表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
錬金術師の選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/77

第71話 信念の男

ディーターの声明は王国中に広まった。


「精髄研究は国家の未来である。宰相の辞任は正しい方法の敗北ではなく、正しい方法を実行する者がいなかっただけだ。リーゼ・ヴェーバーの鑑定眼こそが、代償なき賢者の石を完成させる唯一の鍵である」


 カイが追跡している。騎士団が逮捕状を準備している。だがディーターは元秘密工作部門の人間だ。追跡を巻く術に長けている。


 エルヴィラからの続報。「王都の貴族連合が動き始めた。『精髄属性保持者の国家登録制度』を推進。リーゼの自由な活動が制限される可能性」。


 マティアスが地図を広げた。カイの暗号メモが同封されていた。リーゼが暗号を読む。カイ独自の符丁。数字の並びを街の名前に変換し、動詞を逆さにする。


「ディーターの足取りがあります。エルツ施設を出た後、北の峠を越えて——ここで馬を替えている」


 リーゼが地図の上に指を走らせた。


「三日前に峠の宿場。二日前に商人の街道。昨日の時点で、グリュンタールまで二日の距離です」


「こちらに向かっておるのか」


「はい。カイさんの暗号の末尾に『鷹、南へ』とあります。鷹はディーターの符丁。南はグリュンタール方面」


 マティアスが地図を指で叩いた。


「ディーターは王都に向かうか、グリュンタールに向かうか。どちらじゃ」


「グリュンタールだと思います」


「なぜ」


「ディーターの目的は私の鑑定眼です。王都に行っても私はいない。ここに来る方が確実」


「だが逮捕状が出ておる」


「辺境の駐在所では拘束の法的根拠が弱い。ディーターはそれを知っている。宮廷の工作員だった男です」


 マティアスが椅子の背にもたれた。左手をテーブルの上に置いた。リーゼの治療の後、指が微かに動くようになった左手。


「ならば待つか。逃げるよりも、受けて立つ方がお前さんらしい」


「逃げても意味がありません。ディーターの声明が広まった以上、私の鑑定眼を狙う人間は彼一人ではなくなる。ここで対峙して、第三の方法の優位を示す方が防御になります」


 ユーリが鍛冶場から顔を出した。


「増幅器の予備を打つ。本番用と予備。二つ要るだろう」


「お願いします」


 ユーリは何も言わずに鍛冶場に戻った。炉の火を上げる音が聞こえた。


 三日後。リーゼの予想通り、ディーターがグリュンタールに現れた。


 交易広場。旅商人の姿。穏やかな笑顔。あの日と同じ姿で、街の真ん中に立っていた。


「お久しぶりです、ヴェーバーさん」


「ディーターさん。逮捕状が出ています」


「王都の管轄でしょう。ここは辺境です。駐在所の調査官は——ああ、今は空席でしたか」


 カイが王都にいる。駐在所に正規の調査官がいない。ディーターはそれを計算に入れていた。


「直接お話がしたくて来ました。暴力を振るうつもりはない。ただ提案を」


「提案は聞きます。ただし——」


 リーゼが覚醒した鑑定眼でディーターを見た。衣服、持ち物、手。全てから精髄研究の痕跡。装置の金属片。薬品の微粒子。そしてディーターの手には侵食がない。


「ディーターさん。あなたの手に侵食がない。実験の代償を、誰が払ったんですか」


 ディーターの物柔らかな表情が、初めて曇った。


 ディーターが語った。


「エルツ施設で実験を続けた。術者は私ではない。志願した錬金術師たちだ。全員が代償を知った上で志願した」


「何人ですか」


「六人。うち三人が侵食を負った。一人が死亡した」


 リーゼの指先が冷たくなった。一人が死んでいる。


「知った上で志願した、とあなたは言う。でも死亡した術者の同意書を、私に触れさせてください」


「同意書?」


「あなたが『志願した』と言うのであれば、同意書にそう書かれているはず。私の鑑定眼で確認します」


 ディーターが鞄から紙束を取り出した。六人分の同意書。リーゼが手袋を外し、一枚目に触れた。


 署名。筆圧は安定。本人の意志で書いている。嘘ではない。


 二枚目。安定。三枚目。安定。四枚目——。


 四枚目の署名の筆圧が異常に高い。ペンが紙に食い込んでいる。極度の緊張状態。あるいは脅迫の下で書かれた署名。


 五枚目。死亡した術者の同意書。筆圧が不規則。書き直した痕跡が二箇所。最初は拒否の文言が書かれ、消されて同意に変えられている。


「ディーターさん。五枚目の同意書は書き直されています。最初は拒否していた。それが同意に変わった。何があったんですか」


 ディーターの表情が硬くなった。


「……彼には借金があった。研究に参加すれば免除すると伝えた」


「借金の免除と引き換えに、命の危険がある実験に参加させた。それは志願ではありません。経済的な強制です」


「彼は同意した」


「同意しなければ借金が残った。選択肢がない状態で『はい』と言わせても、それは選択ではない」


 マティアスの工房前。街の人々が遠巻きに見ている。ハンスも。パン屋のおかみも。ユーリが鍛冶場の前で腕を組んでいる。


 ディーターが声を上げた。


「ならばどうする。飢饉が来れば何万人が死ぬ。三人と何万人のどちらを選ぶ」


「選ぶのは、あなたではない」


 リーゼの声は静かだった。だが広場全体に届いた。


「代償を払うのは、自分で選んだ人だけです。十分な情報を与えられ、強制も脅迫もない状態で、それでも『はい』と言った人だけが引き受ける。それが私の答えです」


「きれいごとだ」


「きれいごとです。でも汚い現実を繰り返すより、きれいごとを実現する方が建設的です」


 ディーターが引かなかった。


「ならば証明しろ。お前の第三の方法で、代償なしに大地を救えるかどうか。明日、この街の汚染地区で。俺の前で。できなければ、俺の方法が正しい」


 挑発。だがリーゼには断る理由がなかった。第三の方法は理論上完成している。覚醒も済んでいる。ユーリの器具もある。


「受けます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ