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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
山脈が隠す記憶

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第50話 歴史は繰り返す

翌日、遺跡に戻った。


 円形の部屋ではなく、メインホールの壁面。古代文字の全文解読に取りかかる。マティアスが文字を読み、リーゼが壁に触れて物質の記憶を補完する。カイが内容を記録し、ユーリとベルタは交代で見張りを務めた。宰相の調査チームがいつ戻ってくるか分からない。


「ここの記述は研究の初期段階じゃ。通常の錬金術で土壌改良を試みた。火属性での変換。水属性での浄化。土属性での固化。全て試して、全て規模の限界に突き当たった」


 マティアスが壁面の左端から順に読んでいく。


「次に精髄属性の導入。これが転換点じゃ。精髄属性を用いれば、大地の組成を根本から書き換えられる。成功率が劇的に上がった」


「どのくらいですか」


「通常錬金術の十倍の効率。千年前の記録では、一人の術者が一日で100ヘクタールの土壌を変換できたとある」


「100ヘクタール。グリュンタールの浄化は、私が一日四時間で一区画。100ヘクタールなら何年もかかる規模です」


「だから魅力的だったのじゃ。千年前も。二十年前も」


 リーゼは壁面に手を当てたまま、石の記憶を読んでいた。文字の下に刻まれた術式の構造が、指先から流れ込んでくる。


「マティアスさん。この術式のパターンを記録します」


 増幅器を通して、壁面の術式構造を精密に読み取る。千年前の精髄属性制御の基本設計。構文の分岐パターン。エネルギーの流路設計。


 同時に、もう一つの記憶を呼び出した。父の実験日誌に記されていた術式パターン。二十年前のもの。


 二つを並べて比較する。


「一致率——」


 数値が出た。


「基本構造の一致率が91%。エネルギー流路の設計思想が同一。構文の分岐パターンに若干の差異がありますが、千年の間に伝承が劣化した結果です。根は同じ」


 カイが記録の手を止めた。


「91%の一致。千年前と二十年前で、ほぼ同じ研究をしていた」


「同じ研究を、同じ結論に向かって」


 マティアスが壁から離れた。老人の肩が落ちていた。


「分かっておった。ヘルマンの研究を認可したとき、古代の記録に似た手法だとは感じておった。だが確信はなかった。確信がなかったから、止めなかった」


 リーゼは壁面の次の区画に移った。研究の中期段階。成功の記録が続く。土壌改良の実績。収穫量の増加。飢饉の回避。千年前の王が研究チームを称え、さらなる規模拡大を命じた記録。


「ここからが転換点です。王が規模拡大を命じた。研究チームは応じた。だが精髄属性の制御が追いつかなくなり、副産物の精髄灰が急増した」


「今の宰相と同じ構図だ。為政者が成果を急ぎ、現場が制御を失う」


「はい。千年前も二十年前も、構造が同じ。技術的な問題ではなく、政治的な圧力が暴走を招いている」


 カイが記録帳にペンを走らせた。調査官の顔になっている。


「証拠として使える。宰相が三度目の過ちを犯そうとしている証拠。千年前の記録と二十年前の記録と現在の動きが同じ構造を持つ。これは科学的事実であると同時に、政治的な告発になる」


「告発が目的ではありません」


「分かっている。だが武器は多い方がいい」


* * *


 メインホールに全員が集まった。リーゼが解読結果を説明する。


「千年前の経緯をまとめます」


 壁面を指しながら、順を追って説明した。


「初代院長アウレリウスが率いた研究チームが、この遺跡で精髄属性を用いた大地改造の研究を行った。通常の錬金術では限界があったため、精髄属性に手を出した。研究は成功し、大規模な土壌改良に成功した。だが副産物として精髄灰が発生し、周辺の大地を汚染した」


「グリュンタールと同じだ」


 カイが呟いた。


「そして研究を最終段階まで進め、賢者の石を完成させた。だが石の完成には大地の生命力を代償として要求した。谷全体が死んだ。石は数年で劣化した。研究チームは過ちを認め、遺跡を封印して研究を禁じた」


「封じたのに、二十年前にマティアスの爺さんが同じ研究を認可した」


 ベルタが腕を組んで言った。遠慮がない。マティアスは黙って頷いた。


「そして今、宰相がこの遺跡から記録を持ち出し、三度目の研究を始めようとしている」


 沈黙。焚火の音だけが響いた。


「千年前。二十年前。今。三度同じことが繰り返されようとしている」


 ユーリが結晶の破片を手に取った。千年前の賢者の石のかけら。力を失った石。


「三度失敗して、まだやるのか。馬鹿じゃないのか」


「馬鹿ではないのじゃ、鍛冶師」


 マティアスの声が低かった。


「飢饉が来る。農地が死ぬ。数万人が飢える。そのとき目の前に『犠牲はあるが解決できる方法』を提示されたら、為政者は手を伸ばす。千年前の王もそうした。二十年前のわしもそうした。今の宰相もそうする。合理的な判断じゃ。犠牲の数と救われる数を天秤にかける」


「天秤にかけた結果が、あの死んだ谷か」


「ああ。そしてグリュンタールの汚染じゃ。そしてヘルマンの死じゃ」


 マティアスが焚火を見つめた。炎が老人の皺を深く照らしている。


「わしは三度目の過ちを止める義務がある。だがわしにはもう力がない。第7等級の術式を使う体力は残っておらん」


「だから私がいる」


 リーゼの声が響いた。全員が彼女を見た。


「千年前の記録には『第三の方法』がありました。力で押すのではなく、鑑定の力で大地の声を聞いて制御する方法。宰相が持ち出した記録の核心はそれです。でもあの方法を実行するには、精髄属性の萌芽を持つ鑑定士が必要。宰相が私を囲い込もうとしている理由」


「つまり、お前がいなければ宰相も実行できない」


「はい。逆に言えば、私が協力すれば宰相の計画は成功する。精髄属性を安全に制御し、大地を殺さずに土壌改良ができる。飢饉を防げる」


「宰相に協力するのか」


「しません。宰相の目的は農地再生ではない。それは口実です。本当の目的は賢者の石の完成。永遠の力。政治的な武器」


「なぜそう言える」


「農地再生が目的なら、私がグリュンタールで実証した水属性浄化術で十分です。効率は悪いが犠牲は出ない。それを知った上で精髄属性にこだわるのは、農地以外の目的があるから」


 カイが頷いた。


「だから私が先に方法を解明する。宰相の手に渡る前に、正しい使い方を見つける」


 マティアスが顔を上げた。


「千年前の錬金術師は、過ちを犯した後で封じた。わしは、過ちを犯した後で逃げた。お前さんは——」


「過ちの前に立ちます。繰り返させない」


 焚火の火が揺れた。シュヴァルツ山脈の夜空に、星が燃えていた。千年前の錬金術師も、この星を見上げたのだろうか。同じ山の下で。同じ山の下で。

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