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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
錬金術師の選択

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第69話 鍛冶師の覚悟

覚醒の全貌を、マティアスが語った。


「精髄属性の完全覚醒は、鑑定眼の限界突破じゃ。物質の組成だけでなく、物質に宿る精髄の流れそのものが見える。世界の理を読む目。だが覚醒の瞬間から、お前さんの身体は精髄の通り道になる。侵食は避けられん」


「第三の方法で遅らせられる」


「遅らせる。止めるのではなく。お前さんの父親も同じことを言った。遅らせればいい。だが遅らせ続けた先に何がある」


「それでも、三カ所の施設と王都の地下を浄化できる。何もしなければ、グリュンタールの二の舞が四カ所で起きる」


 沈黙。マティアスは反論しなかった。反論できなかった。


 ユーリが新しい器具の設計図を広げた。最終型増幅器の改良案。指先の負荷を腕全体に分散するだけでなく、器具自体に精髄灰を吸収する緩衝層を設けている。


「負荷の分散。俺にできるのはこれだけだ」


「これだけ、ではありません。ユーリさんの器具がなければ、覚醒の実験すらできなかった」


「器具の問題ではない。お前の身体の問題だ」


「分かっています」


 エルヴィラからの急使が午後に届いた。ディーターの声明。「精髄研究の継続を主張。リーゼ・ヴェーバーの鑑定眼を名指し」。


 カイの暗号メモが同封されていた。「ディーターは声明を出した後、エルツ施設の装置を持ち出して逃走。行方不明。注意しろ」


「ディーターが動いた」


「動いたな」


「時間がありません。ディーターが先に動けば、従来の方法で賢者の石を作ろうとする。犠牲者が出る」


 マティアスが立ち上がった。


「明日から覚醒の準備に入る。ユーリの器具が完成次第、実行する。時間はない」


 リーゼは窓の外を見た。フリードリヒの裁判の幕間報告がエルヴィラの手紙に添えられていた。宰相時代の不正が次々と発覚し、宰相府は混乱の渦中にある。


 混乱の中で、ディーターが独自に動いている。信念の男。国家のためなら犠牲は仕方がないと本気で信じている男。


 止めるには、第三の方法を完成させるしかない。ディーターの方法より優れた方法を示すしかない。


「覚醒します。明後日に」


「急ぎすぎる」


「急がなければ、ディーターが先に誰かを殺す」


 ユーリが鍛冶場に戻った。明日中に最終型増幅器を完成させるために。炉の火が夜通し燃えるだろう。


 リーゼは三組の記録をもう一度読み返した。千年前の理論。父の暗号。マティアスの研究。そして千年前の一行。


 四段階。覚醒した精髄属性で実行する。代償は大地と分かつ。


 右手を見た。保護布の下の指先。白い皮膚。鍛冶師の火傷と同じ。内側からの熱。


 明後日、この手が変わる。


 ユーリは三日間、鍛冶場から出なかった。


 リーゼが素材を鑑定し、最適な合金配合を指示する。ユーリがそれを打つ。読む者と打つ者の完全な協業。リーゼが「ここの結晶構造をもう半度左に寄せてください」と言えば、ユーリが金槌の角度を微調整する。一打ちで。


 二日目の夜。リーゼが鍛冶場の隅で仮眠を取っていると、ユーリの金槌の音で目が覚めた。炉の前。赤い光。ユーリが金属を叩いている。百回目の試作。形が気に入らないと言って潰し、最初からやり直す。


「ユーリさん。寝ないんですか」


「寝たら冷める。金属も、俺の手も」


「明日でもいいのに」


「明日じゃ遅い。お前の覚醒は明後日だ」


 リーゼは黙って炉の前に座った。ユーリの横で。金槌の音を聞きながら、合金の組成をリアルタイムで読み続けた。「あと〇.三度」「もう半打ち」「そこで止めて」。二人の声と金属の音が、鍛冶場の中で一つのリズムを作っていた。


「完成だ」


 三日目の夕方。ユーリが最終型増幅器を作業台に置いた。


 環型の指先装着部。腕に沿ったアーム。そして新しい機構——肩まで伸びる薄い金属のネットワーク。全身に精髄の負荷を分散させる設計。


「これは」


「全身分散型だ。指先に集中する負荷を、腕だけでなく肩と胸まで分散させる。理論上、負荷は四分の一に減る」


「四分の一」


「これ以上は今の俺の技術では無理だ。だがこれが——俺にできる最善だ」


 リーゼが器具に触れた。金属の記憶。三日間の鍛造の痕跡。百三十二回の試作。温度調整は〇.五度刻み。金槌の重さを途中で三回変えている。素材の純度をリーゼの指示通りに調整し、さらに独自の工夫を加えている。


「ユーリさん。緩衝層の設計が変わっています。私が指示した配合と違う」


「変えた。お前の指示は理論値だ。俺は経験値で補正した。金属は理論通りに動かないことがある。叩いて初めて分かることがある」


「叩いて分かること」


「ああ。鑑定士が読むものと、鍛冶師が叩いて分かるものは、別の情報だ。両方あって初めて最善になる」


 リーゼは器具を右腕に装着した。金属が肌に密着する。冷たい。だがすぐにユーリの鍛造の余熱で温まる。いつもと同じ。


「ユーリさん。一つだけ条件があります」


「何だ」


「覚醒の実験に、立ち会ってください」


「断る理由がない」


「危険です。精髄の暴走が起きる可能性がある」


「鍛冶師は炉の前に立つ。炉が暴走しても逃げない。器具が壊れないか確認するのが俺の仕事だ」


 ユーリの目は真っ直ぐだった。鍛冶師の目。金属を見る目と同じ目で、リーゼを見ていた。


「壊れない器具を打った。お前が壊れないために」

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