泉と花
天気予報なんてあったら、今日みたいな日はきっと「警報級」って言われてるはずだ。
アレイオスの街を離れたとき、空は晴れ渡っていた。バンデラも、リーネも、笑顔で手を振ってくれていた。そのときは誰も、数時間後に嵐に飲まれるなんて思ってなかっただろう。
「うわぁ……すっごい雨!さっきまで晴れてたのに、どうしてこんなことに……!」
ウチャが傘もない頭に両手を当てながら叫んだ。
まるで空が怒ってるみたいだった。雨は叩きつけるように降り、風は体ごと持っていかれそうな勢い。
僕のマントは羽ばたく鳥みたいに暴れて、歩くことすら難しかった。
「足元に気をつけて」
ヴィオラが冷静に言った。道が川のようになっている。
「ポルシェッタに頼るしかない」
僕は片手を上げ、掌に魔力を集中させる。ポルシェッタの魔法が発動し、周囲の水を吸い上げて渦のように巻き、外へと排出していく。小さな空間だけど、僕たちはその中心にいた。
「すごい!バリアみたい!」
ウチャが感嘆の声を上げる。
「でも、これじゃ進むのがやっとね……足元がぬかるんでるし、視界も悪い」
ヴィオラの言う通りだった。水を吸い込むだけでは、この嵐には焼け石に水だ。
雷が一閃、目の前の地面に落ちる。土が弾け、白煙が立ち上った。
「っ……あっ! あの橋……!」
ウチャが指差した先に、かつてヴィオラとドラコニアが渡ったという橋があった。いや、もう“あった”とは言えない。濁流に巻かれ、轟音と共に崩れていく。
「……間に合わなかった」
ヴィオラの言葉に、濡れた髪が静かに揺れる。
「どうしよう?向こう岸に行けないよ!」
だが、僕は首を横に振る。
「行くしかない。ポルシェッタを使う」
深く息を吸い、全身に魔力を巡らせる。雨粒を巻き込むようにポルシェッタを集中させて……放つ。水流の爆発的な推進力を利用し、僕は宙を翔んだ。
足元の景色がぶれる。雨のカーテンを裂いて、向こう岸へと飛び移る。
「うそっ!そんなことできるの!?」
ウチャの声が背中から響いた。
着地の瞬間、足がぬかるみに沈む。すぐに振り返ると、二人とも僕を見ていた。
「……ピピン、やっぱりすごいわね」
ヴィオラが呟く。
「飛ぶのは魔力の消費が大きすぎる」
その言葉に、ヴィオラはわずかに微笑んだ。
「じゃあ、行こう。ここまで来たんだから」
嵐のあとに
夕暮れ、キョウカ村が見えてきた頃には、雨はすっかり止んでいた。
「……雨が……止んだ?」
ヴィオラが空を仰ぐ。
雲の切れ間から光が差し込む。黄金色の夕陽が大地を照らし、湿った空気を押し流すように風が吹いた。
サラサラという草木のこすれる音が、ヒソヒソと内緒話をしているように聞こえた。行く道もすべて一面赤い花、来た道も真紅で鮮やかだ。
まるで赤い花をぎっしりと敷き詰めて、合わせ鏡にした世界に閉じ込められてしまったような錯覚を受けるほどに。
ふと見回すと、谷の斜面が全て真っ赤に染まっている。
窪地に小さな泉が湧き、赤い花が真紅の絨毯のような咲く中に、ぽっかりと水面が鏡のように空の青を映している。
僕は、あまりの美しさに息を呑み、無言で歩く。
真っ青な空と花の赤、青々とした葉っぱに囲まれて、目がチカチカする。
目の前には、赤い花が咲き乱れていた。まるで真紅の海。雨に濡れた花弁が光を受けて宝石のように輝いている。
「うわぁ……!」
ウチャの声が響く。
「……こんなに美しかったなんて……」
ヴィオラもまた、見惚れていた。
「まるで、嵐が過ぎるのを待っていたみたいだな」
「……うん。嵐があったからこそ、今のこの景色があるんだね」
風が吹くたびに、赤い花が波のように揺れる。すり鉢状の谷に咲き誇る紅花。その甘い香りが鼻をくすぐる。
静かな、でも確かな時間が流れていた。




