表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
錬金術師の選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/77

第73話 王都への道

出発の前夜。リーゼは一人で浄化した畑に出た。


 夜の畑。月明かりに照らされた新芽。土に手を当てると、覚醒した鑑定眼が土壌の精髄の流れを読む。健やかな流れ。汚染が除去され、命が戻った大地。


 この大地のために、右腕の焼痕がある。代償。だがこの芽が出たことで、代償に意味が生まれた。


 足音。ユーリだった。


「一人で出るな。倒れたらどうする」


「倒れません」


「さっき倒れただろう。畑の前で」


「さっきは公開実験の直後です。今は回復しています」


「右腕を上げてみろ」


 リーゼが右腕を上げた。肩の高さまで。それ以上は白い線が引き攣って止まる。


「肩までしか上がっていない」


「肩まで上がれば十分です。鑑定に必要なのは手です」


「頑固だな」


「鍛冶師に言われたくありません」


 ユーリが黙ってリーゼの横に立った。二人で畑を見ている。月明かりの下、新芽が微かに揺れている。


「ユーリさん。王都には来ないんですか」


「行かない。街を守る。畑もある。井戸もある。守るものはいくらでもある」


「それだけですか」


「それだけじゃない。新工房を作る。増幅器の量産体制。お前一人じゃ足りない。複数の鑑定士が第三の方法を使うなら、全員に器具が要る。量産できるのは俺だけだ」


「増幅器一つに何日かかりますか」


「今の設計で十二日。接合部の工程を簡略化すれば八日まで縮められる」


「簡略化して精度は落ちませんか」


「落とさない。工程を減らすんじゃなく、治具を作って工程を自動化する。精度は維持したまま速度を上げる」


 ユーリが地面から小石を拾い、掌で転がした。


「治具の設計は終わっている。お前が王都にいる間に、鍛冶場を拡張して量産ラインを組む。帰ってきたら五つは揃える」


「五つ」


「五人の鑑定士が第三の方法を使えれば、一人あたりの負荷は五分の一になる。お前の焼痕がこれ以上伸びなくなる」


 ユーリの選択。リーゼの隣にいるのではなく、リーゼの方法を支える基盤を作る。遠くから守る。


「器具が待っている。帰ってこい」


 器具が。その言葉の裏に何があるか、リーゼには分かっていた。だが鍛冶師は言葉ではなく手仕事で語る人間だ。


「帰ります。必ず」


 翌朝。馬車に乗り込んだ。リーゼ、マティアス、ベルタの三人。ベルタが「あんたらの旅にはいつも付き合わされる」と文句を言いながら荷物を担いだ。


「文句があるなら置いていきますが」


「誰がお前の飯を作ると思っている。マティアスの爺さんは茶しか淹れられないし、お前は芋しか焼けない」


「芋は焼けます」


「それを料理と呼ぶな」


 ユーリが鍛冶場の前で見送った。手を振らなかった。ただ立っていた。リーゼの馬車が見えなくなるまで。


 馬車が街道に出た。シュヴァルツ山脈が朝日に照らされている。あの山の中に千年前の遺跡がある。この街にユーリの鍛冶場がある。どちらもリーゼの原点。


 王都まで五日。最後の戦いへ。


 王都への道。二日目でカイが追いついた。


 馬車の窓をノックする音。馬に乗ったカイが並走している。鞍の横に紙袋。


「約束は守る」


 紙袋の中に甘いパン。カイが馬を預けて馬車に乗り込んだ。マティアスとベルタと四人。狭い。


「状況を話す。貴族連合が法案を推進中。精髄属性保持者の国家登録制度。三日後に評議会で審議される」


「間に合いますか」


「国王が聴聞会を開く。評議会の前に。ディーターの提案とリーゼの提案の両方を聞く」


「聴聞会の日程は」


「王都到着の翌日。準備する時間はない」


 ベルタが甘いパンを齧りながら口を挟んだ。


「準備する時間がないのに、パンを買う時間はあったのか」


「パンは街道の出店で買える。準備は聴聞会場でしかできない」


「そういう屁理屈を言う男は信用ならない」


「信用しなくていい。データを信用しろ」


 カイが書類の束を出した。騎士団への提出証拠の控え。ディーターの追跡報告。


「ディーターは先に王都に入った。志願者六名を連れている。全員の同意書がある。リーゼの論理を逆手に取った布陣だ」


「同意書の真偽は確認しましたか」


「騎士団が確認した。六名とも本人の署名。筆圧も安定。ただし——」


 カイが一枚の紙を取り出した。騎士団の報告書の写し。


「六名のうち二名が、半年以内に多額の借金を帳消しにされている。同意書の署名は本人だが、署名の前に経済的便宜がある」


「グリュンタールの五枚目と同じ構造です」


「ああ。だが法的には同意書が有効。借金の帳消しは『支援』と主張される。立証が難しい」


 マティアスが目を開けた。揺れる馬車の中で眠っているように見えたが、聞いていた。


「聴聞会では法律論ではなく、致死率で勝負するべきじゃ。同意書が有効でも、八十二パーセントの致死率を知れば志願者自身が降りる」


「止められます。情報が不完全なら、本当の選択ではない。ディーターは致死率を開示していない」


「致死率を計算できるのか」


「装置に触れれば。覚醒した鑑定眼で」


 カイの目がリーゼの右腕を見た。袖の下に白い焼痕が覗いている。


「聴聞会で装置に触れて致死率を読み上げる。八十二パーセント。それを志願者に開示して、選び直させる」


「それでも残る者がいたら」


「残る者の選択は尊重します。ただし、第三の方法という代替案を示す。致死率ゼロの方法があるのに、八十二パーセントの方法を選ぶ理由がない」


 カイが頷いた。


「カイさん。答えは持ってきましたか」


「パンは持ってきた」


「パンは答えですか」


「パンは口実だ。答えは——帰る場所が決まった」


 リーゼはカイを見た。灰色の目に夕暮れの光。


「辺境担当を希望した。グリュンタールを管轄に含む」


 帰る場所。リーゼのいる場所が。


 ベルタが咳払いした。


「馬車の中でそういう話をするな。狭いんだ、逃げ場がない」


「ベルタさん。聞いていないふりをしてください」


「できるか。三歩先の距離で囁かれて」


 マティアスが目を閉じて茶を啜っている。懐から出した携帯用の茶器。聞いていないふりが上手い。


「爺さんは聞こえてるのか」


「耳は遠いんじゃよ」


「嘘つけ。暗号メモの話は全部聞いてただろう」


「都合のいい耳でな」


 馬車が揺れた。四人の重みで軸がきしむ。王都まであと三日。


 リーゼの指先が微かに反応した。馬車の底板を通して、街道の石畳の下から精髄灰の残留を感じる。薄い。だが王都に近づくほど濃くなっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ