導き
大理石がふんだんに使われた宮殿の室内は、重苦しい沈黙に包まれていた。
ジェッピが玉座のような椅子に腰掛け、その前に3人の親衛隊が膝をついている。
彼らは皆、ジェッピの隷属のスキルにより支配された者たちだった。
そしてそれぞれが親衛隊の中でも最強の3人だった。
だが、今日はいつにも増して空気が張り詰めている。
「——で?」
ジェッピは、長い沈黙を破った。
甘く響く声。しかし、その奥には怒りが滲んでいる。
「どうして、まだ見つからないのかしら?」
親衛隊たちは、肩を震わせた。
彼女が言っているのは、ピピンとヴィオラのことだ。
「私が直々に命じたわよね? それなのに、何日もかけて、まだ見つけられない。ねえ、これってどういうこと?ねぇ、ボルス、答えてごらん」
ジェッピの口調は穏やかだったが、その分だけ恐ろしさが増していた。
「……申し訳ありません……!」
親衛隊の一人、ボルスが、恐る恐る口を開いた。
「ボルス、こっちにおいで。私の目の前で言ってごらん」
ボルスがゆっくりとジェッピの前に進み出る。
「しかし、あの二人は……本当にどこにも——」
バチンッ!
乾いた音が響く。
ジェッピの手が、一瞬でその男の頬を打っていた。
「言い訳するな」
親衛隊は息を呑んだ。ジェッピの顔は笑っていたが、その瞳は冷たく濁っている。
「私は、理由なんて聞いてないの。ただ、結果を求めているのよ」
男はうつむき、震えながら「はい……」と答えた。
しかし、ジェッピの怒りは収まらない。
「あなたには、私のために働く義務があるの。だって、私はあなたを選んであげたんだから」
その言葉に、親衛隊たちは一斉に背筋を正す。
「でも、最近は怠慢が目立つわね……。もしかして、隷属のスキルを解いた方がいいかしら?」
ジェッピの視線が、一人の男に向いた。
ボルスは、ガタッと肩を揺らした。
「じょ、冗談は……やめてください……!」
男は土下座するように地面に額を擦りつける。
「お願いです、隷属を解かないでください! 私は……私はジェッピ様のために……!」
「ふふ、滑稽ね」
ジェッピは小さく笑った。そして、スッと手を差し出す。
「あなたの意思なんて関係ないの。私は、ただ“決めた”だけよ。ボルス、バイバイ」
次の瞬間、男の体から何かが抜け落ちるような感覚が広がった。
——隷属が、解かれたのだ。
男は、ゆっくりと顔を上げた。
——何かが違う。
まるで、長い悪夢から覚めたようだった。
ジェッピを見上げる。その姿が、今までと違って見えた。
美しく、慈愛に満ちた女神——だったはずのジェッピ。
だが、今は。
冷酷で、無慈悲で、底知れぬ恐怖をまとった支配者。
自分は、何をしていたのか?とボルスは我に帰る。
ジェッピに従っていたのは、自分の意思だったのか? それとも、スキルによるものだったのか?
わからない。
ただ一つ、確かなことがあった。
「…………」
——怖い。
男の全身が震えた。
ジェッピの存在そのものが、恐怖そのものに思えた。
「どうしたの? ボルス。自由になった感想は?」
ジェッピは微笑む。
男は、その笑みが、何よりもおぞましく感じた。
「う……」
息が詰まる。
鼓動が速くなる。
——逃げなきゃ。
無意識のうちに、男の手が動いた。
炎が灯る。
男のスキル——炎を操る力。
体が反射的に動いていた。
逃げるためには、ジェッピを排除しなければならない。
——殺さなければ、殺される。
「う、ああああああああッ!!!」
男は、炎をまとい、ジェッピに向かって飛びかかった。
——ジェッピが短く名を呼ぶ。
「ガナルワ、ザラーバス」
細身の女性がめんどくさそうに呟く。
飛びかかったボルスが硬直して、地面に落ちる。
身体が動かないようだ。顔には恐怖しかない。
「ガナルワ、よろしく」
次の瞬間。
「……調子に乗るなよ」
低く冷たい声が響いた。
ズシャッ——。
男の体が、弾けるように裂けた。
血が飛び散る。
親衛隊の一人、ガナルワが、青く光る剣を振り抜いていた。
男の体が崩れ落ちる。
燃え尽きるように、炎は消えた。
ジェッピは、血の飛沫を手で拭うこともせず、ただ一言。
「無様ね」
静かにそう言い捨てた。
親衛隊たちは、震え上がる。
その場にいた全員が、改めて理解した。
ジェッピに逆らうということが、何を意味するのかを。
カツカツと、大理石を踏み鳴らす足音が近づく。
ジェッピが不機嫌そうにその音の方を見る。
ガナルワとザラーバスも振り返る。
「いい。いいわ。ジェッピ」
そこには、ジェッピも親衛隊も知らない魔導士がいた。
ザラーバスが睨みつける。
どうやら硬直させるスキルは弾かれたようだ。
ガナルワが剣を構える。
「ガナルワ、待ちなさい。私の隷属が通用しないしない相手よ」
「私はゴチャリングスの魔導士グーグームー。ジェッピ、あなたを導きに来たの」
「私を導く?大陸のゴチャリングスか。ずいぶん偉そうね」
「この小さな島国の王になるか、この世界の王になるか、あなたならどっちを選ぶ?」
「くくく。私を利用しようというのか」
「あら?察しがいいのね。あなたも人を利用するのが好きみたいだけど?」
「面白い。ちょうど退屈していたところよ」




