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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
錬金術師の選択

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第72話 公開実験

翌朝。ディーターの挑発に応じることの是非を、四人で議論した。


「罠だ」とマティアスは言った。

「罠でも受ける必要がある」とリーゼは答えた。


「ここで逃げれば、第三の方法の信頼は得られません。ディーターが『リーゼは逃げた。俺の方法が正しい』と宣伝する。志願者がさらに増える」


「だが公開実験でお前さんの身体に何が起きるか——」


「覚悟の上です。代償を知って、自分で選んでいます」


 マティアスが口を噤んだ。リーゼの言葉は、リーゼ自身の信念そのものだった。代償を知った上で、自分で選んだ人だけが引き受ける。リーゼ自身が、その最初の一人になる。


 午前十時。グリュンタールの北区画。まだ汚染が残る畑。農民たちが畑の縁に立ち、ディーターが向かい側に腕を組んで立っている。ユーリは増幅器の最終調整を終え、リーゼの横に立った。マティアスは椅子に座って見守る。


 リーゼが畑の中央に入った。手袋を外し、膝をつき、土に両手を当てた。


 覚醒した鑑定眼が、土壌の精髄の流れを読む。汚染された区画。精髄灰が地下三十センチまで浸透している。通常の浄化なら四日かかる範囲。


 四段階。


 読む。精髄の流れが見える。汚染のパターンが可視化される。どこに精髄灰が集中し、どこから流れ込み、どこに滞留しているか。全てが見える。


 返す。汚染された流れに沿って、自分の精髄を送り返す。汚れた川に清水を流すように。精髄灰が押し出されていく。


 安定させる。ループを形成し、浄化の流れを自動維持に移行させる。手を離しても浄化が続くように。


 大地に返す。自分の中に溜まった精髄灰を、大地と分かつ。リーゼの身体に蓄積した代償の一部を、大地が引き受ける。大地が少し傷つく。リーゼも少し傷つく。だがどちらも致命的ではない。


 土壌の色が変わった。灰色がかった土が、黒褐色に戻っていく。精髄灰が除去され、本来の組成が回復する。農民たちが息を呑んだ。


「芽が……出てる」


 ハンスの声。浄化した区画の端から、微かな緑色。草の芽。精髄灰が除去された直後の土壌から、押さえつけられていた生命が顔を出している。


 だが。


 リーゼの右腕の焼痕が広がった。肘から肩まで。ユーリの増幅器が負荷を分散しても、覚醒した出力の代償は大きい。


 リーゼが立ち上がった。立てた。だが右腕が震えている。


 ディーターが静かに言った。


「見ろ。代償はゼロにならない。お前自身が証明した」


「ゼロにならないことは最初から知っていました。でも一人で引き受ける必要はない。大地と分かつ。複数の鑑定士で分かつ。方法を教えれば、一人あたりの負荷は下がる」


「教えられるのか。この力を」


「教えます。そのために覚醒したんです」


 公開実験の後、リーゼは工房の床に座り込んだ。


 右腕の焼痕が肩まで広がっている。白い線が皮膚の下を走り、鎖骨の手前で止まっている。マティアスが第三の方法を施し、侵食の進行を止めた。だが既にできた傷は消えない。


「痛むか」


「痛みません。熱が引いた後は感覚が鈍る」


「それは痛みがないのではなく、神経が侵食されておるのじゃ」


 マティアスがリーゼの右腕を持ち上げ、白い線の先端を指先で押した。リーゼの腕が跳ねた。


「そこは感覚があります」


「侵食の境界じゃ。ここから先は死んだ神経。ここから手前は生きた神経。境界が鎖骨を越えれば、首に達する」


「次の浄化では越えませんか」


「越えんように、増幅器の改良が要る」


 リーゼは右腕を見た。白い線。鍛冶師の古い火傷と同じだとユーリは言った。だがユーリの火傷は外からの熱。リーゼのは内側から。


 ユーリが工房に入ってきた。増幅器を手に持っている。分解されている。肩の接合部が外され、内部の金属板が露出している。


「接合部の共鳴パターンを変える。負荷の分散率をもう一段上げる」


「できますか」


「やる。今夜中に」


 ユーリは作業台に増幅器を置いた。工具箱から細い鑿を取り出し、接合部の溝を削り始めた。金属が薄く削れる音。


「共鳴パターンを変えるとどうなりますか」


「負荷が右腕に集中しなくなる。全身に均等に散る。焼痕が一箇所に伸びるのではなく、薄く広がる。深い傷一本より、浅い傷十本の方がましだ」


 ユーリの手が止まった。溝の深さを指先で確かめている。


「薄く削りすぎると共鳴が弱くなる。厚く残すと負荷が偏る。ここの厚みが全体を決める」


 リーゼが鑑定眼で接合部を見た。金属の組成が見える。ユーリの鍛造の痕跡。どこを何回叩いたか、どの温度で焼き入れしたか、全てが読める。


「ユーリさん。ここの金属、三回焼き直していますね」


「分かるのか」


「鑑定眼で。焼き入れの回数と温度が見えます」


「なら見てくれ。どこを削れば共鳴が最適になるか」


 リーゼが接合部に触れた。精髄の流れを読む。金属の中を走る微弱な精髄の流れが、接合部で乱れている。


「ここです。溝の右端をあと半分削れば、流れが滑らかになる」


 ユーリが鑿を当てた。薄く一削り。金属片が落ちた。リーゼが再び触れた。


「通りました。流れが安定しています」


「次はここだ」


 二人で進めた。リーゼが精髄の流れを読み、ユーリが削る。鑑定士と鍛冶師の共同作業。増幅器はリーゼの力を支える器具だが、その器具自体をリーゼの鑑定眼で最適化する。


 ユーリは鍛冶場に戻った。炉の火が赤く燃える。リーゼは窓越しにその光を見ていた。


* * *


 エルヴィラからの手紙が夕方に届いた。


「王都で『精髄研究の再開』を求める声が高まっています。ディーターの声明の影響。貴族連合が精髄属性保持者の国家登録制度を推進中。法案が通れば、リーゼの活動は制限されます」


 カイの暗号メモが添えられていた。


「貴族連合の背後にディーターの人脈あり。元宰相府の残党が法案を利用しようとしている。国王は態度を保留中。聴聞会の開催を検討。リーゼの提案とディーターの提案の両方を聞く形式」


 聴聞会。大広間。


「マティアスさん」


「うむ」


「王都に行きます。国王の前で第三の方法を示す。それが一番確実な防御です」


「覚悟はあるか。王都で第三の方法を実行すれば、さらに侵食が進む」


「覚悟しています。でも一人ではやりません」


 マティアスが茶を飲み干し、立ち上がった。


「わしも行く。最後に王都に行く理由ができたわい」

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