないんだけど?」
クラッピは頷いた。
「今日は、奥の部屋で絵を描いてた。ずっと、燃えてる街の絵をね」
その言葉に、僕の胸がきゅっと締めつけられる。
⸻居室の奥、小さな座敷のようなスペースに、ポニュラはいた。
鉄色の刃が右の頬にかかるように走っていて、長い前髪で隠すようにしている。年のころは6つか7つ。僕より年齢が少し下の女の子。床に伏せた紙に一心にクレヨンを走らせていた。
「……ポニュラ」
僕が声をかけると、少女は顔を上げて、ぱっと笑った。
「ピピン!来てくれたんだ!」
彼女は嬉しそうに立ち上がって、だがすぐに「あっ」と言って床に戻り、一枚の絵を持って立ち上がった。
「見て。今日のは、ちょっと上手く描けたと思うんだ。へへへ」
紙には、赤と黒の渦が広がる。建物が崩れ、煙が空にのぼる様子。人の影が逃げていく。その中に、小さく刃角の少女が描かれていた。
「夕方にね、光る星が降ってきたと思ったの。そしたら、爆発して、家がたくさん燃えたんだ」
「……これは、ポニュラの故郷?」
僕がそう尋ねると、ポニュラは一瞬黙って、うなずいた。
「うん。あたしの育ったケニスの村。アイツら……に燃やされた」
ここではゴチャリングスの名前は禁句だ。名前を聞いただけで、泣き出す子供が大勢いる。
クレヨンを持つ手が少し震えている。それを見て、僕は言葉を失った。
でも、ポニュラは笑った。少しだけ――大人びた、悲しみを知ってしまった子どもの笑みだった。
「描いてるとね、思い出すの。匂いとか、音とか。ちょっとつらい。でも、忘れるほうがもっとつらいから」
そして、彼女は箱の中から何枚も絵を取り出して見せてくれた。燃える街、叫ぶ人、逃げる家族。そして、壊れてしまった小さな家。
僕は黙って絵を一枚一枚受け取った。言葉が、どれも足りない気がした。
背景を黒で塗られた炎の絵の中に一枚だけ、明るい色彩の背景に虹が描かれた絵を見つけた。空を飛ぶ大きな鳥と、それに乗る人影。
「これ……」
「これはね、あたしの夢。ピピンとヴィオラとウチャが乗ってきた大鵬……前にもピピンがこの街に来た時のこと話してくれたでしょ?」
ポニュラはその絵を見ながら、小さく囁いた。
「……あたしも、あんな風に、強くなりたい」
ピピンは、絵をそっと受け取り、そばにあったクッションに腰を下ろした。
絵をよくみると見慣れないものが描かれていた。
「あれ?この毛むくじゃらの丸っこいのは?」
オレンジ色で丸いクッションみたいな身体。小さくて丸い尻尾がついた変な生き物。
なんだろう?見たことがない。
「……なんか描きたくなったんだよ。ぴょこぴょこ跳ねる感じのイメージが頭に湧いたんだ」
不思議な子だ。絵の才能があるんだろうな。
「ねぇ、紙芝居。読んでほしい」
「……じゃあ、今日は強くなった巨人のお話でもしようか。“赤い目の巨人”」
ポニュラはぱあっと顔を輝かせて、頷いた。
「うん!」
僕は紙芝居を開きながら、心の奥で呟いた。
強くなるって、なんだろうな。戦えること? 守れること? ……それとも、忘れずにいられること?
そして、いつものように、物語を語り始めた。
僕のあぐらの中にすっぽりと座るポニュラの小さな手が、僕の服の端をぎゅっと掴んでいた。
この街で情報を集めて、修行して力をつけて、ゴチャリングスに対抗する方法を見つけるんだ。
僕たちが生き抜くために、孤児を増やさないために。ゴチャリングスの暴力は止めなくてはいけない。




