ユキピスタ
ガナルワは、静かに剣を構えた。
青白い光が刃を包み、空気がざらつくような、鋭く冷たい魔力が周囲を満たしていく。
「どうやら、お前だけが戦えるようだな」
彼の声は、まるで断罪のようだった。私の心臓が強く跳ねる。
「ウチャ、気をつけて」
ピピンがかすれた声を出す。
気をつけてと言われても。
……ダメだ、私、攻撃魔法使えない。
それでも私は杖を握りしめた。震える手。膝。止まれ、怖がるな。皆を守らなくちゃ。
「ピファール!」
彼の斬撃が空を裂き、真っ直ぐ私に向かって放たれた瞬間、私は魔法の壁を展開する。
バシュッ――!!
強化したピファールが、蒼い斬撃を弾き飛ばす。
「なに……?」
ガナルワが目を見開いた。
けれど私にはわかってた。今のは、ただの奇跡。もう一度来られたら、次は無理。
斬撃が再び飛ぶ。彼の動きは鋭く、早く、美しかった。避けられない。肩を裂く痛みが走る。
「……ピカール!」
治癒の光が傷を包み、痛みが引いていく。
けど、怖い。怖い……!
「どうした、防御と回復だけでは俺は倒せないぞ」
その通りだ。私は、戦えない魔法使い。
でも。
でも、それでも。
「……ガナルワ、お前を倒す!」
私は杖を高く掲げ、唱える。
「ユユキレイスタ――!!」
何も起きなかった。杖が少し光っただけ。
沈黙が降りた。
「……は?」
ガナルワの顔がポカンとした。
私はおどけて言った。
「なーんてね。ハッタリよ。やっぱりダメだ。ユユキレイスタ、死ぬ前に使ってみたかったな」
杖を、悔しくて、ぎゅっと握る。
ガナルワは嘲笑した。
「警戒して損をしたな。全てを焼き尽くすユユキレイスタ、お前に使えるわけがない。次の一撃で終わりだ!」
次の斬撃が、青い光を放ってこちらに向かってきた。
私は、死を覚悟した。
その時――
ドラコニアとの記憶がウチャの脳裏を駆け巡った。
ある秋の日のことだった。
森で集めた落ち葉を高く積み上げ、焚き火で焼き芋を作ろうとしていた。
「焼き芋、焼き芋、楽しいな」
ウチャは木の枝をこすり合わせたり、息を吹きかけたりして、なんとか火をつけようとしたが、どうしてもうまくいかなかった。
「うう……火がつかないよ……」
すぐそばで見ていたドラコニアは、呆れたようにため息をついた。
「そんな手間のかかることをしなくても、魔法を使えば一瞬だろう?」
「でも、火をつける魔法はちょっと怖いし……」
「はぁ……仕方ないやつだな。
じゃあ、お前でも使える簡単なやつを教えてやるよ。」
そう言って、ドラコニアは杖を掲げた。
「見てろよ。ユキピスタ!」
すると、杖の先から小さな光の柱が立ち上り、瞬く間に落ち葉が燃え上がった。
「わあっ! すごい!」
「これはな、ちょっと火をつけるだけの魔法だ。焚き火をするにはちょうどいいだろ?」
ウチャは興奮しながら何度もその呪文を復唱した。
「ユキピスタ、ユキピスタ……!」
「まあ、攻撃にも使えないことはないがな……お前には、そういう機会は来ないといいな。焼き芋するくらいにしておけ」
「うん!ウチャ焼き芋大好き!」
「よしよし」
「焼き芋、焼き芋、ユキピスタ!」
――その言葉が、胸の奥に響く。
そして、今。
私は、目を開いた。
「……ドラコニア様、ありがとうございます」
杖を掲げる。もう震えてはいなかった。
杖が、まばゆい光を放つ。青い斬撃が、その光に飲まれて、かき消えた。
「ユキピスタ!」
ガナルワはせせら笑う。
「どうせまたハッタリだろ?」
黄金の光が、杖の先から解き放たれる。ふざけた火種じゃない。私のすべてを込めた、魔法。
「……なんだ?この光は? あ、熱い……っ!」
光は次第に苛烈になり、柱のように天を貫いた。
「ぐ……ああああああ!!!」
ガナルワの身体が、音を立てて焼け、黒く崩れていく。
そして、何も残らなかった。
……戦いは、終わった。
「こ、怖かった。もう嫌、こんなの!」
私は、肩で息をしながら、杖を握りしめていた。
奥から、ザラーバスが現れた。まるでつまらない芝居でも見たかのように、ため息をつきながら。
「……興味ないわ。ガナルワも無駄死もいいところじゃないの」
そのまま、くるりと背を向ける。
「ジェッピ様はゴチャリングスの女と大陸に行ってしまったし。私たちは捨てられたのよ。さようなら」
静かに、彼女は去っていった。
その瞬間、ピピンとヴィオラが動けるようになった。
「……動ける!」
「ウチャ……お前、やったな……」
私は、微笑んだ。泣きたかった。叫びたかった。でも、今はただ、立っていたかった。
――けれど、安堵も束の間だった。
「侵入者だ! 王座の間に敵がいるぞ!」
兵士たちの怒号が響き渡る。
槍を構えた兵士が、数十人。殺気に満ちている。
ピピンが叫ぶ。
「飛ぶぞ!」
ヴィオラと私は、ピピンに掴まる。
開け放たれた窓からベランダに出る。
「ポルシェッタ!」
爆発的な風が吹き上がり、私たちは空へと舞い上がった。
宮殿が小さくなっていく。




