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華と狼  作者: 立花
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陸(修正後)

 体をすっかり拭い終えて、頭を濡れた手拭いでがしがしと拭いていると、部屋に男たちが戻ってきた。

 体に湯の熱気を纏いつかせながら部屋に入り、畳にごろりと横になる。

 同じ部屋に振り分けられたのは笙と蝉、それからかんという大柄の男とばんという糸目の男、しんという女顔の青年だ。

 廊下を挟んで反対の部屋には、甚と麟、狛、りょうという長身の男と駿しゅんという小男がいる。

 甚が引き連れていた隊士はこの十人で、烈を入れて十一人だ。

 王都には副長が一人と、隊士が他に十五人居るらしい。

 総勢で二十七名。

 これは警備隊としては非常に少ないらしい。


 置いてある手桶と手ぬぐいを見て、蝉が横になったまま烈を見上げる。

「お前も風呂はいりゃあよかったのによ。こんなもんで拭ってねえで」

 髪を手早く纏めた烈は、手桶に手ぬぐいを入れて女中に礼を言って渡す。

「一人でゆっくり入れりゃあな」

 言いながら烈が押し入れのふすまに手をかけると、狛が部屋に飛び込んできた。

「なあ! 近くに飯盛り旅籠があるらしいぞ」 

「何!」

 蝉と貫ががばりと起きあがる。

「笙さん!」

 期待を込めた目で見つめられた笙は、苦笑して狛を見る。

「隊長はなんて?」

「遅刻は許さんが、好きにしろ、と」

「よっしゃああああ!」

 喜びに沸き立つ面々に、烈が首を傾げる。

「何をそんなに騒いでんだよ」

「飯盛り旅籠知らねえのか」

 哀れな物を見る目で、狛が烈を見る。

「そういやあさっき、まだ女と風呂入ったことねえって言ってたよな」

「山から出ても田舎なんだっけか」

 蝉と貫が頷き合い、狛が烈の手を取った。

「よしよし。おにーさんたちがいいところに連れて行ってあげるからね」

「どこにいく気か知らねえけど、俺金ねえぞ」

「貸してやるよ可哀想だからな。十八なら、経験してねえとな! 王都にでる前に一歩大人になっておけよ!」 

 何でこんなに楽しそうなんだ。

 妙に気分が高揚している狛達に烈は首を傾げる。

 対照的に笙と晋は苦笑しながらも動く様子はない。

「二人は行かねえの?」

「私は甚と話がありますから」

「僕は王都の馴染みの店しか行かない」

「ほら、行くぞ。大人の階段を登りに!」 

 狛に手を引かれ、貫に背中を押され、烈は圧倒されながら宿屋を出た。


 宿場の奥まった場所に、まだ真新しい旅籠があった。

 一見すると普通の旅籠のようだが、店内はやけに女中が多い。

 狛が店の人間に人数を告げて、食事は違う店で済ませてしまったと告げる。

 まずは大広間に通されて酒席が設けられた。


 上座には麟が、次いで仲のいい狛、蝉、貫、萬と続いている。烈は一番下の席についた。

 座るとすぐに女中が一人ずつ横に侍り、殆どしなだれかかるようにして酌をしてくれる。

 烈は驚いていたが、次第に理解の色を浮かべた。

「飯盛り旅籠ってそういう処かよ。何で飯盛りっていうんだ?」

「女郎屋を開くにゃあ結構な金を納めなくちゃなをねえからな。その上売上から納める税率も高いしな」

「そうなのか?」

「おうよ。その分他の所で便宜を図ってもらえたりするみてえだけどな。払う金のねえ所は飯盛り女を置くんだよ。俺達の相手をしてくれるのはあくまで給仕の女だ。店は自由恋愛を咎めることはしねえから、飯や酒の後個人的に仲良くなるかもしれねえけどな」

「ふうん」


 つまりは名を変えた女郎宿か。

 烈は頷きながら汗を掻いていた。




「やけに楽しそうに烈を連れて行ってましたけど……いいんですか?」

「正式な入隊はまだでも、既にあいつらは隊の仲間だと受け入れているし、いいんじゃねえか?」

 隊士の半分が外泊をする事になって、部屋を改めて分け直した。

 隊長である甚と、組頭である笙が二人で一部屋を使い、後の一般隊士でもう一部屋を使う。

 

 杯を傾けながら答える甚は、既に何本も開けているのに一向に酔った気配を見せない。

 これぐらいの酒量では酔うはずがないと知っている笙は、わざと違う答えを返した甚にこれ見よがしにため息をついてみせる。

「私の言い方が悪かったんですね。……麟が、烈の筆おろしだとわざわざ教えに来てくれましたけど、烈に下ろせるような筆はないでしょう?」

「っ!」

 含んだ酒を吹き出しそうになった。

 飲み下し損なった酒を滴らせながら、甚は気まずそうに笙を見た。

「……聞いていたのか?」

「夜中にあれだけ騒いでいれば、嫌でも目が覚めますよ。ああ、大丈夫です。あのとき起きたのは私だけですから」

 手拭いを差し出す笙の目が冴えていて、甚の肩は小さくなる。

「お前は反対か。烈を隊に入れるの」

「反対するならそもそも連れてこさせていません。剣の腕に問題は無いようですし、いいんじゃないですか? 家は万年人手不足で、猫の手も借りたいくらいなんですから。それに烈には他の隊士を惑わすような色気もありませんし」

 手酌で酒を注ぐ笙に、甚が笑みを浮かべる。

「なら……」

「ただ。りょうさんがどう言うかは知りませんよ。バレないように黙っておくつもりでしょうけど……」

「頼む。黙っておいてくれ」

 頭を下げる甚に、笙が嘆息する。

「黙っておくだけですよ。聞かれたら言いますからね」

「む……。仕方あるまい」

「それに。例え未だ正式に入隊していないからといってもあの言葉使いは直させませんと。亮さんの前であなたを呼び捨てにした日には」「すぐに直させよう」

 最後まで言わせずに答えた甚に、笙が苦笑する。

「相当気に入られたようですね」

「ああ。素直で可愛いではないか」

「まあ確かに田舎育ち! って性格ですよね。粗野で獣じみてますけど。ああ、小猿のような可愛さですか」

 一人納得する笙の顔は既に朱い。

 そろそろ酒を下げさせないと余り強くない笙は倒れるだろう。

 甚は女中を呼んだ。




 女中が酒を下げて、それぞれ飯盛り女に手を引かれて別室へ移動していく。

 既に鼻の下を伸ばしている狛や貫に、下卑た応援をされながら烈も別室へと連れられていった。


 部屋は朱色の調度品が目立ち、一目見ただけで何の為の部屋なのか経験のない烈にも分かった。


 さてどうしよう。

 女を腕に巻き付かせながら烈は思案した。


 女だとバラすのは問題外だ。どこからどう噂が回るか分かったものではない。

「済まねえけど、添い寝だけしてくれるか? 俺、そういう気が無くてな」

 言いながら、もし相方に失礼な事だったらどうしようと不安になる烈に、何を思ったか女は侮った笑みを浮かべた。

「普段なら嬉しい申し出だけどねェ。今日は駄目さ。何てったッけ?あの人。袖口が一本の」

「麟?」

「そうそう。その人が少しばかり支払いに色を付けてくれてねェ。しっかり筆を下ろさせてやってくれって頼まれたのさ。なァに緊張なんかしなくっても、このあたしに任せておけばいいのさ。天国へ連れて行ってあげるからねェ」

 なんというお節介か。

 胆の中で麟を罵倒していると烈の着物に女の手がかかる。

 烈は咄嗟に女の手首を握った。

「俺はそんな気はねえんだって。麟にゃあ悪いけどよ。その金はあんたの懐に仕舞っていいから、あんたは今日は仕事を休めよ」

「ふゥん」

 烈から手を振りほどいた女は、不満そうに背を向ける。

「あたしじゃァその気にならねェってのかい」

「悪いな。でもいいじゃねえか。あんたは何もせずに金が入るんだからよ」

「あァそうさね。あたしだって別にどうしても仕事がしてェ訳じゃあねェさ。ただあんたの顔が好みだったからねェ。仕事抜きに楽しめると思ったのさ。困らせてごめんよ」

 そう悔しそうに笑う女に、烈も微笑んだ。


 町の女は、こんな風なのか。

 やけに朱い布団に横になりながら、隣で眠る女を見る。

 隠者の里の女は、烈が知る限り結だけだ。以前は、咲という女もいたらしいが、身ごもり、お産の時に難があって死んだ。生まれたのが継だ。

 今の場所に来る前、まだ村が前王統葉に押し付けられた場所にあったときには、女はもっといたらしい。 勿論、皆罪を犯した咎人だ。ただ、男に比べて極端に数の少なかった彼女たちを、何人かの男が奪い合い殺しあった。

 烈の養父である長が止めるのも聞かず多くの血が流れたという。

 そうこうしている内に、田畑を夜の内に壊される等役人による嫌がらせが続くようになった。それをきっかけに、監視されている場所を捨て、新たな別天地を求めて村を移すことにした。

 どうせ自分たちの顔は国に割れている。再び捕まれば次はどうなるか分からない。それでも、山を下りたい人間は山から下ろし、世間から隔絶されても平和に生きたい者だけをつれて今の場所に村を移した。

 元々止むに止まれぬ事情で罪を犯した者、これ以上世間に迷惑をかけたくない者、すねに傷持ち世間に馴染めない者なども多く、およそ半分が長について村を移ることになった。


 女達は、既に恋仲になっている者は男女ともに村から出し、誰のものにもならぬと誓える女だけを連れていくことになった。

 そもそも女を巡る争いは、一人の女を複数の男達が独占しようとしたことに端を発する。

 ならば、女は村の男達すべてのものであり、誰にも独占することを許さぬという事にしたのだ。

 それに耐えられるという女だけが、連れて行かれることになる。


 女の内の殆どに特定の相手がいたらしく皆、男と手を取り合い山を下りた。

 新しい村には結と咲の二人だけが来ることになったのだった。

 

 烈は、咲のことは知らない。烈が村に来たときには既に亡い人だったからだ。 だから、村の女というと結のことになる。

 気の強い、牡丹のような華やかさがある人であったらしい。

 村中の男を相手する代わりに、村のあらゆる労働から解放された彼女は、昼も夜もなく彼女だけの労働に従事した。

 彼女は石女うまずめである事を理由に離縁されたという過去を持ち、そうであるがゆえに幼い継と烈をとても可愛がってくれた。彼女の身体が開いているときは二人の良い遊び相手になってくれ、母親のような存在であった。


 けれど彼女は、次第に精神の均衡を崩していった。

 惚れた男がいながら他の男に平等に抱かれなければならない現状がそうさせたと考えられているが、烈はきっとそれだけではない事を知っている。

 幼い頃から烈を知っている彼女は、烈の性別に気付いている節があった。

 それが明確になったのは烈に初潮がきたときだ。

 下腹部ににじむ血に気づいた彼女は、適切な対処の仕方を教えてくれた。


 お前は矢張り女の子だったのか。


 そういったときの彼女の烈を見る凍てついた様な目。それが見間違いだったかのようにすぐに憐れみの色に変わり、露見してはいけない、私のようになってはいけないと、烈を気遣う素振りを見せた。

 彼女が精神を病むきっかけは、きっとあの時だったのだろう。

 それから次第に、烈に対する態度が変わってきた。他の人間がいるときは、今までのように息子として可愛がるが、二人になると、焦点の合わぬ目でぶつぶつと呟くのだ。

 どうしておまえだけ。わたしはおとこたちのなぐさみものにならないとこのむらでいきていけないのに。どうしておまえだけ。おとこのふりをしたってわたしにはわかっているのに。どうしておまえだけ。

かわいそうなこ。おんなをすてていきていかなければならないかわいそうな……

 烈ははっきりと恐怖した。いつのころからか、彼女はもう一人の自分だった。村に来てすぐ、女とばれていたら自分が歩んでいた姿だ。

 一歩道が違えば、なっていた姿だ。

 それだけに、その彼女が紡ぐ恨み事は烈に恐怖を与え、彼女の様子に気付いた養父に、剣術の修行と言う事で村を出るように言ったのだった。

 幸い、まだ彼女は烈の前でしか烈の秘密を言わない。けれど、それもいつまで続くか分からない。

 彼女は烈がいるだけで刺激され、悪化していく。ならば、烈の身を守るためにも一先ず村をでたほうがいい。


 そうして、烈は13才で村を出て、18の今まで村に戻る事はなかったのである。


 隣で眠る女は、烈が初めて見る、結の様な女だった。

 毎日、好きでもない男の相手をし、それで生計を立てて生きる。

 けれど、横の女は結のように青い顔はしていないし、苦しそうでも無い。

 結は山から、隣の女はきっとこの店から、出ることは叶わない閉じた世界に生きている。

 けれど、隣の女には女郎仲間がいるのだろう。

 村で唯一の女だった結の孤独を、烈は改めて思いやった。


 自分は、これから牙狼に入る。体は女でも、男として生きていく。

 自分に必要なのは女の柔らかな弱さより、男としての強さだ。


 男にいいようにされる女の人生より、自分で切り開く強い男としての生。

 それを、心底から求めた。



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