↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

214/232

笛の音色

しばらく誰も言葉を口にしなかった。


 風が吹くたび、赤い花が一斉に揺れる。


 さらさら……。


 花の波が谷を渡っていく。その音に耳を澄ませていると、胸の奥が少しくすぐったくなるような、不思議な気持ちになった。


 僕はふと、胸元にしまった笛へ手を伸ばす。


「吹いてみてもいいかな」


 ヴィオラが穏やかに頷く。


「もちろん」


 ウチャも期待したように笑った。


「聞きたい!」


 僕は修理された笛を静かに取り出した。


 ドワラゴンが直してくれたばかりの笛は、夕陽を受けてほのかに輝いている。


 ゆっくりと息を吸う。


 最初のころは、音を出すだけで精いっぱいだった。


 指は思うように動かず、息は震え、リーネには何度も笑われた。


 それでも毎日少しずつ吹き続けた。


 何度も失敗して、何度も吹いて。


 ようやく、旋律らしい旋律を奏でられるようになった。


 僕は目を閉じる。


 ふぅ、と息を吹き込んだ。


 澄んだ音色が谷へ溶けていく。


 赤い花の海を渡り、風に乗って遠くまで流れていく。


 自然と指が動く。


 リーネが教えてくれた、あの曲。


「……!」


 隣でヴィオラが小さく息を呑んだ。


「その曲……」


 笛の音が途切れる。


 ヴィオラは胸に手を当て、震える声で言った。


「リノスの歌……」


 その瞳には、涙が浮かんでいた。


「え?」


 僕は驚いてヴィオラを見る。


「知ってるの?」


 ヴィオラは涙をぬぐい、小さく笑う。


「ええ。ドラコニアがよく口ずさんでいた歌よ。」


 その言葉に、ウチャも目を丸くした。


「あっ! あたしも知ってる!」


 勢いよく一歩前へ出る。


「小さいころ、お母さんが歌ってくれた!」


 僕は二人を交互に見た。


「そうだったんだ……」


「続きを吹いて。」


 ヴィオラは優しく微笑む。


「私たちも歌うから。」


 僕は静かに頷いた。


 もう一度、笛を口元へ運ぶ。


 今度は迷わない。


 柔らかな旋律が再び流れ始める。


 その音に重なるように、ヴィオラが歌い出した。


 透き通るような澄んだ歌声。


 続いてウチャも声を重ねる。


 明るく伸びやかな歌声が、ヴィオラの声と溶け合っていく。


 二つの歌声と、一つの笛。


「君が去ってから

声は、風に散りさった。悲しみが枯れた木を濡らせ

どうして君と踊れないの

涙は、海を目指し、地を這い、闇に沈むよ


君が戻ってから

声は、流れる小川。喜びが梢のつむじ風

どうしても君と踊るの

涙は、海にたどりつき、雲になり、虹をつくるよ」


 風が吹く。


 赤い花々が一斉に揺れ、まるで音楽に合わせて踊っているようだった。


 谷いっぱいに、笛と歌が響き渡る。


 空へ。


 花の海へ。


 遠い記憶の向こうへ。


 誰も言葉を交わさない。


 ただ、その音色だけが、静かに世界を満たしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。