表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
禁忌の等価

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/77

第64話 鎖の設計図

カイが持ち出した書類を、エルヴィラの部屋で鑑定した。


 深夜。鑑定室ではなくエルヴィラの私室。監視の目が届かない場所。


 リーゼが手袋を外し、書類の束に触れた。一枚ずつ。紙の繊維、インクの組成、筆圧のパターン。


「複数の筆跡があります。最低五人が関わっている」


「五人」


「宰相の筆跡が最上段。決裁印を押している。次にフリードリヒ。実務的な記述が多い。三人目は錬金術師。高等級。第5等級以上の精密さで術式の設計図を書いている」


「四人目は」


「不明。だが紙に付着している物質から、北方の港町ノルデン近辺の人間と推定。海塩の微粒子がインクに混じっている」


「ノルデン施設の責任者か」


「そして五人目——」


 リーゼの指が止まった。五人目の筆跡が書かれた箇所は、他の部分と紙質が異なる。別の紙に書いたものが貼り付けられている。名前が消されている。削り取られた痕跡。


「名前が消されています」


「消された部分を読めるか」


「試みます」


 増幅器を装着した。環型の金属が指先に密着する。ユーリの器具。出力を上げ、削り取られた紙の下層に残る痕跡を読み取る。


 インクの圧痕。表面は消されているが、ペンの力で紙に刻まれた微かな凹みが残っている。一文字ずつ復元していく。


「ディ——ー——タ——ー・ヴォ——ル——フ」


「ディーター」


 エルヴィラが息を呑んだ。


「投獄中のはずです」


「この筆跡は二ヶ月前のものです。投獄中の人間が宰相府の機密文書に関わっている」


 リーゼは書類をめくった。ディーターの筆跡がある箇所の内容を読む。技術的な記述。精髄属性の制御パラメータ。グリュンタールの地下工房での実験データの引用。


「ディーターさんは地下工房の運営者でした。精髄属性の実験データを持っている。宰相はそのデータが必要だった」


「だから脱獄させた?」


「脱獄させたのか、獄中で書かせたのか。いずれにしても、ディーターは宰相の計画に再び関わっている」


 エルヴィラが窓を確認した。監視の目がないことを確かめ、声を落とした。


「カイから聞いている。ディーターは二ヶ月前に脱獄した。宰相が手配した」


「脱獄を手配した証拠はありますか」


「カイが探している。だがまだ確証は——」


 部屋の外に足音。


 二人が口を噤んだ。足音が近づく。扉の前で止まった。


 ノック。


「エルヴィラ殿。フリードリヒ局長がお呼びです」


 エルヴィラがリーゼに目配せした。書類を隠せ。リーゼは書類の束を自分の鞄に入れた。


「今行きます」


 エルヴィラが扉を開け、廊下に出た。リーゼは部屋に残された。


 窓から外を見た。宮廷の中庭。月明かり。中庭の向こうに、宰相府の建物が見える。灯りがついている。深夜なのに。


 書類の束を鞄から出した。もう一度、最後のページに触れた。


 設計図があった。精髄属性の「安定供給装置」の概念図。中央に「制御核」と書かれた空欄。制御核の位置に必要な条件:「精髄の萌芽を持つ者。鑑定眼を有する者。生体との直接接続」。


 リーゼ自身が、この設計図の空欄に入る部品だった。


 鎖の設計図。人を部品にする設計図。


 鞄を閉じた。指先が震えていた。怒りではなかった。父も同じように、部品にされかけたのだ。志願者として。


 扉が開いた。エルヴィラではなかった。


「リーゼ・ヴェーバー殿」


 フリードリヒだった。人好きのする顔。


「こんな夜更けに、エルヴィラ殿の部屋で何を」


「主席鑑定士と業務の打ち合わせです」


「深夜に?」


「昼は監視がつくので」


 フリードリヒの笑顔が消えた。


「冗談ですよ。エルヴィラさんに手紙の返事を渡しに来ただけです」


「……そうですか。ところで、明日の午前に宰相閣下がお会いしたいと」


「宰相が」


「ええ。正式な面談です。調査の進捗報告と、新しい提案があるそうです」


 フリードリヒが去った後、リーゼは鞄を強く抱えた。


 書類は無事だ。鑑定結果も頭の中にある。だが明日、宰相と直接会う。設計図の空欄が自分であることを知った上で。


 宰相の執務室。三度目の対面。


 ハインリヒ・フォン・ゲルラッハが机の向こうに座っている。物柔らかな表情。だがリーゼの鑑定眼は、机の表面に新しい精髄灰の残留を検出していた。以前より濃い。この部屋で実験が行われている。


「リーゼ・ヴェーバー殿。遠路ご苦労だったね」


「お呼びいただきありがとうございます」


「単刀直入に言おう。精髄研究局の技術顧問として、正式に就任しないか」


「以前にもいただいた提案ですね」


「条件を上げる。第6等級『賢者』への昇格を推薦する。二十五歳で賢者。前例のない昇進だ」


 第6等級。父ヘルマンが到達できなかった等級。リーゼが持つ第5等級の一つ上。


「さらに、研究局の全施設と人材を自由に使える。代償なしの精髄制御法——君が研究している『第三の方法』を、国家の資源で追究できる」


「国家の資源で」


「そうだ。君一人でグリュンタールの工房でやるより、遥かに効率的だ。三カ所の施設に優秀な錬金術師がいる。データも器具も揃っている」


 魅力的な提案だった。表面上は。


「宰相閣下。一つ質問してよろしいですか」


「何でも」


「北方のノルデン施設で事故が起きたと聞いています。術者が右腕を負傷した。この事故について、報告書を拝見できますか」


 宰相の表情が一瞬固まった。だがすぐに戻る。


「事故報告書は機密扱いだ。技術顧問に就任すれば閲覧権限が付与される」


「就任前に確認したいと申し上げています。事故の原因が分からなければ、自分がその施設で働くことは安全か判断できません」


「もっともだ。閲覧を手配しよう」


「ありがとうございます。もう一つ」


「何かね」


「散歩する権利を制限する法律はありますか」


 宰相が眉を上げた。フリードリヒが隣で硬直した。


「唐突だな。何の話だ」


「昨夜、エルヴィラ殿の部屋を訪ねた際、フリードリヒ局長に理由を尋ねられました。深夜に宮廷を歩くことに許可が必要とは知りませんでした」


「フリードリヒ。心当たりは」


「いえ。ただの確認でしたが」


「確認であれば、今後は不要です。技術顧問候補の自由な移動は保障されるべきだ」


 リーゼはフリードリヒを見た。フリードリヒの額に汗が浮いている。宰相の前で監視行為を暴かれた格好だ。


「では提案を検討させていただきます。三日以内に回答します」


「待っている」


 執務室を出た。回廊でエルヴィラが待っていた。


「どうだった」


「第6等級への昇格と引き換えの就任要請。断りませんでした。保留しました」


「保留? 受けるの?」


「受けません。でも断れば情報源が閉じる。保留している間は、内部の情報にアクセスできる可能性がある」


「カイと同じ考え方ね。内側から」


「カイさんに教わりました」


 エルヴィラは口元が緩んだ。


「あなたも変わったわね。追放された頃は『偽物です』しか言えなかった」


「今は別の言い方を覚えました」


「でも本質は同じ。正しいことを言わずにいられない」


「はい。それは変わりません」


 回廊の角を曲がったとき、前方の壁際にカイの後ろ姿が一瞬見えた。振り返ると、もういなかった。だが石壁に残るカイの手の痕跡を、覚醒した鑑定眼が拾った。カイはさっきまでここにいた。リーゼと宰相の対話を、壁越しに聞いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ