大鵬
大鵬は深い息を吸い込むと、穏やかに吐き出した。その吐息ひとつひとつに、時間が止まったかのような感覚に包まれる。まるで長い眠りから目覚めたばかりのような、そんな気配を漂わせて。
そして、ようやくその巨体を動かし、静かに口を開いた。
「……懐かしいメロディが聞こえたから、やってきたよ。」
その声は深く、どこか温かみがあり、広がる空間に響いた。大鵬は鋭い目を細めると、僕の手元の笛をじっと見つめて言った。
「その笛——私を呼ぶ笛だよ。」
僕は思わず息を呑んだ。心臓がドクドクと速く脈打つ。
「お前が、私を呼んだのかい?」
その言葉が、僕の胸にずしんと響いた。
視線が交わる。その圧倒的な大きさに、心臓が跳ね上がるような感覚がした。ヴィオラもウチャも言葉を失い、ただ大鵬を見つめている。
——これほどの存在を、本当に自分が呼び寄せたのか?
——本当に、僕が……?
喉が渇く。何とか声を絞り出して、僕は言った。
「……はい。」
大鵬の瞳がわずかに細まる。喜びなのか、興味なのか、それとも別の感情なのか、僕にはわからなかった。
そして、大鵬は少しの間黙っていたが、やがて大きく笑い出した。
「ハーッハッハッハ!!」
天を揺るがすような高笑いが響き渡り、周りの空気が振動するような気がした。
「いきなり頼み事とは、いい度胸だな!」
大鵬は大きな翼を広げ、夕陽を背負いながら、まだ笑いが止まらない様子で言葉を続けた。
「理由なんて聞かないよ。そんなもの、私にはどうでもいいこさ!」
僕は息を呑んだ。
——そんなことより、私が言いたいことは……
大鵬は急に目を細め、鋭い笑みを浮かべて言った。
「可愛い女の子を二人も引き連れるとは……なかなかやるじゃないか」
ヴィオラとウチャは顔を真っ赤にして、慌てて否定する。
「ち、ちが……!」
「いいんだ、いいんだ。みなまで言う必要はないさ。私に隠し事はできないよ。心が読めるんだからさ」
心が読める?
それは——驚くべきことだった。大鵬が言うには、僕たちの心の中の全てが見えているという。
「愛はな、大きいほうがいいのさ!それで、大陸のどこに行きたいんだ?」
「ど、どこでもいい。大陸なら」
「くー!!いいね。ここではないどこか、見知らぬ大陸ならどこでもいい!ひーーー!!青春!これが!うー!」
大鵬がその巨体を揺らして、歓喜の声をあげる。ヴィオラとウチャは呆然とその様子を見つめている。
「こ、濃いねぇ。恋焦がれちゃうよ。あぁ!愛する女と一緒に旅立つ若者よ」
「ええ?そ、そんな意味じゃないんだけど」
「——コホン。取り乱して悪かったね。鳥だけに、トリ乱してしまったよ。許しておくれ。さて、頼みを聞いてやろう」
大鵬は一瞬の間を置いて、言葉を続ける。
「ただし、条件がある」
その言葉に、僕は思わず緊張した。
「次に私と会うとき——」
大鵬の瞳が夕陽のように光り、強い光を放った。
「お前たち三人の恋の進展を話してもらうぞ」
「……は?」
ヴィオラとウチャも驚いて顔を見合わせる。僕もすぐにその意味を理解した。
「私は恋バナが大好物でねえ。お前たちがどんな物語を紡ぐのか、楽しみにしてるよ!」
「なっ……!」
ヴィオラもウチャも、何か言いたげにこちらを睨んでいる。
——ここで断ったら、大陸に行くことは叶わない。
「……わかった!」
僕は覚悟を決めて返事をした。
その瞬間、ヴィオラとウチャが一斉に僕のお尻をつねった。
「い、痛い! わ、わかった!悪かったから……!」
「本当に話さないとダメなの?」
「大鵬が言うなら仕方ないだろ……!」
「むぅ……!」
「まあまあ、いいじゃないか」
大鵬は満足げに笑いながら、翼を広げた。
「さあ、乗りな。大陸に連れて行ってやる」
僕たちは大鵬の背中に乗り込む。ヴィオラとウチャは、まだ文句を言いたげだが、仕方がないと諦めたようだった。
「振り落とされないように、しっかりと羽毛を掴むんだよ」
ふわり——
大鵬は大地を蹴り、優雅に空へと舞い上がった。
「さて、どこへ行くか」
瞬間、赤い花びらが舞い上がり、風に乗って煌めいた。大鵬はその羽ばたきで空を切り裂き、ぐんぐんと高度を上げていった。
「まぁ、若者には都会がいいだろう。ニューメキがいい。私が知ってる一番の都会に連れて行ってやろう」
「都会!ウチャ、都会行きたい!」
ヴィオラが息を呑む。
ウチャが目を輝かせる。
僕もまた、広がる景色に言葉を失った。
眼下には、無限に広がる赤い花の絨毯——
空を見上げると、そこには——
「虹……!」
黄金色の夕陽が、雨上がりの空に大きな虹を架けていた。
その虹の彼方へ——
大鵬の背に乗り、僕たちは空へと舞い上がった。
ふわり——
まるで大気そのものが柔らかくなったような感覚。大鵬の羽ばたきが空気を震わせ、僕たちを高く、さらに高く運んでいく。
眼下に広がるアレイオスと孤島の緑。
僕たちは目を奪われるように、眼下の景色を眺め続けた。
「バイバイ、アレイオス」
ウチャも微笑みながら、ヴィオラの言葉に頷いた。
そして、大鵬はさらに翼を広げ、海へと向かって飛び立った。




